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CLASSIC ROCKを聴こう! PLUS

1960年から1980年代のロックを紹介していきます。またPLUSと言うことで、ロック以外の話題も!

ビートルズは不滅です

2025年05月19日 | BEATLES-BADFINGER関連

デビュー時からオン・タイムで聴いていたわけではないけれど、彼らが解散する少し前にはその存在を知ることに。

そう1970年テレビで盛んに映画、Let It Beのコマーシャルやっていた記憶がある。ただ我が家のレコードの再生環境はと言うと、ポータブル電蓄でもっぱら歌謡曲のシングル盤を聴いていた。そして洋楽のLPが一枚千八百円から二千円だったので当時中坊のオイラにはとてもじゃないけれど手は出なかった。

高校に入学する頃に親が何を思ったか、ステレオ・セットを買うことになってオイラもようやく洋楽レコードを集め出すことに。最初はやっぱりビートルズやサイモンとガーファンクルのようなポピュラー・ミュージック。

そんなこんなで1970年から55年も経った今でも、ビートルズを聴いている。

本日は2006年に出たシルク・ドゥ・ソレイユのミュージカル、Loveのサントラ盤。マーチン親子が2年ほどかけてビートルズの130曲にも上る音源をリミックスしたサウンド・コラージュ。

このCDが出た時はキワモノって感じでしばらくは触手は動かなかったが、長年のファンであるが為我慢できずにやっぱり買ってしまった。

ところが聴いてみるとこれが結構新鮮でバック・グラウンドとして何度もリピート。

オイラの中ではやっぱりビートルズは不滅です。


デモ音源とはいえシンプルでなかなかよろし~

2025年05月17日 | BEATLES-BADFINGER関連

没後10周年に当たる2011年にマーティン・スコセッシ監督によるジョージのドキュメンタリー映画が急遽公開され、日本では確か角川が配給したと思う。

そして公開後には早速Blu-rayもしくはDVD化され店頭に並んだものの、コンパニオン・ブックに未発表音源を収録したCDをセットにした商品が結構強気の値段で販売され、オイラとしては気になったもののちょっと手が出なかった。

上級ジョージ・マニアの連中はやっぱり目玉の未発表音源を押さえておこうと購入されたとは思うが、その翌年何とCDが単体で発売されそれなりの価格に下がったのでオイラも遂に購入に踏み切る。アルバム・タイトルはEarly Takes Vol.1で未発表と言うよりはデモ・バージョンの音源であった。

(水面から首から上を出した絵柄は表情も乏しくちょっと奇異な感がしないでもないが....)

しかしデモ音源とはいえフィル・スペクターがオーバ・ダブするウォール・サウンドではなくジョージの初期ミックスによるシンプルなサウンドが味わえてファンにとっては感涙ものであった。

ところでVol.2はいつ出るのかな?


That’s The Way God Planned Itって歌ってるけれど

2025年05月08日 | BEATLES-BADFINGER関連

信仰心の浅~いオイラであっても、正月になれば神社仏閣を色々回って手を合わせる。とは言え年一回の参拝に出かけてもそう都合よくインスタントに願いが叶うわけもない。

やっぱり求めちゃダメなんだ。拝む事によって雑念を取り払い後は自身がベストを尽くすだけ。

ビリー・プレストンがThat’s The Way God Planned Itって歌っているように、他を思いやる慈愛の精神がその他の人にも影響し世の中丸く収まる。

ビートルズの招きによって、Get Backやその他諸々のレコーディング・セッションに参加したビリーは、アップル・レコードに移籍。その第一弾が1969年のアルバム、That’s The Way God Planned It。

ビリーの母親が教会のコーラス出身でゴスペルの影響を多分に受けたビリーであるが、60年代にレイ・チャールズのバンドに参加によってソウルフルな歌唱にも磨きがかかる。全米チャート127位と不発に終わったものの、ビートルズやレイ・チャールズのアシストを受けて好アルバムに仕上がった。

なおレコーディングにはジョージがプロデューサー兼ギタリストとしてアルバム制作に尽力し、エリック・クラプトン、ジンジャー・ベイカーとキース・リチャード(ベースで2曲に参加)らがしっかり脇を固めている。特にクラプトンのソロ・ギターとビリーのオルガン演奏の絡みはスンバラシ~ 

この縁によってビリーはその後ストーンズのレコーディングやツアーに参加していく事に。

ところで先日ロト7の一等賞で12億円が広島で出たそうな。

オイラの渾身のロト6の本日の結果はどうだったかな?

ガビーン、全~部ハズレ! お祈りが足りなかったか?

だ・か・ら….  求めちゃダメなんだってば!


ようやく日の目を見たかな

2025年04月05日 | BEATLES-BADFINGER関連

ビートルズの2023年に出た通称青盤のCDの値段がこなれてきたので遅ればせながらの安い輸入盤買ってみた。

このアルバムの売りは最新のリミックスが全曲に施されているのと、新曲Now And Thenを含めた9曲が新たに追加されたって事。ただ旧音源を聴き慣れたオイラには個人的にはリミックスされた音源が少々違って聴こえてくる程度だし、また新曲も元々アルバムに収録されるレベルの出来ではないデモ音源を作り直した代物なのでそれほどの有り難みは感じられない。

このCDに関してオイラ的に特筆すべきは、やっぱりペパー軍曹のサイド−2のに数録されたジョージ作のWithin You Without Youがビートルズの重要な代表曲として21世紀になってようやく認知され本作に収録された事ですかね。

60年代中盤にサイケデリックなサウンドがロック・アルバムに取り入れ始められた頃で、さまざまのロック・バンドが特にインドの楽器、シタールなんかを取り入れ一味違うアジアン・テイストを曲にもたらしたものの、それはあくまでも添え物的なものだった。しかし、ジョージのそれは西洋音楽とは異なるスケールを用い、リズムも従来のロックとは異なるインド独特のリズムが刻まれている本格的なものだった。

当時はまだまだこの手の音楽が幅広く認知されていなくまたオイラもその手のサウンドはちょっぴり苦手で、ペパー軍曹のレコードのサイド−2は2曲目のWhen I’m Sixty-Fourに針を落とし鑑賞したものだった。

ジョージ主催のバングラデシュのコンサートのオープナーを務めたラヴィ・シャンカールの演奏においても、曲がスタートする前の楽器のチューニングが終わったところで観客から盛大な拍手があったので、ラヴィがチューニングで拍手を貰ったことに感謝し今から本番が始まるので楽しんで下さいと言ってたのが当時まだまだインド音楽が広く認知されていなかったを物語っている。

時は流れ、今ではインドの映画や音楽も数多く流入しまた幅広く認知されていて感慨深いものがある。

またかく言うオイラも今ではペパー軍曹のサイド−2は当然の如く1曲目のWithin You Without Youからスタートする。

因みにこのCDではジョンのドラッグ系Lucy In The Sky With Diamondsでハイになりすぎた気分を、続くWithin You Without Youが中和し落ち着かせてくれる曲順になっているのが秀逸だ。


JamならぬGem

2025年03月17日 | BEATLES-BADFINGER関連

先日久々にレコードでジョージのAll Things Must Passを楽しんだ。ただこの歳なので3枚組なので一気に聴くのはチート疲れる。

本日は前回聴かなかった3枚組LPの中の1枚、Apple Jamでも。

本編の2枚のLPを聴いてしまうと満足してしまい、つい聴くのを省いてしまうオマケ的な存在と捉えられがちだが、実際はJamならぬGemと例えてもいいのではないか。

サイドー5には3曲収録され、そのうち1曲はかってクリフ・リチャードも歌っていたCongraturationのおふざけ的な替え歌ではあるが、残り2曲、Out Of The BlueとPlug Me Inはクラプトン率いるデレク・アンド・ドミノスにジョージ、デイブ・メイスン、ボビー・キーズ、ジム・プライスに元スプーキー・トゥースのゲイリー・ライトによるロックなジャム・セッション。更に裏面のサイド−6は2曲収録されていてクラプトン、ジンジャー・ベイカー、ピリー・プレストン、クラウス・フォアマンにジョージらよるコレまた白熱のセッション。

ロック好きなら聴かないともったいないね。


久々にジョージのアルバム、All Things Must Passでも聴いてみる。

2025年03月03日 | BEATLES-BADFINGER関連

コツコツと曲を書き溜めていたものの、バンドが出すアルバムに収録するとなるとこの分野での天才の方々が在籍していてこれは傑作と思っていてもなかなかアルバム収録するチャンスは無かったみたいで。

でもこのアルバムを聴くと、ジョージの作品ってかなりユニークで唯一無二って感じですんばらしい。後日盗作問題のあったMy Sweet Loadにしても、あの独特なスライドの演奏があってこそ成り立っている曲だからね~。

本日は3枚組アルバムからサイドー3と4を繰り返し聴いてみることに。

この面にはMy Sweet LoadやWhat Is Lifeなどアルバムの目玉となるシングル曲はないが (Is’t It A PityがアメリカではシングルA、日本ではシングルBとしてカットされているがシングルとしたらやっぱり地味かな) 粒揃いでかつバラエティーに富んで聴き応えがある。


Apple Corps.の出鱈目経営

2025年02月25日 | BEATLES-BADFINGER関連

1968年1月、ビートルズは自身の会社Apple Corps.を設立。

数多くのライブ活動で叙情に実力を付けてきたアイビーズのマネージャーはアップル・レーベルが新人アーティストの発掘をスタートさせたと聞き付け、すぐにデモ・テープをアップルのマネージメントに手渡すことに。

ピート・ハム作のThey’re Knocking Down Our Homeをポールが絶賛、さらにジョージとジョンも気に入った事から5年間の契約をバンドと結ぶことに。

トニー・ヴィスコンティがプロデュースを引き受けデビュー・アルバム、Maybe Tomorrowが1969年に完成するも、なぜかアップルのマネージメントが英・米での発売を取りやめた。原因は多分先行シングルのMaybe TomorrowとThey’re Knocking Down Our Homeをカップリングしたシングルを出したもののヨーロッパ大陸ではそこそこ受け入れられたものの、肝心のイギリスでは空振りだったのがその理由だと推測される。

(みんな若々しくていい顔している。因みに左端のロン・グリフィスはこのアルバムのあとバンドから脱退することに)

そのためアルバムはイタリア、ドイツと日本のみで発売され、希望に満ち溢れれた彼らにとっては散々なスタートとなり、さらにアップルはバンド名を変えて再出発する事を示唆。

翌年バッドフィンガーとして再デビュー、リンゴ主演の映画のサントラ・アルバム、Magic Christian Musicを発売することに。その内容は前作から再録7曲とポールがテコ入れのために作ったCome And Get Itなど7曲の新曲が加えられ、シングルのCome And Get Itが英・米でそれぞれ4位・7位とヒット、アルバムもアメリカでチャート55位まで上り詰めた。

バンド名を改名させられる屈辱を味わった彼らであったが、オイラとしてはアイビーズのデビュー・アルバムは初々しくて好感が持てたし、バッドフィンガー名義のMagic Christian Musicにはデビュー・アルバムから7曲も収録されている事から彼らのソングライティングの技量には問題がなく、むしろアップルの彼らを売り出すマーケティングのスキルがイマイチだったと思っている。

Apple Corpsが誕生して、ビートルズが先頭を切りHey Jude、Get Backなどのシングルや、ホワイト・アルバム、アビー・ロードとレット・イット・ビーのアルバムで世界的大ヒットを連発させ巨額の利益を生み出したものの、ビジネス・センスのないはちゃめちゃなマネージメントによる多角経営は1974年頃までには崩壊し、結局残ったのはビートルズの曲の管理のみとなった。

短命だったバッドフィンガーもその犠牲者だったと思う。


Something Wrong

2025年02月18日 | BEATLES-BADFINGER関連

ビートルズのメンバーの中でオイラの一押しはやっぱりジョージ。

能力の高い先輩たちに囲まれて、腐る事もあったかも知れないけれど自身の真摯で且つ弛まぬ努力によってその隠された才能がついに花開いた。

1969年、アルバム、アビー・ロードからCome togetherとカップルでシングル・カットされたSomethingが英・米でついにA面扱いで発売された。

バンザイ~!

と思いきや、日本での販売元、東芝音工では両曲A面扱いと宣うも何を血迷ったのか実際ジョージの曲はリンゴの切り口がレーベルに印刷されたシングルのB面に収録。

本家の英アップル・レーベルがA面に収録しているのにそれを無視するなんと間抜けな判断とジョージのファンは呟いた事だろう。

音工やっちまったな〜

因みに、バンド結成15周年を記念してシングル盤が1977年に再発された時はSomethingがA面に収録された。

これでようやくNothing Wrong。


失われた週末とはお別れ

2025年02月09日 | BEATLES-BADFINGER関連

1973年オノ・ヨーコとの別居生活が始まり、ジョンはLAへと流れてゆき行きすぎた自由を謳歌するが如くグータラな生活を送っていたそうな。

そして次作にオールディーズのカバー作品の制作を企画していたジョンはLAでレコーディングをスタートさせた。

プロデューサーにはその企画にうってつけのフィル・スペクターを招いたものの、フィルの精神的不安定によりレコーディングからセッション・テープを持ったまま疾走する事件に。

オールディーズのプロジェクトは一旦棚上げとなり、飲んだくれた生活別れを告げジョンは新規一転、ニューヨークでオリジナル・アルバムを制作することに。

完成したアルバムが、1974年のWalls And Bridges。

(それまで見たことがなかったほんわかムードのポートレート、尖りすぎた角が取れたのかも)

イマジンのようなアルバムのコアになる様な曲はなく地味といえば地味な部類のアルバムではあるが、エルトン・ジョンの提供した曲が話題を集めただけでなく、それまでの政治的なメッセージではなく全体的に自身の心の内面を歌った誠実なアルバムに仕上がった。

やっぱり飲んだくれてばっかりじゃダメってことね。

オイラも十二分に肝に銘じた次第で…


まったりとWild Lifeを楽しむ

2025年01月11日 | BEATLES-BADFINGER関連

本日はポールの1971年のウィングス名義でのデビュー・アルバム、Wild Lifeを聴いてみた。当時ポールの作品としては評価は低かったが、それでもアルバム・チャートでは全米10位で全英は11位を記録と マズマズ。

(1975年の再発LP、ああ懐かしい〜)

評論家達からは、“リハーサルの音源ような出来栄え”だと叩かれたのだが、ポールとしては前作Ramの続編ではなく今回小編成のバンドでのライブを披露したいって事だったので、ステージで再現可能な比較的シンプルな作品集となった。

ジャケ裏の解説ではClint Harriganなる人物(ポールの偽名)が元ムーディー・ブルースのデニー・レイン、アメリカのラム・セッションでドラムを叩いたデニー・シーウェル、そしてポールとリンダの4人組は古い歌を歌ったり、新しい曲を作ったりと、ノンビリかつ和気あいあい の雰囲気で制作されたと記している。

神経を集中させて聴くのではなくこれらのシンプルなバンド・サウンドをリラックスして味わって欲しいってことだったのだろう。


当時の問題作、マッカートニー

2024年12月27日 | BEATLES-BADFINGER関連

久々にポールの1970年のファースト・ソロ・アルバム、McCartneyでも聴いてみようとレコードを引っ張り出す。

以前このブログでもアップした通り、当時はビートルズ最終アルバム、Let It Beより先にこのアルバムが登場した事で色々とすったもんだあったみたいだけれど….

またアルバムの内容がポールの作品としては超ライト級って感もあって当時はちょっとやっつけ仕事のように感じたけれど、そんな思いもいつしか風化しオイラとしては肩肘張らずにリラックスしてイージー・リスニング的に楽しんでいる。

あれから約45年も経つ今となってはもそんな事どうでも良くね~って話かな。


個性強すぎ

2024年12月16日 | BEATLES-BADFINGER関連

ポールが曲を他のアーティストとコラボしたとなると有名な所ではスティーヴィー・ワンダー、マイケル・ジャクソン、エルヴィス・コステロや10CCのエリック・スチュワートなんかが思い浮かぶが、曲の提供となるとリンゴ、バッドフィンガーにメリー・ホプキンぐらいかな。

ポールの曲を歌うとなると何から何まで全てポールがお膳立てをしてしまい完全にポールの色に染まってしまうので、当のアーティストの個性が消されてしまう。ポール作のバッドフィンガーのヒット曲、Come And Get Itなんてポール自身が歌ったデモの音源をコピーして歌う様にって指示があったとかなかったとか?

本日はポール作でメリー・ホプキンの曲でも。

メリーはアップルのアーティストの契約第1号で、ポールがプロデュースしたThose Were The Days(悲しき天使)がシングル・チャート全英・全米でそれぞれ1位と2位を獲得した大ヒット作。そして1969年のシングル第二弾がポール作のGoodbyeで、全英チャートではビートルズのゲット・バックが1位の座に君臨していて惜しくも2位(全米13位)だった。

(別アートによるジャケのシングル盤)

ポールのプロデュースに更に全ての楽器をポールが担当する入れ込み様。2019年のアビー・ロードの再発盤に収録されたポールによるこの曲のデモを聴いて、思った通りシングル盤のアレンジとほぼ一緒。

カバーとして他のアーティストが原曲のアレンジを崩して歌うのは悪くないが、ポールの提供曲としてヒットを狙う企画の場合はポールのイメージが定まり過ぎていて、売れればそれに越した事はないのかも知れないが、その通りに歌えとなると当の本人たちは何か引っかかっていたかもね?

それから思い出したのだけれど、フィービー・スノウがポールのEvery Nightをカバーしていたけれど、これは彼女の個性がよく出ていてソウルフルでファンキーな仕上がりで中々いいカバーかな。


年末近し

2024年12月15日 | BEATLES-BADFINGER関連

年の瀬も押し迫ってくると何故か聴きたい歌がある。

Let It Beである。

(日本盤の初期シングルは、ジャケにはステレオ表記だが実際の音源はモノ。オイラは何故かこのシングル・バージョンがお気に入り。間奏でレスリーのアンプを通したギター・ソロがほんわかしたキーボードの演奏に聞こえるところがいいのかな?)

あたかも神の手に導かれた如く波風無しにただ流されるままに生きて来たオイラ。

Let It be、あるがままにって省エネでほんとに心地良い響き。

ダメな時は何をやってもダメ。こんな時は無駄に動くより、結果はどうあれ、もうあるがままにって感じでやってきた。

さあそこの貴方、そんなに悩んでいないでレリビーでいきましょう!

ってぼんやりと夢想していると、クレカの12月末の支払い予定通知書がメイルで届く。

ガビィ~ン、先月こんなに使った?

クレカの場合、財布からお金が減らないからアレもコレもっていらないものまでつい買ってしまう。こんなの見つかったらカーチャンに怒られちまうよ。

早く夢の中から目醒めて、口先だけのレリビーじゃなく現実的なリボで!

どうもすいません。


初期はモノ!

2024年12月01日 | BEATLES-BADFINGER関連

Please Please MeやWith The Beatlesの初期の2枚は2トラックでの録音でプロデューサーのジョージ・マーチンは当然の事ながら、モノ・ミックスでのレコード制作しか考えていなかった。1963年10月からレコーディングに4トラックのシステムが採用される事によってダブル・ボーカルなんかも別トラックに録音して後で音量をそれぞれ調整し重ね合わせる事によって音の表現力に幅をもたらすことができる様になり、ステレオ・ミックスでも複雑なアレンジに拘らなければある程度の立体化を出すことは出来るようになった。

そんな中で登場したのが1964年の映画のサントラ盤、A Hard Day’s Nightが登場。、日本では約2ヶ月遅れた同年9月に日本独自デザインによるジャケでステレオ盤一択で発売された。買ったのは70年代になってからで、その当時比較対象がなくこのアルバムの音はこういう物なんだと特に違和感は感じなかった。

ところが80年代になってから、何ちゃら20周年記念として日本でもようやくモノ盤が登場。

これを聴いて、まだアレンジが複雑化するサイケ時代に突入していない初期のシンプルなロックンロール時代の作品ならば音の塊が中央からドォーンと飛び出してくるモノ・ミックスの方が迫力があると感じたね。


マジカルな奴

2024年11月28日 | BEATLES-BADFINGER関連

中学生だった頃、我が家にステレオ・セットが登場し、ビートルズのレコード1枚ずつ順番に買っていった。

ラバー・ソウルあたりまではビートルズの順調に進化する様を味わっていたのだが、リボルバーあたりで一気に様相が変化し、1967年シングル・カットされたStrawberry Fields Foreverでビックリしたね。

それまでシングル・カットされてきた3分何がしかのラジオ・フレンドリーなポップ・ソングとは一線を画すようなサイケデリックかつ複雑な構成の曲だった。

その曲が収録されている米盤のマジカル・ミステリー・ツアーは買った当時ペバー軍曹のアルバムよりインパクトがあると感じ何度もリピートした記憶が…

当時日本で映画の映像を見ることが出来なかったが、アルバムにはカラー写真のブックレットが付いてきてこの映画のストーリーが何となく分かるのではあるが、サイケデリック満開のこのエクストラバガンザ風の裏ジャケの写真には一体何ごと?て感じで目が釘付けになった。

70年代初め頃に買ったアルバムだけれど、50年以上経った今でも違和感なしに聴けるってすごくない?