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沖田瑞穂『すごい神話』43.「三人の最高神が司る世界――ヒンドゥー教の神話」(その1):「ヒンドゥー教」の諸聖典:『マヌ法典』、『マハーバーラタ』、『ラーマーヤナ』、「プラーナ」文献!

2023-10-19 19:35:06 | 日記
※沖田瑞穂(1977-)『すごい神話』(2022)第四章 インドの神話世界(42~52)

(1)紀元前6世紀~紀元前4世紀頃に、「ヒンドゥー教」が成立した!
バラモン教が土着の民間信仰などを吸収し紀元前6世紀~紀元前4世紀頃に、「ヒンドゥー教」が成立した。
《参考1》 「仏教」の開祖「釈迦牟尼」の生誕年代は定説を見ないが一説には紀元前紀元前5世紀に生まれ、35歳で悟りを得て仏となる。インド各地を布教し80歳のとき入滅した。「ヒンドゥー教」の成立と「仏教」の開祖「釈迦牟尼」の布教は、同時代だ。

(2)「ヒンドゥー教」の諸聖典:『マヌ法典』、『マハーバーラタ』、『ラーマーヤナ』、「プラーナ」文献!
「ヒンドゥー教」には『マヌ法典』、『マハーバーラタ』、『ラーマーヤナ』、「プラーナ」文献など、膨大な量の聖典がある。
A 『マヌ法典』:法律だけでなく、宗教的規定、日常の祭式の行い方、人々の日常生活の規定、道徳的規範も含む。
《参考2》「マヌ」(ヴィシュヌの第1の化身である魚「マツヤ」により大洪水から救われた)は「人類の始祖」であり、いっさいの「法」(ダルマ)の最高権威として崇められる神話的人物である。『マヌ法典』は旧来の法を集大成した法典。12章からなる古代インドの百科全書的な宗教聖典。宗教・哲学・民法・刑法・行政・経済・カースト制度・日常生活にわたる規範を述べる。紀元前200~後200年ごろに原型ができあがった。インドで「法」は宗教、道徳、習慣も含み、『マヌ法典』では(ア)宇宙の開闢(カイビャク)・万物の創造から説き始め、(イ)人が一生を通じて行うべき各種の通過儀礼や日々の行事、(ウ)祖先祭祀(サイシ)、(エ)学問、(オ)生命周期に関する規定、(エ)国王の義務、(オ)民法、刑法および行政に関する規定(相続法、婚姻法、裁判手続など)、(カ)カースト制の厳守規則や贖罪(ショクザイ)の方法、最後に(キ)輪廻と業(カルマ)および解脱に関する議論が詳細に論じられている。『マヌ法典』はバラモン階級を擁護する立場が全編を貫いている。そして「ヒンドゥー教」の慣習法の集大成として、長くインド人の生活規範となり、後代のインド、東南アジアの諸法典の基礎ともなった。

B 『マハーバーラタ』:世界最大級の叙事詩。(『イリアス』・『オデッセイア』を合わせた7倍ほどの分量。)バラタという王族の王位相続をめぐる確執と、それに続く大戦争が主題。多くの神話・伝説・物語や、政治経済・哲学に関するおびただしい論説が挿入され、百科全書的な性格を持つ。
《参考2-2》叙事詩『マハーバーラタ』(バラタ族の戦争を物語る大史詩)の中で「クリシュナ」はヴィシュヌの化身として主要人物の一人である。『マハーバーラタ』の中の『バガバッド・ギーター』(神の詩)はパーンダヴァ軍の王子「アルジュナ」と、彼の導き手であり御者を務める「クリシュナ」との対話という形式をとる。
《参考2-2-2》叙事詩『マハーバーラタ』・『ラーマーヤナ』の時代には、「ブラフマー」神が、シバ、ビシュヌに命令する最高神の地位を占めた。「ブラフマー」神は、宇宙原理ブラフマンが擬人化されたもので、世界の創造をつかさどる神。「ブラフマー」、「ビシュヌ」、「シバ」の三神がそれぞれ宇宙の創造、維持、破壊をつかさどる。

《参考2-2-3》叙事詩『マハーバーラタ』・『ラーマーヤナ』にある天地創世神話が、「乳海攪拌」神話である。神々とアスラ(悪魔)が「乳海」を「撹拌」することでさまざまなものが生じた。
太古、①不老不死の霊薬「アムリタ」をめぐり、神々とアスラが壮絶な戦いを繰り広げたが、両者は疲労困憊し、「ヴィシュヌ神」に助けを求めた。ヴィシュヌ神は言った。「争いをやめ、互いに協力して大海をかき回せばアムリタが得られるであろう。」
そこで①-2 ブラフマー神とヴィシュヌ神は「竜王アナンダ」に命じて海の中に「マンダラ山」を運ばせた。
②神々とアスラたちは、天空にそびえる「マンダラ山」を軸棒とし、「亀の王クールマ」の背中で軸棒を支え(支点として)、そして「大蛇ヴァースキ竜王」をその山に巻きつけ「撹拌」のための綱とした。
③その竜王(大蛇ヴァースキ)の両端を神々とアスラ(悪魔)が持ち、すなわち神々が「大蛇ヴァースキ」の尻尾を、アスラたちがその頭をつかんで、引っ張り合って山をまわし、また上下に揺さぶり始めた。
③-2 「ヴィシュヌ神」はマンダラ山の頂上から、皆に力を与えた。
③-3 すさまじい炎と煙が大蛇の口から立ち上り、そこから雷雲が生じ大雨を降らせ始めた。だが「アムリタ」は出てこない。
④神々とアスラはさらに大海を撹拌し続けると、大海はかき混ぜられてやがて「乳海」となった。しばらくして良質のバターである「ギー」が湧き出て、そこから「ヴィシュヌ神の妃ラクシュミー」(シュリ―女神)、「ソーマ」(神酒;酒の女神)、「太陽」、「月」、「宝石」(宝珠カウストゥバ;ヴィシュヌ神の胸を飾る)、「家畜」、「白馬」などが次々と現れ、ついに「アムリタ」の入った白い壷を手にした「医の神ダンワタリ(ダヌヴァンタリ)」が乳海から出現した。(Cf. つまり「乳海攪拌」神話は、原初の海をかき混ぜて乳の海にし、「太陽」と「月」などがそこから生じたということで、世界の始まりを説明する天地創世神話である。)
ここから⑤「アムリタ」をめぐる神々とアスラの争奪戦が始まる。
だが⑥ついに「ヴィシュヌ神」の力に圧倒され、アスラたちは逃げ去り「アムリタ」は神々のものとなった。すなわち神々はアスラ(悪魔)との戦闘に勝利し、「アムリタ」を安全な場所に隠し、その守護を「インドラ神」(仏教では帝釈天)にゆだねた。

C 『ラーマーヤナ』:ラーマ王子が悪魔に誘拐された妻シーターを取り戻す話。(『マハーバーラタ』とともにインドの二大叙事詩と呼ばれる。)
《参考2-3》『ラーマーヤナ』(ラーマ王行状記)は古代インドの長編叙事詩で、ヒンドゥー教の聖典の一つ。『マハーバーラタ』と並ぶインド2大叙事詩。ラーマ王子が、誘拐された妻シーターを奪還すべく大軍を率いて、ラークシャサ(羅刹or鬼神)の王ラーヴァナに挑む姿を描く。

D 「プラーナ」文献:プラーナとは、4世紀から14世紀の間に形作られた「ヒンドゥー教」の様々な分野の聖典である。
《参考2-4》「プラーナ」はヒンドゥー教の聖典。古譚,古伝説の意味。内容的にはきわめて雑多であり、一貫性には乏しい。(a)太古の諸王(Ex. 人祖マヌの支配)、(b)宇宙論(Ex. 宇宙の創造・破壊・再生)、(c)哲学、(d)神々および聖仙(リシ)の系譜(Ex.  ヴィヤーサは、インド神話の伝説的なリシであり『マハーバーラタ』の著者とされ、またヴェーダやプラーナの編者とされる)、(e)多数の神話伝説(Ex. ビシュヌ神やシバ神の神話や化身伝説)、(f)宗教、(g)祭式(宗教儀礼、とくに祖霊祭)、(h)習俗・社会制度,(i)政治・法制、(f)天文、(g)医学、(h)兵学、(i)文芸論などあらゆる主題を内包する百科全書的な文献である。古いものはおそらく3世紀以前につくられたが,後世にいたるまで次々とつくり続けられた。「プラーナ」文献は「第5のヴェーダ」とも呼ばれ、ヒンドゥー教の思想や文化の万般を知ることができる。現在「プラーナ」の代表的なものは 18種伝わっている。(18の「大プラーナ」。)

《参考2-4-2》「プラーナ」文献は歴史的には、当初は「バラモン教」の神々やリシ、太古の諸王に関する神話・伝説・説話だったとされる。その後、バラモン教から「ヒンドゥー教」へ変わっていく中で、寺妓や巡礼地に集まる身分の低い僧職が台頭、彼らはヒンドゥー教のあらゆる要素を取り入れ、素性・年代が極めて多様な「プラーナ」を、4世紀から14世紀にかけ大成、定着させた。そして「プラーナ」は「ヴェーダの伝承者」とは別に存在した「スータ 」と呼ばれる吟遊詩人・弾唱詩人(職業的語り部集団)によって伝承された。「プラーナ」(「第5のヴェーダ」)は、「ヴェーダ」の補遺として女性やシュードラの教育を目的としたともいわれ、正統派バラモンは「ヴェーダ聖典を直接学ぶ資格のない女性やシュードラの為の聖典」と「プラーナ」を評することもある。「プラーナ」はヒンドゥー教の土俗的・民衆的側面を代表する文献だ。

《参考2-4-3》ヴェーダ聖典(「4ヴェーダ」)を絶対の権威と仰ぐアーリア人の宗教が「バラモン教」だ。最古の『リグ・ヴェーダ』は紀元前1200年頃成立。他の3ヴェーダは紀元前1000~前800年頃成立した。①インドに侵入したアーリア人の宗教である「バラモン教」の最古の聖典が『リグ・ヴェーダ』で紀元前1200年頃成立した。この頃、アーリア人は半農半牧の生活だった。②インダス川流域に居住していたアーリヤ人は紀元前1000~前800年頃次第にガンジス川流域に移動していく。そして次第に定住農耕生活へと移る。この頃に成立したのが『サーマ・ヴェーダ』(歌詠の集成)、『ヤジュル・ヴェーダ』(祭式に必要な文言の集成)、『アタルヴァ・ヴェーダ』(まじないの言葉の集成)だ。
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