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CLASSIC ROCKを聴こう! PLUS

1960年から1980年代のロックを紹介していきます。またPLUSと言うことで、ロック以外の話題も!

QUEENのようでQUEENでない、10CCのようで10CCでもない、それは誰かと尋ねたら?

2015年09月16日 | BRITISH ROCK
CITY BOYです。知ってました?

1976年に発売された彼らの2枚目のアルバム(日本では翌年の1977年に出された)、リッツ・ホテルの晩餐会です。

プロデュースは、ご存知ロバート・ジョン・ラングで、古くはBOOMTOWN RATS、AC/DC、DEF LEPPARD、FOREIGNERやCARS、そして最近ではMAROON 5や MUSEなどのプロデュースを務めた売れっ子であります。その彼がイギリスでプロデュース業のスタートを始めた頃に手がけたのが、6人組のCITY BOYのアルバムです。

彼らの音楽性は?と言うと、表題のごとくQUEENや10CCの楽曲のように目まぐるしく変化する複雑な構成を持ったポップ・ロックで、時折心に残る美しいメロディー(特にB面2曲目のTHE VIOLIN)なんかも登場します。歌詞はイギリス特有のシニカルなユーモアが込められています。

この手の音楽が一般受けするかというと、なかなか難しく、1作目のアルバムがアメリカのラジオ局で受けた事から、この2作目のアルバムはアメリカのマーケットを意識し、イギリスより一足早くアメリカで発売されたのですが、チャートは170位と惨憺たる結果になりました、もちろん1976年といえばディスコやパンクの人気に火がつき始めた頃で、時期的に悪かった事も原因と言えます。

しかしながら、この手の音楽が好物である人にとっては、外せないバンドではないでしょうか? 

当時QUEENや10CCをよく聴いていて、個人的にはそれらのバンドの出したアルバムと同様に楽しめるアルバムなので、このアルバムが手元にあってもおかしくないのですが、このマイナーなバンドのレコードを当時どのような経緯で購入したのか思い出されません。たまたま入ったレコード・ショップで見たジャケットが気になり、ジャケ買いしたのかな?

ジャケ裏のデザイン

ジャケ買いは危険で、そのレコードの内容が意に沿ったものであれば、自身の感覚を誉めそやすのですが、反対の場合は、レコード棚の目立たない場所に速攻収納し、あたかもそれを買った事などなかったかのように振る舞うことになりかねません。


これは再発されたCDのブックレットの内側の写真です。これからすると海外で出されたレコードはこの写真通りのデザインでインナー・スリーブが作られたと思われます。日本盤は、ライナー・ノートと歌詩が書かれたペラの紙一枚が封入され、インナー・スリーブは付いてなかったのD、多分日本での少ない売れ行きを見越して、お金のかかるインナー・スリーブの製作を省略したのだろうと思われます。

The Violin by City Boy

美しいメロディーです。

ビートルズNO.5に思う

2015年09月16日 | BEATLES-BADFINGER関連
いつも当ブログご覧になっていただきありがとうございます。

このブログ、いままで人気ランキングに登録していたのですが、発作的に退会しました。人気ランキング経由でこのブログに入ってこられる方には迷惑をかけますが、次回からGOOGLE などで “CLASSIC ROCKを聴こう”で検索して貰えれば簡単に辿り着く事が出来きると思います。

よろしくお願いします。

さて、何を書こうかと取り出したレコードが、ビートルズの日本独自の編集盤、ビートルズNO.5です。

このアルバムについている帯から判るように、1974年に再発された国旗帯と言われるもので、帯には“ドイツ語版を含むオリジナルとスタンダード集。初期の通向きアルバム”と記載されています。

なるほど、このアルバムは通向きのものであったか~

英国では、オリジナル・アルバムは1963年から、毎年その年の前半とクリスマス前の年2回のペースで出されていた。世界同時発売されなかった時代であったので、イギリス以外の各国におけるレコード制作にタイム・ラグが生じ、その発売は英国よりも少し遅れ、またアメリカや日本では独自編集のアルバムとなった。

日本では、1枚目のMEET THE BEATLESから SECOND ALUBUMとA HARD DAY’S NIGHTの3枚が1964年に発売され、BEATLES 65、そしてこのアルバム NO.5、さらに HELPが1965年に発売と年に3枚ものアルバムが続けて出されるという忙しい事となった。

手元にあるオデオン・レーベルのMEET THE BEATLES初回盤の価格が1500円で、それより後に出されたアルバムは1700-2000円ぐらいだった。1960年代の月給といえばだいたい3万円くらいが相場だったから、年に3枚も新譜が出れば、ビートルズのレコード代が家計に占める割合は非常に大きくなったであろう。

当時、ビートルズのファンでいる事は大変だった事が判る。

NO.5は、その前のA HARD DAY’S NIGHTとBEATLES 65がステレオだったのにもかかわらず、モノ編集であった。すなわち、完全な日本編集のMEET THE BEATLES、 SECOND ALUBUMとNO.5がモノだったという事は多分日本の家庭事情を考慮しての事ではないだろうか?

当時、一般的な日本の家庭で四つ足のステレオ・セットを気前よく購入できる家庭は少なく、娯楽系家電ではまずテレビの購入が最初という時代で、当時LPレコードはモノラルのポータブル電蓄でかけるのが主流だったと推測する。ダイヤモンド針ではなく、寿命の短いサファイヤ針で、メーカーの仕様に従って、針が摩耗する前に交換なんてことしてなかったから、その当時にかけまくったレコードを今再生するとひどいコンディションになっている事は間違いないだろう。

しかし音楽は、AMラジオやポータブル電蓄で聴く時代であったから、ハイレゾだとか言って普通一般の人が完全に違いの判らないないような微細なレベルにまでこだわるような現代と比べて、再生音にこだわらないのどかな時代であり、これは、これで精神衛生上は細かな事を非常に気にする今の時代と比べては良かったのではないか?

それから、日本編集盤の特徴は、英オリジナル盤に入っていないシングルや4曲入りのコンパクト盤などの曲を収録しているので大変コスパに優れ良心的なことである。このアルバムにも、イギリスではシングルでしか発売されなかったI FEEL FINE が入っている。しかしながら、ドイツ語で大ヒットした曲を歌い直しているのは、ドイツ・ファン向けの変わり種の曲という扱いだし 、それ以外の曲も特に大ヒットした看板の曲ではない事から、通向きと称しているのであろう。

このアルバムを購入するには、レコードの場合 中古ショップかオークションで、CDに関しては、バラ売りはされていなくJAPAN BOXなる物を購入しなければならない。

JAPAN BOX、購入したはいいが、一度も聴いた事がなく、飾りになっている有様。趣味とはいえ本当に無駄な買い物だった。

今でもビートルズのファンでいる事は大変である事が判る。