どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設19年目を疾走中。

どうぶつ・ティータイム(153) 『ラジオ深夜便で作家・宮本輝の語ったこと』

2012-10-21 02:19:38 | コラム


     『ラジオ深夜便で作家・宮本輝の語ったこと』



 10月16,17の両日、宮本輝氏へのインタヴューをNHKラジオ深夜便で聞いた。

 * 〔明日へのことば〕 創作の源泉を語る 小説家 宮本 輝

 なんでも『水のかたち』という上下2巻の長編小説が刊行されたとのことで、タイミングとしても時誼を得た企画だったと思う。

 話によれば、終戦時10名弱の日本人が北朝鮮からの脱出を図り、小舟で海を渡りきった苦難の実話を織り込んでいるのだという。

 モデルになった主人公の男性は、記録を残しておきたいと書き始めたものの、日々の生活に追われて中断したまま亡くなったらしい。

 いわゆる脱北者の貴重な体験が記された手記で、遺品の中から奥さまが見つけ出し、縁のあった宮本氏に連絡したのだという。

 宮本氏は、もともと女性誌に女性の生き方をテーマにした連載を始めたところだったが、運命的な手記との出合いによって構成を変えることになる。

 この手記と奥さまからの聞き取りをもとに、『水のかたち』のメインテーマに据えたのである。

 普通長い作品を書く場合、あらかじめプロットを決めて取りかかるものだが、宮本氏の場合かなり自由度を残していたということだろう。

 連載を始めたばかりという状況も、幸いしたのかもしれない。

 明け方、寝床の中で聞いていたので正確かどうかわからないが、短編小説の場合なら一つの風景が思い浮かべばそれでもう書けたと確信できるという。

 また冒頭の一行、あるいは結末の一行が書ければ、やはりその時点で作品の出来上がりを約束できたようなものと言えるらしい。

 さすがにプロの小説家だなあ感心しつつも、むしろ行き詰まったときの対処法に興味を持った。

「どんな仕事でも、厭だなあとか辛いなあと思った時、そこで止めずにやるんです。小説の場合でも、どうしても書けないと思っても机に向かうんですよ」

 そうやってもがいているうちに、なんとかなるんです。

「あるとき締め切りまで10(?)時間を切った状況になって連絡したら、編集者が大丈夫まだ(?)時間もありますよというんです・・・・」

 それで何かないかと頭をめぐらしていたら、最近見かけた西瓜売りの兄ちゃんのことを思い出したのだという。

 それを題材に夜の11時頃(?)から書きはじめて、明け方までに30枚の短編を書きあげた。

 端から奥さんに清書してもらって、なんとか届けることができたとの経験を語っていた。

 上記のエピソードには、時間のこととかかなり記憶違いがあるかもしれないが、心に残ったのは宮本氏が繰り返した「やるんです」の言葉であった。

「書けないと思っても書くんです。できないと思っても、とにかくやるんですよ」

 幾つかの職業に就いたことのある宮本氏だが、自分には小説を書くことしか能力がないと見定めたときから、ひたすら原稿用紙に向かい続けてきた。

 スランプの時期、タネが尽きたと思ったときもあったらしいが、書く意欲を持ち堪えられたのは、氏の肉声の中にひそむ信念の強さではないか。

 ぼくの報告には細部に誤りがあるかもしれないが、インタヴュアーをねじり伏す呪文めいた音声の真実は正確に聴き取ったつもりだ。

 この一文は、誰かに向かって書くというより、自分の肝に刻むために書いているのかもしれない。



 もう一点、宮本氏の話の中で胸に迫るエピソードがあった。

 宮本氏が少年だった頃、父親が事業に失敗して連日借金取りが家に押し掛けるという状況があったそうだ。

 父親は逃げていて主に母親が対応していたのだが、少年だった彼は押し入れに籠ってひたすら小説を読んでいたという。

 井上靖の作品だったらしいが、「あすなろ物語」だったか、覚えが悪いのでこれも不正確・・・・。

 というより、ここでは押し入れと小説本が少年の砦であったろうことに胸が痛んだ。

 そしてある日、「母親が死にかけているからすぐに来い」と親戚の家から電話がかかってきたのだという。

 だが、少年だった宮本氏は結局行かなかった。

 借金取りに責められ精神的に追い込まれた母親は、睡眠薬を飲んで自殺を図ったのだ。

 救急車で運ばれ、胃洗浄をして命を取り留めたのだが、少年の心は母親に見捨てられた絶望に打ちひしがれたという。

 そのことがあってから、少年はますます小説を読むことに夢中になった。

 近所に蔵書をたくさん持つ小父さんがいて、つぎつぎに貸してくれたことも宮本少年の押し入れ生活を支えてくれた。

「小説って、なんて面白いのだろう」

 辛いことを遮断し、自分の砦に逃げ込むことでしか対処できない過酷な体験が、聴く者の心を震わせる。

 (母親を許すことは、ついになかったのだろうな)

 勝手な想像かもしれないが、小説家になれる資質はそのあたりにひそんでいる気がする。

 インタヴューに応える宮本氏の声音の中に、幾つもの真実が含まれていた。

 堪らなく切ない家族の関係が、普遍的な人間の悲しみを呼んでくる。



 久しぶりに聴きごたえのあるラジオ深夜便であった。




     (おわり)




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宮本輝という作家 (丑の戯言)
2012-10-23 16:22:09
一気にこのブログを読ませてもらいましたが、
あいにく宮本輝という作家を具体的に思い出せませんでした。
読んだ気もするような、ないような。
それでも、「深夜便」で本人が語ったことをもとに、これだけの随筆(?)を書かれたブログには感嘆しました。

第一に、深夜便の時間帯から考えて、人様の話をこれだけ正確(?)に記憶するなんて至難の業だからです。(小生はとくに寝ぼけている時間なので)
そして、その話からこの作家の人生の断片をあぶりだしたのも、すごい。
さらに、その母親とは、どんな人だっただろうかと推察してみるものの、それは不明です。
ただ、押入れか何かで創作にふけった`宮本少年には、感動すら覚えます。

いつか図書館ででも見付け、その作品を読みたくなりました。
河と海を心象風景にして (窪庭忠男)
2012-10-24 07:08:21
丑さん、コメントありがとう。
宮本輝という作家を特徴的にあらわす要素として、河や海をあげる人が多いようです。
これらは心象風景の一部として多くの作品に描かれ、効果をあげています。

また読後感が、一枚の絵を見た後のように鮮やかなことも、特筆すべきことと思います。
海と川を愛する丑さんなら、きっと気に入るのではないでしょうか。

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