CLASSIC ROCKを聴こう! PLUS

1960年から1980年代のロックを紹介していきます。またPLUSと言うことで、ロック以外の話題も!

CDの衰退?

2022年10月31日 | JAZZ・FUSION

某レンタル・ショップが中古のCDの買取をやめたというニュースをネットで見た。   

確かに80年代音楽産業にとって希望の星だったCDも遂にその地位をサブスクに譲り渡す事になり、わざわざCDを買って音楽を楽しむって層が少なくなった。

多分90年代から買い集めたオイラの大量のCDコレクションも将来二束三文もしくは無価値となり、ゴミ箱行きとなる悲しい運命に。

まあそれも時代の流れ、悲しんでいても仕方がない。それよりも最近アメリカではCDの年間売り上げを凌駕する迄になったレコードの復権を喜ぼうじゃないの。

てな事で、取り出したのはカシオペアと双璧をなす70年代後半にデビューし今でも現役で活動を続けるするお達者フュージョン・バンド、T-Squareのアルバム。

1981年The Square名義で出たアルバム、Magicでも。

このアルバムではギター・安藤まさひろ、サックス・伊東たけし、キーボード・久米大作、ベース・田中豊雪とドラムス・清水永二の5人組にゲスト・ミュージシャンが参加する形態でレコーディングが行われた。

(皆さん本当にお若い! 青春まっしぐらって感じ、タモリもトランペット吹いてるね)

今回のアルバムの特徴は、いつものキャッチーなインスト系の曲以外に4曲の歌物が収録され、キュートなボイスのキャサリーンをボーカルに起用しさらに親しみやすさが全面に。

ところでこのレコード盤面がかなり汚れていてプチ音がひどい。

仕方なくいつもの様に中性洗剤で水洗い。こびりついていた埃もとれて雑音も低減、ようやく彼らの演奏を楽しめた。

それにしても水洗いから始まって、乾燥後に両サイド鑑賞するとなると1時間半から2時間弱かかるわけで、ホント面倒臭い。

声を大にして言えないけれど、もしCDで同じ音源持っていればそっちの方がいいかも。

マスター・サウンド仕様、アナログ・マスターの音源をデジタル変換し、その音源でカットとプレスする当時としては音質重視の盤だった。


ジャケ買いです

2022年10月30日 | PROG ROCK

60年代末から70年代中頃にかけて全盛時代を謳歌したプログレ・ロックもネタが尽きたのか、聴き手の方に飽きが来たのか次第にその人気に翳りが出始めた。

イエスは1978年にアルバム、Tormatoを出した後は完全に方向性を見失い、新たなバンドとしてやり直すという動きもあったし、ELPなんかは3人のソロ・アルバムを一つにまとめたやっつけ仕事の様なアルバム、Worksを制作し、もうバンドの体を成していなかったような。ジェネシスに至っては、プログレ・バンドとしてのピーター・ガブリエル脱退の穴は埋め難く、苦慮しフィル・コリンズなどはソロ活動を開始し、ファンキーなサウンドを取り入れたりしてポップ色を盛り込んだ芸風に舵を切り出した。

80年代になってもうプログレは死滅したのか?

と思いきや、イギリスからマリリオンなるバンドが登場。彼らはネオ・プログレ・ロックと称されかってのプログレの様式美やストーリー性を持ったコンセプト・アルバムを出してきた。

1985年のアルバム、Misplaced Childhood(過ち色の記憶)は全英1位と大ヒット。内容はバンドのボーカルだったFishの少年時代の原体験を基にしたコンセプト・アルバムらしい。

個人的には結構聴き易いと部類だ思うけれど、突出した個性、例えばそれまでのプログレ・バンドの十八番とも言えるぶっ飛んだ演奏テクとか印象深いボーカルが見当たらない。

即ち演奏面以外でこのアルバムをよく理解するには歌詞をよく分かっていないとね。ストーリーに入っていけず、アルバムの良さが半減ってことになってしまう。

そんなこんなで、日本では当時それほど話題にはならなかった様な...

じゃあ、何でこのアルバム買ったの?

へへ~ ジャケ買いです。

アルバムのジャケに描かれている少年が何かを訴えているようで、つい買ってしまった。

それに、1曲目のタイトルがPseudo Silk Kimono(偽りの絹の着物)って日本人として何かそそられるものが...

まあ何回かじっくりと聴き返していけば何でこのアルバムが全英1位に輝いたのかそのうち理解できるかも。


テレビ、や~めた

2022年10月29日 | Bowie, T.Rex, Hoople and Glam.

最近殆どテレビを見る事はなくなった。

見るとしてもスポーツ中継か興味のある分野のドキュメンタリー物ぐらいですか。ニュースにしてもネットの方が早いし事足りる。

特に最近のバラエティー番組なんて個人的には最悪ですね。

画面になんらかのビデオ映像が流れていて、画面の隅にワイプされた芸能人が台本通り何かを呟く。更に、あたかもスタジオに一般の観覧者を入れているが如く、エェ~とかオォ~とかのわざとらしい効果音を流し、そして大して面白くもないやり取りに対して、スタジオ内から関係者と思える仲間内からの笑い声。

こんな土曜日の夜は、レコードでも取り出しリラックスして鑑賞するに限るってことで、取り出しましたるはこのブログでも登場している、T.RexのThe Slider。

 

シングル・カットされたTelegram Samもカッコいいし、Metal Guruのイントロだけ何度もリピート。しかし一番このアルバムで良いと思ったのはBallrooms Of Marsですかね。

マーク・ボランの特徴でもあるアコースティックな味わいの演奏で単純なメロディーが繰り返され、これが妙にツボにハマる。

かくして、土曜の夜は集合住宅ゆえ音量絞ってロックで行こう!


幻のアルバム

2022年10月29日 | BEATLES-BADFINGER関連

心機一転、アップルからワーナー・レーベルに移籍したのだが、契約関連のもつれで御難続きだったバッドフィンガー。

ワーナーからのセルフ・タイトルのデビュー作は、ほぼお蔵入りと思われていたアップルでの最終アルバムを嫌がらせで1973年末の予定発売日にぶつけきたことから、新譜の発売日を翌年2月に延期。

個人的にはそれほど悪くない出来のアルバムとは思ったが、アップル時代のDay After Dayのようなキラー・チューンが無かったことからなのか成功を収められなかった。

(Ass、ロバが彼方に差し出されたにんじんを物欲しげに眺めている。すなわちワーナーから移籍金として提示された大金を愚か者が眺めていると言う皮肉ですかね?実際ここまでやるかって思っちゃいますね。)

それにもめげず、ツアーを続け同年第2弾のアルバム、Wish You Were Hereを出す。キャッチーで中々の力作だったが、当時ワーナーとバッドフィンガーのマネージャーとの訴訟の煽りを受け、レコード会社からの充分な販促プローモーションを受けられず残念な結果に。

さらに次のアルバムを制作するも、レコード会社から訴訟継続中ってことで販売に至らず。その状況に絶望したピート・ハムは自殺してしまう最悪の状態に…

1990年再販専門のライノから、彼らのワーナー期とその後のベストアルバムが発売されその幻のアルバムの一端が音源化され、バッドフィンガー節のパワー・ポップのLay Me Downは久々にいい気持ちにさせられた。

更に2000年にはオリジナル・アルバム、Head First及びボートラをてんこ盛りした2枚組のCDが突如でたので買ってみた。

ギターのジョーイ・モランドが脱退し、ボブ・ジャクソンが新たに加入。

当時完成したテープをワーナーに差し出したとの事だったそうだが、一聴した印象では少々荒さが目立つプロダクションで、もう一捻り丁重に取り組んで当時レコード化したらそこそこヒットしたのではないかと言う印象だった。

本当、惜しいバンド無くしてしまった。


みんな大好き、スーパー・グループ!

2022年10月28日 | West Coast Rock

1974年、ウエスト・コースト系スーパー・グループ誕生!てな宣伝文句に釣られてつい買ってしまった。

それがThe Souther・Hilman・Furry Bandのセルフ・タイトルのデビュー・アルバム。

(キャピトル・レコードの本社が見える、Glamour City、ハリウッドの夜景。)

何しろ、Ex-Buffaro SpringfieldsとEx-Pocoだったリッチー・フューレイ、Ex-Byrds、Ex-Flying Burrito Brothersにスティーブン・スティルスが中心となって結成したEx-Manassasのクリス・ヒルマンと60年代末頃にグレン・フライとバンドを組んでいた事もあったブレイクする前のJ.D. サウザーの3人が集まったグループ。

更にDerek & The DominosやManassasに在籍したドラムのジム・ゴードンとこれまたManassasに在籍したキーボードのポール・ハリスにスティール・ギターの名手アル・パーキンスらがバックを固める。

ウエスト・コースト・ロック・ファンには堪らないメンツが集合して制作されたアルバムだった。

ただ、スーパー・グループって個性の塊のような人たちが集まって結成されるわけで、経験上船頭多くして船山に上ると言う諺通りまとまりが悪くガッカリする場合が多い。

このアルバムも御多分に洩れず、一聴すると3人のそれぞれのソロ・アルバムから曲を寄せ集めたような印象で、個人的にはグループとして一体感溢れる演奏って感じはしなかった。

(民主的にそれぞれが、J.D.だけ1曲多いけれど... 同じ数の曲を提供。)

それでもこのアルバム、全米11位を記録。シングル・カットされたFallin In Loveも26位とソコソコ売れたようで。

みんなスーパー・グループって響き大好きなんだね。


癒しのデビッド・ボウイ

2022年10月27日 | Bowie, T.Rex, Hoople and Glam.

1987年のアルバム、Never Let Mer Downの売れ行きが思ったものではなく、行き詰まりを感じたのか目先を変えてハード・ロック・バンド、ティン・マシーンを結成したものの成功を手にする事は出来なかった。

バンド活動を停止しソロに戻り1993年にはBlack Tie White Noseを制作、その合間にBBC TVのドラマのサントラ盤も制作し同年に登場。

それがアルバム、The Buddha Of Suburbia(郊外のブッダ)。

ただサントラ盤と言っても実際の映像にはタイトル・トラックのみ使用されたとのことで、ボウイのオリジナル・アルバムと言っても差し支えのない位置付けで後にジェケットのデザインを変えて欧米で再発された。

何故か当時日本盤が発売されなかった事から、日本では知名度の低いアルバムであるが、一聴してみると結構いけるじゃないの。

時折聴こえるジャズ・タッチのピアノや馴染みのフレーズなどアルバムのアクセントになっていて、彼の70年代を思わせる。

インスト・ナンバーが多いこのアルバム、ただ70年代と言っても個人的にはベルリン三部作時代のようなその当時の暗さや翳りを特に感じず、更にいえば全体的には安らぎと言うか穏やかな明るさを見出すわけで...

ボウイ的には不発に終わったティン・マシーンのプロジェクトはソロ・スタート再開のためのリハビリ的なものだったのですかね。

シーッ、聴けばわかるって。

 


チューリップ、1974年離陸の時

2022年10月27日 | JAPANESE

なんとかメジャー・デビューしたもののファーストとセカンドのオリジナル・アルバムの売れ行きが芳しくなかった。

70年代初期頃といえば、まだまだ日本人バンドによるフォーク・ロック系の音楽が一般大衆に浸透していない時代でかなり苦戦したように思えた。

何か決定的なヒット曲を出さねばならない状況に追い込まれたのだが、そのプレッシャーを跳ね返すが如く“心の旅”が起死回生の大ヒットとなり、続くポップで親しみやすいメロディーの“夏色のおもいで”や“銀の指輪”のシングルも立て続けにヒット。

ようやく一般的な人気を得て安泰の身となった。

そして、1974年ここからが彼らのスタートととも言える本領発揮の3枚目のスタジオ・アルバム、Take Off(離陸)が完成。

シングル盤とは方向性の違う、彼ら本来の音楽志向を重視したトータル・アルバム、即ち彼らが崇拝してきたビートルズのオマージュとでも言える作品集で、それらは単なる模倣ではなく彼らのオリジナリティーがしっかりと埋め込まれたものとなった。

バンド・メンバーの写真のコラージュされた大型ポスター(裏面は歌詞が記載)、ホワイト・アルバムのオマージュですかね。


カラパナの夏

2022年10月26日 | West Coast Rock

近頃夜になると肌寒さを感じる。

そんな時は南国サウンドで雰囲気だけでも部屋をホンワカと暖めたい。

てな事でハワイアン・バンドでも、と言ってもハワイアン・スティールやウクレレが登場するアレじゃなくロック・サウンドで。

カラパナの1994年のセカンド・アルバム、Kalapana II。

ギターのマッキー・フェアリーとマラニー・ビリューが中心となってハワイ発AOR+フュージョン系のクールなサウンドは当時日本ではサーファー中心に人気があった。

(Black SandやJuliette、なかなかいけてます)

サーフィン出来ないのに、何故かオイラも長髪で鼻の下には髭を蓄え、ハワイアン・シャツとハーフ・パンツのセットにビーチ・サンダル履きの出立ちだったあのカラパナ擬の夏。

その反動なのか秋になると、懐だけでなくかってロン毛に覆われたオイラの頭頂部分も余計寂しさを感じる今日この頃であります。


入ったり出たり

2022年10月25日 | PROG ROCK

1994年のアルバム、Talkでキーボードを弾いていたトニー・ケイとトレバー・ラビンがバンドから脱退。

そして1996年のライブ・アルバム、Keys To Ascensionでは久々にスティーブ・ハウとリック・ウィクマンが戻ってきたが、リックは再びどこかへ去っていってしまった。

心機一転、1996年のビリー・シャーウッドとイゴール・コロシェフ(サポート・メンバー)らをギターとキーボードにそれぞれ起用し6名でスタジオ・アルバム、Open Your Eyesを制作。

1999年にはイゴールが正式メンバーに昇格しアルバム、Ladderを制作しツアーに出る。

このツアーにおけるラスベガスのHouse Of Bluesでライブ録音されたのが、2000年のHouse Of Yes, Live From House Of Bluesだ。

このアルバムの聴きどころはやっぱりLadderに収録された新曲を披露していることですかね。これらの曲の出来が良く、また過去の曲もそれまでと少々異なるアレンジが披露され、エンディングのRoundaboutの締めには、ライブ会場のHouse Of Bulesに因んでブルース・ナンバーを演奏しで幕を閉じる今までにない趣向に。

前回のライブ・アルバム、Keys To Ascensionでは個人的には少々マンネリ気味に感じたが、今回若手のビリーとイゴールは元気はつらつさもあり、このライブでは結構新鮮味を感じた。

次は如何なる展開かと思っていると、ビリーは自身のプロジェクトのためバンドから脱退。またイゴールはその後解雇?されたのかバンドから去った。

てな事で、次作は専任のキーボードを置かずにオーケストラを起用してスタジオ・アルバム制作することに。

お騒がせなリックは、2004年の35周年記念コンサートでバンドにカム・バック!(2005年 DVD発売、2014年 CD/B-Ray発売)。因みにライブ自体はそれより1年前にモントルーでレコーディングされていた(Live At Montreux 2003)が、CDの発売は2年後の2007年だった。

その後、ジョン・アンダーソンとリックがバンドから脱退し、またまた新生イエスの誕生と相成ることに。

ほんとメンバーの出入りの激しいバンドだ。


軍曹さんがいっぱい、その2

2022年10月19日 | BEATLES-BADFINGER関連

軍曹さんのレコードで特殊な仕様ってやっぱりアレですかね。

A Day In The Lifeの最後でピアノの不協和音がドン~って鳴ってフェイド・アウトし針がレコードのインナー・グルーブに差し掛かると、数秒の15Khz高周波と逆回転の会話かそれとも笑い声なのか、マニュアルのレコード・プレーヤーを使った場合それが永遠にリピートされる仕掛けである。

1980年、アメリカのコンピ盤、Raritiesに収録された僅か数秒の、Sgt. Pepper Inner Grooveがオフィシャルとして登場した。実は当時のアメリカ盤の軍曹さんのレコードにはこの特殊仕様が組み込まれていなかった。

本日は暇つぶしにSgt. Pepper Inner Grooveについて検証してみた。

何故なら、我が家の英盤1976年の再プレスされたパーロフォン盤(EMIのボックスが2個あるレーベル)を何気に聴いているとSgt. Pepper Inner Grooveがリピートされるものその音源が何故か少し短い様な気がしたからだ。

早速1969年アップル・レーベルの日本盤を取り出して聴いて見たところ、英盤の音源の方がやっぱり少し短いようだ。

ただ日本盤にはSgt. Pepper Inner Grooveが刻まれているが、インナー・グルーブではなくA Day In The Lifeの最後にひっついた形で1回のみ聴くことが出来る。

手持ちの米盤も聴いてみたが、Sgt. Pepper Inner Grooveは収録されていないことが再確認出来た。

60年代の通称イエロー・パーロフォン・レーベルのオリジナル盤や70年代初めの再発パーロフォン盤(EMIのボックスが1個だけ)も所有していたらもう少し詳しく検証できたのだろうが、生憎所有していない。コンディションの良い中古LPの価格は中々のものだ。

てな事で今回はその後に発売された軍曹のレコードで検証を続けることに。

1987年、ビートルズの音源をリマスター後デジタルCDされた後、その音源を使って新しくLPが80年台末にプレスされた。

オォ〜、無限に聴こえてくる。

長さは再プレス盤の音源より長いオリジナルと同じように聴こえた。

更に、2012年に再リマスターされたステレオ盤と2014年のモノ盤にもSgt. Pepper Inner Grooveが...

              (ステレオ盤)

               (モノ盤)

それじゃ、2017年のデアゴスティーニ盤はどうだろう?

この盤確かイギリスで独自にラッカー盤をカットし、フランスでプレスしたと聞いているが....

な、な、ない!Sgt. Pepper Inner Grooveが... 

因みにCDは、1987年とリマスターの2009年にはSgt. Pepper Inner Grooveが収録されていて、10回ほどリピートされてフェイド・アウト。

2017年のリミックス盤ステレオ音源は同様のアレンジが、しかしモノ音源は何故か1回だけで終了。

これを調べるだけでオイラのA Day In The Lifeも終了。

オタクも本当に暇だね。


コンピの嵐

2022年10月19日 | ROLLING STONES関連

ストーンズの初期のレコードってビートルズと同じで発売国によってジャケのデザインや収録曲が少し異なっていた。

日本では発売当時は独自のジャケ・デザインを使い、米盤準拠したLondonレーベルからの発売だったが、曲順が違っていたり。

その後遅れてデッカ編集の英盤も登場し、一体何が何やら…

アーティスト・サイドとしては、彼らの意向を無視してレコード会社主導で行ってきたのにはやっぱり不満を感じていた。

てな事で、ビートルズならペパー軍曹から、ストーンズならサタニック・マジェスティーのアルバムから世界共通のアルバム編集となった。

1970年にレコード会社、デッカ(英)とABKCO-London Record(アメリカ)らとのそれまでのエージェンシー契約が切れ、ようやくストーンズ自身のレーベルが立ち上げる事が出来たものの、彼らは金の卵を産むニワトリをそう簡単には解放してはくれなかった。

1971年自身のレーベルから初のオリジナル・アルバム、スティッキー・フインガーが世に出たところ、既出音源を集めたコンピ・アルバムが続々登場。

特にABKCOが企画した1971年のアメリカ向けコンピ・アルバム、Hot Rocks 1964-1971はよく売れた。

シングル・カットされた曲とアルバムに収録された代表曲からなるストーンズの当時の集大成とも言えるベスト盤となった。なにしろスティッキー・フインガーに収録されていた、Brown SugarやWild Horsesが契約切れ以前に録音されたって事でこのコンピ盤にも登場するサービスぶり。

このコンピ・アルバムの成功に気を良くしたのか翌年に続編、More Hot Rocks(Big His & Fazed Cookies)が登場。

アルバムの副タイトルの如く、第一次選考に漏れたヒット曲とアメリカ人に馴染みの薄いちょっぴりと驚かせるような米アルバム未収録曲や別テイクからなる編集だった。

個人的には、この第一弾と比べてストーンズとしては少々B級さを感じさせる選曲に結構味があって気に入っている。


親子丼でも

2022年10月18日 | S&G and etc.

出し汁に鶏肉入れて煮込んで、そこに溶き卵をかけて和える、卵がまだ半熟の状態で丼にもった熱々のご飯の上に盛り付けて完成!

そう今日のお昼は久々に親子丼。そして思い出すのが次の歌。

S&G解散によってデュオの縛りから解放されたポールは、スカに興味を抱きジャマイカへ。

ところがスタジオに集まった現地のミュージシャンはスカはやだね〜、けどレゲエならいいぜって事で、レゲエのリズムでベーシックな音源を録音し、歌詞はまだ完成していなかったので帰国後に歌をダビング。

出来上がった曲は1972年にアルバム、Paul Simonからシングル・カットされ大ヒットしたMother And Child Reunion(母と子の絆)。

私の様な食い意地のはった一般庶民なら、チキンと卵で親子丼ですかね。

ところで他人丼となると、Beef And Egg Bowl?それともそのまんまTanin-Donってなるのかな?


ロックはライブで

2022年10月17日 | AMERICAN ROCK/POPS

シンプルにジョニー・ウィンターの奏でるロック・ギターを楽しむにはやっぱりこのアルバム。

1976年に出たライブ・アルバム、Capturerd Live。

前作の1974年に出たスタジオ・アルバム、John Dawson Winter IIIのロックよりな演奏をこのライブに引き継いだ様なご機嫌な選曲。

Bony Moroni、ジョン・レノンのRock & Roll Peopleにお馴染みのディラン作、Highway 61 Revisitedなど意気がいいイキのいいロック・ナンバーが名を連ねている。そしてブルージーな自作曲、Sweet Papa Johnも漏れなくついてくる。

今回セカンド・ギターがいつものリック・デリンジャーから今回フロイド・ラドフォードに代わっているものの、ジョニーともコンビネーションは抜群。

(ギター2本、ベースとドラムスの4人組)

なんでこのアルバムがシングル・アルバムで発売されたのかね? 二枚組であればもっと楽しめたのにね。


みなさんお達者で

2022年10月16日 | Jeff Beck, Eric Clapton and etc.

フルでのライブは37年ぶり。

2005年、ロイヤル・アルバート・ホールで再結成クリームの公演を収録したのがこのアルバム、Royal Albert Hall, London May 2-3-5-6 2005。

(60年代のサイケデリックを模したジャケ・デザイン、懐かしいですね。)

一時的な再結成だったが、とても37年のブランクは感じさせない熱演だった。 

普通この手の再結成といえば、ボーカルの衰えによるキーを下げた演奏だとか、往年の演奏を再現するためにサポート・ミュージシャンを入れて音に厚みを出したりと色々苦労があるが、彼らの場合はオリジナル3名でのライブ。

昔のライブの再現と言うよりは、解散後の各々の活動から得られた経験を加味した円熟の演奏っていう感じで、このアルバムの出来から彼らの衰えは感じられない。

このアルバムの発売から17年経つ現在、ジャックもジンジャーもこの世にはいない。

クリームの最後の置き土産となったこのアルバム、末長く愛聴したいと思う。


テキサン・ブルース三昧

2022年10月15日 | AMERICAN ROCK/POPS

80年代流行りのシンセ・ポップに何やらブルージーで溜めの効いたギターが絡む。

1983年のデビッド・ボウイーのヒット曲、Let’s Danceにスティービー・レイ・ボーンが起用された事でその名が広く知らしめられた。

スティービーは70年代からブルース・ギタリストとして活動し、1978年にバンド、ダブル・トラブルを結成。

1983年にスティービー・レイ・ボーン・アンド・ダブル・トラブル名義のデビュー・アルバム、Texas Floodを出す。

更に1986年には、85年のモントルー・ジャズ・フェスティバルと翌年のテキサスでのライブ音源をまとめたライブ盤、Live Aliveが出た。

自身の作品だけでなく、ハウリン・ウルフ、バディー・ガイらブルースの大御所のカバーやスティービー・ワンダーの迷信にジミヘンのブードゥー・チャイルドなんかもカバーし彼のストラトが弾きだす軽快な音色が楽しめる。

ただこのCDレベル低めの音質でちょっと残念。

彼のスタジオ・アルバム、Texas Floodでも聴いて口直しといこう。