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ポルガー(1875ー1955)『すみれの君』:ナチスドイツによる併合前のオーストリアが舞台!古き良き貴族の物語だ!大人の愛の物語でもある!

2019-11-01 08:26:11 | 日記
※“ウィーン世紀末文学選”岩波文庫(1989)所収

(1)
1914年早春、ウィーン。ルドルフ伯爵はトランプ勝負に大負けし、とんでもない借金を負った。彼はフランツ・ヨーゼフ皇帝麾下の中尉にして、骨の髄まで騎士だった。ワルツの名手、トランプ好きで膨大な借金、また色事、決闘は数知れず。湯水のように金を使い、目をむくような高価な品を女友達への贈り物にした。その時、決まってパリ特選の香水「パルムのすみれ」を添えたので、伯爵は劇場筋の女たちから「すみれの君」と呼ばれた。
(2)
ルドルフ伯爵は女たちによく持てた。また彼は口髭の似合う美男子だった。連隊仲間でも人気があり、将校集会室での軽口に、彼ほど笑い転げる男もいなかった。ルドルフは愛すべき人物だった。だが彼は借金に借金を重ね、ついに身動きならず、誰一人、びた一文貸さなくなる。彼は軍を退役するしかなかった。
(3)
間もなく第1次大戦(1914-18)がはじまり、ルドルフ伯爵は一介の兵士として従軍した。従軍中は、金ぐりの心配がなかった。大戦後は不況となり、ルドルフは食つなぐため何でもした。競馬の予想屋、遊興クラブの客引き、借金の口利き役など。彼はお気に入りの華やかな世界の末端にしがみついていた。
(3)-2
だがルドルフは、白手袋とガラス玉の入った片メガネは離さなかった。彼は食堂での食事は貧しかったが、給仕には気前よくチップをはずんだ。「すみれの君」は信条を守りとおし、高貴さ、気高さを厳しく守った。
(4)
ルドルフは今や、見る影もない貧困の谷間に落ち込んでいた。昔なじみの女たちも、通りで往き合せたりすると、機転をきかして目をそらした。そんな彼に驚きの出来事が起きた。尾羽打ち枯らしたルドルフの部屋を、ベッティ―ナが訪れたのだ。いささか年は取ったが、彼女は、ウィーン・オペレッタの舞台の星だ。ルドルフの「しょぼたれたみじめな姿」に彼女は驚く。彼は詫びるかのように、禿げあがった額を撫でた。
(5)
「お願いがあるの」とベッティーナが言った。「わたくしと結婚してくださいな!」ルドルフはあまりの驚きに、間抜けな顔をした。それを見て、彼女が声を立てて笑った。途端にルドルフも、人気者だった昔のように大笑いした。彼女が言った。「私は身ごもってる。ところが夫になるべき人が事故で突然死んでしまった。このままでは生まれてくる子が私生児になってしまう!」
(6)
「もしあなたが、昔なじみの好意で結婚してくだされば、子供は私生児の烙印を免れるだけでなく、麗しい伯爵の称号さえ受け継ぐことができる。」ルドルフが悲しそうに首を振った。「このたびの共和政は貴族を廃止しましたよ。」ベッティーナが「尊い身分に変わりはないわ!」と言った。
(7)
「いつ結婚すればよろしいのです?」とルドルフ。「早ければ早いほどいいの――おわかりでしょう」とベッティーナ。「この身がひとの夫になるなんて――思ってもみなかった」とルドルフ。
(8)
続けてベッティーナが言った。「だけど、夫になるわけじゃないの。結婚してすぐに別れる、すぐにね、その場で離婚。」「なるほど」と半ば悲し気に、なかばほっとしたように伯爵が言った。
(9)
ベッティーナの弁護士が、このような結婚の法的根拠、また経費を担当。ルドルフは婚姻を知らせる手紙の文章、印刷、封筒などを細かく指示。だがルドルフには大問題が残っていた。婚姻の指輪だ。それはとりわけ美しく、高価でなければならない。名誉にかかわることだが、まるであてがない。だが彼は即座に血路を開く。
(10)
結婚式の少し前、伯爵がベッティーナを訪れた。彼女は化粧中で、宝石をちりばめたブローチを宝石箱から取り出し服につけた。「どう、これは?」「派手すぎます」とルドルフ。ベッティーナはブローチを取り替えた。常々、化粧のことに関して彼女は伯爵の見解を尊んだ。「指輪の事ですが、どのような意匠がよかろうか?」とルドルフが尋ねた。「およしなさい。もったいないわ!」とベッティーナが言った。
(11)
結婚式の当日、伯爵は上機嫌で現れた。戸籍役場に婚姻届けを出すや否や、両名は別れの握手をした。「離婚のことは弁護士にすべて任せてくださいな。」「お骨折りいただいて、本当にありがとう」とベッティーナが言う。伯爵がポケットからケースを取り出した。「――ほんのおしるし。では、ごきげんよう!」と立ち去った。
(12)
ケースの中には、指輪が入っていた。プラチナで裏打ちした斬新な意匠仕立てに、ベッティーナは感動の吐息を漏らした。あの手の付けられぬ洒落男はどれほどの借金をしたことか!
(13)
しばらくのち、彼女は宝石箱にあるはずのブローチが紛失していることに気付いた。警察が宝石商に廻状を回す。すると一人の宝石商人が届け出た。「数週間前、片メガネと白手袋の紳士が、店にやってきてブローチを指輪に加工するよう注文し、形や意匠をこまごま指示した。」
(14)
ルドルフ伯爵は悪びれることなく一切を認めた。「晴れの結婚式だというのに贈るべき指輪を持たず、どのつら下げて花嫁の前に出られようか。」伯爵はおごそかに言った。「貴族には果たすべき義務があるのです。」
(15)
ベッティーナが保証人となり、老伯爵は養老院に入った。そこで彼は間もなく人気者になった。とりわけ老女たちに愛された。彼は、トランプするたびに相手に花を持たせ、フランス語で丁重に「奥様、お相手いただいて光栄です」と言った。
(16)
離婚後しばらくしてベッティーナに子供が生まれた。女の子だった。母親はその子を「すみれ」と名付けた。

《感想1》ナチスドイツによる併合前のオーストリアが舞台。古き良き貴族の物語だ。Cf. 貴族の放蕩はバイロン(1788-1824)を思い出させる。
《感想2》「ルドルフは愛すべき人物だった!」これが物語のメインストーリーだ。ベッティーナはトランプ伯爵を愛していた。大人の愛の物語でもある。
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