ほぼ日刊、土と炎、猫と煙突

白く燃え尽きた灰の奥深く、ダイアモンドは横たわる。

練炭を売る

2005年04月14日 22時52分39秒 | 古い日記
そもそも...
練炭は、七輪で焚いて、一酸化炭素中毒を起こし、
自殺につかう道具...ではない。

七輪で焚くのは、一緒だが、煮炊きをするために使うもので、
ガスや電気の無い時代には生活必需品だった。
(俺はその時代は知らんけど)

韓国などでは今でもオンドルに使ったりするらしいのだが、
かつては日本でも、「練炭売り」が配達をしていた。

その「練炭売り」の話を年配の方から聞いたので、
何かの参考にして頂ければ幸いである。(なるとは思えないけど)

・・・・・・「以下、M氏談」・・・・・・

「練炭売り」は、トラックに写真の様な7個1ブロックの包みを、トラックに堆く積む。
そうだな。2メートルちょっとくらいの高さだろうか?

トラックの荷台の高さを含めると、地上から3メートル近い高さになる。

と、なると、梯子か何かを使って「積み上げる」しか方法は無いだろうが、
それらしき道具を装備している様子は無い。

それが長い間、不思議だった。(そうだ)

が、ある日、「練炭売り」が練炭を積む現場を目撃した。

1:1ブロック(7個)を二個重ねる。
2:それを手の上にのせる。
3:バスケットボールをシュートするように、上に放り上げる。
4:見事、着地。
5:1:~4:までを繰り返す。

嘘のようだが、昔はそんな事ができる人達がいた。

・・・・・・「以上、M氏談」・・・・・・

さて、練炭は一個で1㎏程度だろう。(直径は13cmくらいかな?)
1ブロックが7個で2ブロック、計14㎏、これを1メートル近く上に放り投げて、
1cm以下の誤差で、積み上げていく。(1cm以上誤差があったら、1メートルも積めないだろう)

外見は普通のオジサンがこれをやっていたそうだから、見ていて信じられなかったそうだ。

俺も、それほどでは無いが、似たような経験がある。
通称、「運び屋のタッちゃん」と呼ばれている人だ。

身長160cmちょっと、体重も50㎏弱くらいのヒョロヒョロしたオジサンだが、
40㎏のセメント袋を一度に2個担いで、
現場の仮設の階段を、一日に何度も往復していた。

まあ、力自慢の人はやってみるといい。一回で脱落すると思う。

以前書いたけど、今や俺も
力仕事(のようなもの)をせねばならぬ。
が、「慣れる」と意外に筋肉を酷使しなくても、
それなりに出来るようになったりする。

そういうものの一種だとは思うけど。

認めざるを得ない事

2005年04月13日 00時46分02秒 | 古い日記
たとえ、それが動かない事がわかっていても、
500tプレスの下に頭を入れる、
なんてあまり気持ちのいいモンじゃない。

今まで、俺はやった事は無かったが、あきらかにプレス面が汚れてきたし、
他にやる人もいないので仕方が無かった。

狭い隙間に頭を横にして差し込んで、潜り込む。

が...鼻が当たって、上を向けない。

前に会社にいた奴は、楽々と、この隙間に頭が入った。
そして上を向いて、平気でプレス面の掃除をしていた。
(少なくとも、それが出来る奴は二人はいた)

俺の場合、鼻が全く無かったとしても、
そんな事はとても出来そうも無かった。

前々から薄々感づいてはいたが...運が悪い事に、
俺の頭部は他人より「前後に長い」と認めざるを得ないだろう。

以前、さいずち頭、と言われた事がある。
意味は、後頭部が後ろに張り出した頭だそうだ。
(絶壁の逆だな)

しかし、このまま引き下がっても、埒が開かない。
「出来ない」と諦めるより前に、調査してみよう。

googleで検索してみると、
日本人の頭部の前後径はおよそ、182~196ミリだそうだ。
(テキトーに測ったが、俺は200ミリくらいだろう)

で、500tプレスの空隙部分は...???
200ミリ程度だ。

頭部の前後径は、額~後頭部なので、普通に考えれば、
ここに「顔」を入れるのは、「絶対に不可能」と言う事になる。
(顔の中で額が一番高い、なんて人いるか?)

何か方法が間違っているのか?俺が思い違いをしているのか?

悪いのは俺の頭の中身の方だ、と...もう、認めざるを得ないだろう。

駄目!駄目!駄目!駄目!

2005年04月12日 22時41分12秒 | 古い日記
まあ、皆、薄々気が付いているとは思うが、
最近、このgooブログは更新するのに、非常に時間がかかる。

って言うか、「ただいま、アクセスが...お願いします。」と言う表示が出る。
って言うか、それが、毎回出る。
って言うか、更新できない。
って言うか、使えない。
って言うか、ダメ。
って言うか、書いたのが、「無駄!無駄!無駄!無駄!無駄!無駄!」になる。
って言うか、只なんだから、文句言いたくないけど、「いくらなんでも書く気が失せる」ので、
改善して欲しい。

自動車で言えば、「エンジンがかかる可能性10%」という所。
これを書いても、書き込めるのも、表示されるのも、何時になるかわからない。

こういう下らん事書くと、すんなり更新できて、すんなり表示したりするのかな?

そういう訳で、これはテストです。

空からの襲撃

2005年04月11日 23時34分03秒 | 古い日記
藤岡弘と言えば仮面ライダー...
または馬鹿役者役者馬鹿で名高い。(と書いてわかる人は年配者だな。)

が、最近では旅番組にも出ていたりもする。
また、セイン・カミュ(『異邦人』の著者カミュの孫だという噂だが、真偽の程は知らない)
と二人旅だったりもする。

その二人の組み合わせが、何を狙ったのか?はわからぬが...。

そんなテレビ番組の画面を俺はボンヤリした頭で見つめていた。

カミュ:「ここでは、白鳥の餌付けが行われているんですね。」
藤岡:「オオ。パンのミミをやるんだ。」

二人に、パンの入った袋が渡されると、カミュの方は、
それを「自ら食べる」というボケをかました。が、そんな事に藤岡弘が気が付く筈はない。

「....」

やがて、口の中がパンでいっぱいになり、
(早くツッコんで下さいよ~)
と言う視線を必死で藤岡に送るカミュ。

「....」

只、黙々と白鳥に「餌付け」する藤岡。

テレビ的に...かなり異様な時間が流れた。

カミュ:「....アア、僕、自分で食べちゃいました!」
藤岡:「何?」
カミュ:「ハ、白鳥にやるんですか?」
藤岡:「そうだよ。自分で食べたってしょうがないだろ?」
カミュ:「....」

渡り鳥である白鳥は、夏はロシアの辺り(多分)にいるのだと思うが、日本を越冬地に選ぶものも多い。
北海道が有名だが、冬場は日本全国に白鳥が見られる湖沼がある筈だ。

近場(俺の)では「多々良沼」とかが有名だが、連中は明け方、こっちの方へ飛んでくる。
(大集団で飛来する。4~5時起きしないと見られない。そうだ。)
で、川で朝食を採り、人々が起き出す頃には、多々良沼へ帰ってしまう。
(らしい。目撃者談)

藤岡弘みたいな親切なオジサンがいるのだろうか?

絶望の味

2005年04月10日 21時40分24秒 | 古い日記
蕎麦も似たようなもんか。
いや、蕎麦には「水蕎麦」(汁無し)というジャンルがあるから、さらに上だろうな。

日本では...(いや、どこの国でもそうだと思うけど)別名、「絶望のスパゲッティ」
と言われる、「アーリオ・オーリオ・エ・ペペロンチーニ」を出す店は少ない。

どんなスパゲティかと言うと、要するに、
緬にオリーブ油をからめて、ニンニクと唐辛子を刻んで入れただけの、
手抜き「素うどん」に近いスパゲティだ。

何故絶望しなければならないか?
と言えば、「具」が無く「見た目的に哀しすぎる」からだと思う。

俺がたまに行く店には、珍しくその「素スパ」がある。
小手先の誤魔化しが効かない品を出す、その根性が気に入り、
俺はいつもそれを頼む。

ちょっと問題なのは、そのアーリオ・オーリオ・エ・ペペロンチーニが、
その店のメニューでは、「貧乏人」と言う名前になっている事だ。

(アーリオ・オーリオ・エ・ペペロンチーニって、フルネーム言うのも問題だけど)

「貧乏人」とは、小洒落ているといえば洒落ている表現だが、どーも腑に落ちない。

ウェイトレスさんが皿を運んでくるといつもこう訊く。
「お客様、『貧乏人』でしょうか?」
「はい。貧乏人です。」

ウェイトレスさんは何事もなかったように皿を置いて、
立ち去るが、周囲の視線は冷たい。(いや、俺がそう感じるだけかな)

ちなみに、俺以外で、そのメニューを頼む人は見た事が無いな。

2005年04月10日 13時05分28秒 | 古い日記
昨日書き始めた時は、こういう事を書くつもりだった。

1:古来より、稲作文化だった日本では、
「1年の開始はサクラの開花」によって決定した。

2:現在の年度変わりが4月なのは、その為であろう。

3:受験や就職試験はその前(2,3月)である。

4:花粉症の俺には大迷惑だった。

今、読み返してみると、2:~3:は全く別の事が書いてある。

...それはそれでいいか。花粉症の話など、誰も読みたくないだろうしな。

かつてはピンク色だった。

2005年04月09日 23時34分22秒 | 古い日記
想像して欲しい。(写真が無いからな)

そこは、地方都市の一角の、そのまた一角くらいの所だ。

少子化が進み、企業は倒産し、
廃墟と化した街で、忘れさられたような○○町の福祉児童公園...。

錆付いた、遊具施設には縄が掛けられ、「使用禁止」の手書きの看板。
今は滅多にない、タイル貼りの水飲み場。(と言うより、只の流しだな)
ペンキの剥げ落ちたフェンスの向こうに見える、市営団地の壁は灰色。

ひび割れた側溝の上を走る野良猫の尻尾は妙に長く、
近道しよう、と公園を横切るオジサンの足は短い。
(キムジョンイルそっくりだった)

世話をしている人がいるとも思えないが、ここの桜は見事だ。

サクラは...稲作と関係がある。
「苗代桜」と言う言葉があるそうだが、開花時期をもって、
農作業の目安にしていたらしい。

と言うより、稲作を始める頃に花を付ける樹木を「咲くラ」と呼んでおり、
それが今日では「木の種類」を指す言葉になった...と思われる節もある。
(コブシの事を桜と言う時代や地域もあったから)

現在、我々が目にする桜は「ソメイヨシノ」と言う品種で、江戸時代に生まれた。(らしい)

「市の花」になっている事も多く、俺も随分作った。(タイルでな)
しかし、その「ソメイヨシノの花の絵が入ったタイル」
ってヤツは難しい。

実際の「ソメイヨシノ」の花の色は、白と言ってもいい色で、
「何かの間違いじゃないか?」と思う程、人間の記憶の中にある「桜色」と異なる。

では何故、我々には「桜色=淡いピンク」のイメージがあるのか?

良く観察すると、ピンク色なのは、蕾の時だ。(それもかなり濃い)
これが白い花に混じって、沢山重なると、全体で何となく、「桜色」に見える。

よって、満開になればなる程、全体は白っぽくなる筈だ...と俺は思う。

やらずのボッタクリ。

2005年04月08日 23時27分14秒 | 古い日記
男と言うのはバカなモノで、意味無く欲しがったりする。
何を?こんな感じだ。

「この装置はレーザー光を使って、目標物までの距離をミリ単位で算出します。」
「誤差は?」
「100メートル以内なら1㎜以下です。」
「すげえ!買った!」

「本当に、お前に必要あるのかよ?」と、思うが、
○十万単位の金を出してしまう輩が周囲に多い。(自営業の設備屋とかだな。)

「だって、天井までの距離が瞬時にわかるし。」
と言うが、天井までの距離をミリ単位でわかる必要が、一生のうちで何度あるのか?
良く考えないで買うのが「漢」らしくて良い。(かもしれない)

かく言う俺も、欲しくなった。
何を?
関東電気保安協会の山野井さん(名前出さなくてもいいけどな)が使っている道具だ。

コンセントとか、高い所にある配電盤とかに、レーザー光みたいなのを当て、
温度を測っている。
(多分、『レーザー光』は『ここを測っている』という目印で、温度計測とは関係無いだろう)
試しに、俺の手を測ったら30℃だった。

幾らするのか?尋ねたら、「これは7万円くらいする」と言われたので諦めたけど。
(ネットで検索したら安いのもあるらしい)

まあ、こういう衝動買いは可愛いもんだし(使い道は無くてもな)
自己責任で何を買おうがその人の自由だけど。

最近は(と言うか最近でも)「地球に優しい」とか「エコ」を謳うエセ商品が
はびこっている。

昔、流行った詐欺だが、「省電王」という装置を聞いた事は無いだろうか?
正体はただの変圧器(電圧調整装置)だ。

「電圧を下げるから節電になる」というのは正論だが、
勝手に電圧を下げれば(勝手に上げてもヤバイけど)、
パソコンは頻繁にリセット状態だし、電燈は暗くなるし、
機械は止まるだろうし、まず、いい事は少しも無いだろう。

いくら何でもこの手の詐欺は無くなったと思っていたが、
世間に名の通ったメーカーも似たような商品
を出しているようなので、「損をしたい人」にはお勧めだ。

成り下がり

2005年04月07日 22時45分11秒 | 古い日記
えーと。今日も疲れたな。
昨日に続き、「穴」の話だ。

俺の住む街は...いや、俺が勤務している会社の辺りは、
「何か事件でもあったのだろうか?」
と思う程、ヘリコプターが低空飛行して上空を旋回している事がある。

その下では、こんな会話をしている。

「何ですかね?アレ」
「ああ、あれは如月さんのヘリだよ。」

如月為五郎(仮名)の略歴はこうだ。

出身地:不明(流れ者という噂だ)

高校卒業後、トラック運転手となる。その後、独立。
さらに、土場(砂利、砂を採掘する権利つきの土地)を買い、
運送業と共に「砕石・砂利販売」を始める。

あとは高度経済成長の波に乗ってトントン拍子だ。
「土場は一粒で3度おいしい」と言う。(らしい)

1:砂利、砂を採掘して、建築資材として売る。
2:採掘した穴を埋める。
(現場で発生するゴミは引き取り手が無いし、産廃業者に委託すると高くつく。
 『1トラックで○万円』で、それを請け負い、そのゴミで穴を埋める)
3:平地になった土場を「通常の土地」として売却。

趣味はゴルフと、ヘリコプターの操縦。
(間違ってもブログなんて見た事も聞いた事も無いだろうな)

ちなみに、俺は直接合った事は無い。
「同じ穴の狢」には成れそうもないな。(あまり成りたくないけど)

地下帝国

2005年04月07日 00時07分12秒 | 古い日記
栃木県宇都宮市の大谷地区で産出される、
大谷石と言う石材をご存知だろうか?

木造建築が一般的だった日本国で、唯一(多分)この大谷地区だけは、
「石造建築」の歴史が古あったのは、この石の為だろう。

まあ、石材としては大した物では無い。
密度の低い「軽石」系で、火には強いが、水には弱く、濡らせば簡単に切れる。
よって、機械の無い時代でも比較的楽に切り出して運ぶ事ができた。

そういう物を地下から掘り出すのだから、当然、地下には巨大な空間が出来、
その上(地上)はかなりヤバイ事になるのは当然だ。

ある日突然、「ボン!」(そんなかわいい音の筈ない)がして、
東京ドームくらいの大きさの街一画が、消滅してしまう...
(深さは100メートル以上はあると思われ)

そんな事は日常茶飯事で、誰も気に留めない。が起きても不思議は無いだろう。
(いや、さすがに採掘現場の上には住宅は無いようだけど、大規模な地面の陥没はニュースで見た)

さて、このような地下の空間を「秘密工場」として利用しよう、
という計画が「大日本帝国」の時代にあった。

他でも無い、「大東亜決戦機」と呼ばれた陸軍四式戦闘機(疾風)をそこで、
秘密裏に製造する予定だったのである。

余談だが、当時の関係者によると...
「ああ。いよいよ、『本土決戦』やる気だな。」
と、「日本国民全員玉砕」を本気で覚悟したそうだ。

が、ようやく生産準備が整い、部品の一部を生産し始めた頃、終戦を向かえ、
戦後、接収に訪れた米軍関係者を唖然とさせるに留まった。
(15,000人が勤務する規模だったそうだから、たしかに相当なモンだったろう)

えーと。そんな話はともかくとして。
「穴」というのは実は需要があり、商売になったりもする。

掘って取り出した物を売り、出来た穴でまた儲ける。
その程度の事で、金持ちになった輩は随分見た。

...今日も疲れ気味なので、続きはまた明日。

電気アンマの鬼

2005年04月05日 23時37分58秒 | 古い日記
さて、「小学生レベル」でも、騙した、とか騙されたとか、
他人に利用されたとか...そういう哀しい思い出がある。

たまには、そう言う話でも書こうか。

親戚じゃないのは確かだ。親同士が友達だったのかな?
俺は「大川」と言う家に良く遊びに行った記憶がある。

大川家には、姉と弟がいて、俺は弟の良夫君と良く遊んでいた。

良夫君は俺より3つ年下で、プロレスゴッコが好きだった。
まあ、いつものように適当にあしらって遊んでいたが、
その日、彼は、かなりしつこかったので、俺は最終兵器を出した。

「コラ、静かにしろ!電気アンマだ!」
「アア、ア、ア、ア」

相手(男子)の肉体を痛め付けずに、悶絶させるにはこれに限る。
良夫君はすぐに「ギブアップ!」を連呼して、大人しくなった。

その時、
「何をやっているかと思えば、プロレスゴッコ?」
と笑いながら、姉の直美(俺と同年)が部屋に入って来てきた。

「フフフ。それにしても、男って、情けないわね。そんな事で音を上げるなんて」
と、俺達を見下した様に彼女は言う。

少し、カチンときた俺は、
「何だと?馬鹿にすんな。これは辛いんだぞ。すごく。」
と、言い返した。
「女にはわからねーよ。なあ、良夫。」
「う、うん。」
俺は、さっきまで痛めつけていたのも忘れたかのように、
彼を庇うような発言をして同意を求める。

「へ~え。」
が、直美は相変わらず、冷笑を浮かべているだけだった。
「それじゃあ。」
彼女は突然、床に腰を下ろし、両足を俺の方に投げ出した。
「私にやってみなさいよ。さあ」

「...?」
いきなり飛躍した理論展開で、さすがに俺も躊躇したが、ここまで言われては仕方が無い。
意を決して、彼女の両脚を両手に持ち、股間に足をかけた。
「後悔するぞ!コラ!」

それから、必死で、足を動かしたが直美は全くギブアップしなかった。
それどころか...なんか...喜んでいるような気もする。

5分もすると、こっちの足が疲れてしまい、俺の方がギブアップしてしまった。

「ハアハア。参りました。」
「なーんだ。全然、大した事ないわね。」
「...(負けた)」

以来、その家に行く度、毎回、同じような手口で...ついに痙攣を起こした。
(どーしても途中が知りたい人はコメントにその旨書いて下さい。教えないでもありません。)

「まんまと騙されて、利用されていた」と気が付いたのは、それから何年も後の事だ。

え?その直美(仮名だけど)って人? 憶えていないと思うよ。(多分)

ストリッパー

2005年04月04日 23時47分31秒 | 古い日記
「ストリッパー、買ってこい」とか、「持ってきて」と言われた事がある人は、
多分、電気関係の仕事をしている人だろう。

俺も、最初聞いた時は驚いたけど。

この場合、ストリッパー(stripper)とは、「服を脱ぐ人」では無く、
被覆コード(銅線の周囲をビニールで包んだ、要するに普通の電気コード)
のビニール被覆だけを剥く、工具の事だ。(写真参照)

さらに驚いたのは使ってみると非常に便利な事だった。
ガシャっと一回握れば、綺麗に銅線の部分だけ残して、コードが剥けた。

が、一方で、以下のような欠点もある。

1:そのストリッパーに適合したコード以外は使えない。
  (ビニールの厚さとか、銅線の太さとか)

2:高額。(今は安いかも知れない)

慣れた人ならカッターやラジオペンチで、どんな線でも剥いてしまうし、
わざわざこんな物を作る程の必要があるのだろうか?

そんな疑問を先輩社員(電気回路担当)に尋ねると、
以下のような答えが返ってきた。

「アメリカ人は不器用だからね。こういう工具が生まれるんだよ。
 日本じゃ、発明されないだろうね。こういうもんは。」

その時は、(そういうもんか?)と思ったが、今は
「不器用さが専用の工具を生む」とは思わない。

戦争中、兵器の開発をしていた人から聞いた事がある。

「熟練工しか作れないような、武器はいかん。
 品質がバラつくからな。

 手順通りにつくればアホでも製造出来て、新兵でも使えて、
 壊れたら、その辺の道具で直せるような兵器。

 そういう物でなければ、戦場では役に立たない。
 武器としての性能は二の次だ。

 ...と、気付いたのは戦後だけどね。」

さらに、
「熟練工に頼る」より、
「誰が作っても一定の品質になる」ように設計しなければならん、
と言っていた。

そういう意味に於いては、ストリッパーは、高額かもしれないが、
バイトの人でも、毎日やっている専門家でも同じ結果しか出さないので、
優れた道具と言う事になる。

しかし...「○○専用」が多すぎるのも困り物だ。

防衛庁規格の製品なんか使うと、スイッチひとつでも、
納期はいつになるかわからないし、高いしで...

自衛隊の装備は、万事こんななのだろうか?
故障したら、その辺の電気屋で部品を調達出来るようにした方がいいんじゃないか?

戦争になったら、また負けるぞ。

童(わらべ)は見たり

2005年04月03日 23時17分18秒 | 古い日記
さーて。今日も、明るく元気に陽気に引き篭もるか。(花粉症だもん)

『子供の頃読んだ本を大人になってから読み返すと、印象が変わる』
 と言うけど、そーでもないぞ。別に。」
と言う人がいる。

それは、それで別に構わないけど、やっぱり子供の本の方が字が大きいし、
難しい言葉には解説が付いているし、読みやすい。

そんな訳で、図書館で小川未明(童話作家)の本を借りてきた。

「野ばら」という一遍は、
学校の教科書などにも、載っていたのでご存知の方も多いと思う。

これは鮮明に覚えていたので、印象は変わらなかった。

さて、もう一つ、これも学校の教科書に載っていたと思うが、
「殿さまの茶わん」と言うのがある。

ストーリー:

殿様は、普段、薄手の高級な茶碗を使っていたが、
ある時、民家で庶民が使う安物の茶碗と出会って言う。

「これは、いかなる者の作じゃ?」
「御恐れながら...名も無き陶芸家の作でございます。しかし、何ゆえでございましょう?」
「うむ。熱い物を入れても手が焼けぬ。こちらの方が、使う者の事を考えた良い茶碗じゃ。」

とまあ、そんな話だ。(「野ばら」と同じ作者の作だとは知らなかった)

窯業に従事し始めた頃、一般に「陶器」と言われている物の中には、
「陶器、せっ器、磁器」の3種類がある事を知った。

JISの規格で言うなら、
24時間浸水させて、水を1%以下しか吸水しないのが「磁器」で、
5%以下なら「せっ器」それ以上なら「陶器」と言う事になる。

陶芸家は慣習的に「磁器」を「石物」、陶器を「土物」と言ったりする。

極簡単に言えば、「硬くて詰まった質感の焼き物」が磁器で、
「空隙が多く、ガサガサした植木鉢みたいな焼き物」が陶器、
(よって、陶器より磁器の方が熱が伝わりやすい)

そういう事を「石物、土物」と抽象的に表現する。

(指で『焼き物』を弾いてみて、『チーン』と鳴れば磁器、
 『ボコ』なら陶器、というチンボコな表現をする人もいる)

また、「陶器」は日本古来の焼き物で、「磁器」は中国、朝鮮から入ってきた、
最先端のセラミックだった。(秀吉の朝鮮出兵の頃の話だけど)

さらに、陶芸の世界では「薄く作れる程、名人」と言う伝統があり、
磁器の方が、強度的に有利で「薄く作る事」が可能だった。

よって、「殿様の茶碗」は薄手の磁器で「農民の茶碗」は厚手の陶器だった、
時代は、江戸時代の初期頃?
と...今になると、そんな余計な事を考えたりもする。

まあ、引き篭もったら、貴方も童話でも読んでみると良い。
童心を取り戻せるかも知れないし、何か新しい発見があるかも知れない。

犬泥棒

2005年04月02日 23時35分35秒 | 古い日記
何か1つの事を思い出して書くと、連鎖的に別の話を思い出したりするな。

大抵の場合、「忘れていた何か」とは、
「そのまま忘れていた方がマシ」なんだけど。

そんな話に、今夜も暫く付き合ってもらおう。

と、ある日の事だ。
近所で犬の鳴き声がする。かなり執拗に鳴いているので、
俺が外に出てみると、ダッシュで走って逃げていく、
小さな犬の後ろ姿だけが見えた。

俺と同じように、鳴き声に釣られたのだろう。ご近所のご老人も出ていた。
(知らん人だけど)
老人は俺に話しかけてきた。

「あれ、お兄ちゃん(実際はお兄ちゃんという歳でも無かったけど)の犬かい?
 違う?ああ、そう。野良犬かね?首輪してなかったようだけど。ああ、そうそう。
 ワシんちにも犬が居たんだよ。でもねえ。一歳ちょっとになった時、
 居なくなっちまったよ。

 え?
 『その犬は、豆柴犬みたいな赤犬で、大きさは50センチくらいじゃなかったか?』だって?
 そうそう、そうだよ。うん。あれでも成犬だったんだ。」

 (何故、その犬の特徴を俺が詳しく知っているのか?
  そのご老人は、全く不信に思わないようだった)

「...きっと、誰かに盗まれたんだよねえ。首輪も付けていたのに。
 え?そうそう。3年前の、1月だったよ。そうだ。そうだ。」

その誰かと言うのは99%の確率で俺の叔父だ。

非常に、悪い言い方をすれば...
正月に焼き肉をやって手なずけてから、茨城にさらっていった。

もっとも、「宴会に紛れ込んだ迷い犬」の方が、帰ろうとした叔父のパジェロに
勝手に乗り込んで降りようとしなかったので仕方無く...とも言える。

まあ、「どっちもどっち」だ。
が、どちらかと言えば「一番の被害者はこのオジイサンだ」と思った。

「ワシの家か?そこだよ。そこの白い門の家じゃ。(じゃなんて言わなかったな)」
疑う事を知らないそのご老人は、俺の質問に答えて、去って行く。

誰が悪いわけでも無い。(いや、悪いよ)

が、かの老人は今でも犬の鳴き声を聴くと、「帰ってきたのか?」
と反射的に思うに違い無い。(いや、俺の想像だけど)

俺は罪悪感に耐え切れず、手紙を書いた。

「元気に暮らしています。心配しないで下さい。」
(こういう時は、あまり、余計な事は書かない方が無難だ)

その犬の「今現在の写真」もあったので(何故か?数ヶ月前、叔父が持ってきた)
それも添えて、「白い門の家」のポストに投函した。。
(勿論、手紙や写真からは指紋を丁寧にふき取った)

以来、老人とは会っていない。(って言うか、俺が避けている)

*因みに、写真の犬は違うよ。

逃亡者

2005年04月02日 00時41分55秒 | 古い日記
あまりパッとしない作家だった。(らしい)
が、そういう人の作品というのが、逆に興味をそそられる事がある。

名前は覚えていないけど、イギリス人の大衆作家だったかな。

その人が、唯一「ちょっと世間に知られた小説」(タイトルすら忘れた)
が、以下のようなストーリーだった。(らしい)

寒村の、ある貧しい漁師が海で嵐に遭い、遭難した。

彼が何年も費やして、命からがら故郷に帰りつくと、
かつての妻は別の男と再婚しており、幸せな家庭を築いていた。

結局、彼は妻の前に現れる事はなく、身を引き、静かに余生を過ごす。

まあ、「作家の紹介」みたいな人名辞典で知っただけだけど、
「これが最高傑作かよ?」と言いたくなるような作風からも、
この作家の人生、「推して知るべし」なんだろう。

...しかしだ。「リアリティが無く、安直」と馬鹿にしたもんじゃ無い。
と反省する日がやってきた。

ある日、俺の飼猫が、夜中になっても戻ってこなかった。
2日くらいは、帰ってこない時もあるので最初は気にしなかったが、
5日経つと、心配になり、10日経つと不安になり、
11日目には捜索活動を開始した。

八方手を尽くしたが、その後、一月たっても発見できず、半ばあきらめていた。

その時、
(まあ、この辺でオチは読めてしまったと思うが...)
一応、結末を言おう。

ヤツ(俺の猫)は、俺の家からかなり離れた場所で、
「ウーラ」と言う名で呼ばれ、(裏にいた、からだそうだ)
OL、女子大生、女子高生、の3姉妹を持つ一家が大事に飼っていた。

俺は、この3姉妹の為に、
「静かに身を引いて余生を送る」べきか?
ちょっと悩んだよ。
(いや、別に余生って程のもんじゃないけど)

結局、事情を話したら、
「やっぱり、飼い猫だったのかあ。よかったですね。」
と明るく笑いながら、返してくれたけど。

ご両親曰く、
「中でも一番かわいがっていたのは末の娘なんですよ。」
だそうだけど。

その肝心な「末の娘」がいない時に、
俺が現れ「連れ去ってしまった形」になってしまった事は、
今も後悔している。

お会い出来なかったけど、
上のお姉さん達の顔から察するに、「かなり可愛かった」筈だ。