しのぶの浦の蜑の見る目も所せく、くらぶの山も守る人繁からんに、わりなく通はん心の色こそ、浅からず、あはれと思ふ、節々の忘れ難き事も多からめ、親・はらから許して、ひたふるに迎へ据ゑたらん、いとまばゆかりぬべし。
世にありわぶる女の、似げなき老法師、あやしの吾妻人なりとも、賑ははしきにつきて、「誘ふ水あらば」など云ふを、仲人、何方も心にくき様に言ひなして、知られず、知らぬ人を迎へもて来たらんあいなさよ。何事をか打ち出づる言の葉にせん。年月のつらさをも、「分け来し葉山の」なども相語らはんこそ、尽きせぬ言の葉にてもあらめ。
すべて、余所の人の取りまかなひたらん、うたて心づきなき事、多かるべし。よき女ならんにつけても、品下り、見にくく、年も長けなん男は、かくあやしき身のために、あたら身をいたづらになさんやはと、人も心劣りせられ、我が身は、向ひゐたらんも、影恥かしく覚えなん。いとこそあいなからめ。
梅の花かうばしき夜の朧月に佇み、御垣が原の露分け出でん有明の空も、我が身様に偲ばるべくもなからん人は、ただ、色好まざらんには如かじ。
<口語訳>
しのぶの浦の海人の見る目も所塞ぐ、くらぶの山も守る人多かろうに、わりなく通わない心の色こそ、浅からず、哀れと思う、節々の忘れにくい事も多かろう、親・同腹から許されて、ひたすらに迎え据えたり、とてもまばゆくないはず。
世にあぶれる女が、似あわない老法師、あやしい吾妻人なりを、賑わしいについて、「誘う水あれば」など言うのを、仲人、双方とも心にくい様子に言いなして、知られない、知らない人を迎えもつ来たら相なさよ。何事だか打ち出す言葉にせよ。年月のつらさをも、「分けて来た葉山の」などをもたがい語らうのこそ、尽きぬ言葉でもあろう。
すべて、よその人の取りまかなった、いたって心づかない事、多かろうはず。よい女だろうにつけても、品下り、みにくく、年もたかかろう男は、こんなあやしい身のために、あたら身をいたずらになすのはと、人も心劣りさせられ、我が身は、向い居るも、影恥かしく覚える。ひどくこそ相なかろうよ。
梅の花こうばしい夜のおぼろ月にたたずみ、垣が原の露分け出よう有明の空も、我が身(の)様に偲ばれるはずもなかろう人は、ただ、色 好まなかろうには如かない。
<意訳>
恋する男と、嫁いだ女ほど哀れな生き物はない。
しのぶ浦へ、愛する人に会いに行けば、海人が見ている。
くらぶ山にも、山守りが多い。
わりにもあわない、通いもしない心こそ深く哀れだと思うが、たまにゃ忘れられない事もある。
親、兄弟から許されて、ひたすらに婿を迎えたりするのは、どうも輝かしくない。
あぶれた女が、自分の年齢に似つかわしくない老人や、あやしい関東人なんかを、経歴が賑っているからと、「誘う水あれば」などと言えば、仲人は双方ともに良い様子に言いまとめる。
知らない人を迎える。来たら相性あうのか?
何にせよ、語る言葉にせよ、年月のつらさを「分けて来た葉山の」などと互いに語りあえるのこそ、尽きない言葉である。
すべて、よその人のまかせれば、いたって気にくわかない事も多いはずだ。よい女だろうとしても、品格は下り、みにくい。
年上の結婚相手は、こんなあやしい身のために、やたらと身をいたずらにするのはなぜかと思い。他人からも心劣りされて、我が身に向かうも、鏡に映る影すら恥ずかしく思える。
これこそひどくあいなかろうよ。
梅の花がこうばしく薫る夜。
あの人の家の垣根、おぼろ月にたたずみ。有明の空の下、露を分けて帰る。
これを我が身の様に思えない人に、恋心は分かるまい。
原作 兼好法師