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スウェーデン生活+その後

2010-2013年スウェーデンに在住し帰国。雑記、鳥・植物の写真
*海外情報はその当時のもの。
*禁無断転載

本を

2017-11-09 23:49:07 | 考えてみたこと
開高健の「風に訊け」にあった一節。「ティーンエイジャーくらいの歳で純文学など理解できるわけがない」という言葉についてどう思いますか?と聞かれて開高の解答である。大体以下のような内容だったと思う。

--何歳であろうと、そしてどんな分野の本であろうとその年齢なりに打ち込んで読める本があればそれで良いのではないか。「歳が若いと理解できない文学があるのでは」というのは、あまり本を読んだ事がない人からの、おごそかな言葉でしかない。あまり気にせず、自分で打ち込める文学を探して読んでみてはどうか。

これは真実をついているのではないか。本当に読書が好きなら若いころから色々な本にチャレンジしているはずで、何のかんのと他人の読書内容にケチをつけて来る人というのは結局ところ「根本的に読書が大好きで、たくさん読書をして来た」人ではないのだろう。そしてこれは読書に限らない。未熟でもなんでもどんどんチャレンジして行くのは恥ずかしいことではない。何事もそうである。100%に達してから何かをする、などとしていたら所詮は何もできぬ。
やめないこと
変化すること
Wikipedia「開高健」

理不尽を

2017-10-29 18:23:06 | 考えてみたこと
twitterから出て来た有名人に「燃え殻」さんという方がいて(本名は非公表)、この方が面白い。何でも美術製作会社に20年ほど勤めているかたわらにtwitterで発信を始め、それが面白いと話題になり今は小説を出すところにまで来たとのこと。

その「燃え殻」さんが人生相談で「理不尽と性欲とをなかったことにすることはできない」という事を言っていて、妙にしっくり来ている。性欲の方は知らないが、理不尽は確かに「そのくらい飲み込め、大人なんだからそのくらい受け流せ」と言われても無理なものは無理である。仕事というのは本来は契約に基づいてお金を受け取るものであり、そこに感情論は出来るだけ排除されるべきである。しかしながらそこに「理不尽を受け止められない」という感情が入ると、信じられないような拗れ方をする。これは自分自身でも経験のあることである。
歴史を紐解けば、こう言った感情のもつれで歴史が動いてしまったことも珍しくはない。明智光秀が信長を本能寺で討ったのも一説には「皆の面前で饗応の失敗を責め立てられた」からと言われる(異説もあるが、自分にはこの説が一番しっくり来る)。理不尽に対して取るべき反応というのは難しいし、今でも良い対応策というのは思いつかない。多分自分は今でも理不尽な応対をされたら許せないだろうし、これは死ぬまで変化しないだろう。
ただそれでも、かつてのスウェーデン人上司の言うがごとく、感情的にすぐやり返す、というのだけは止めた方がいいだろう。別に我慢する必要はないが、何かしらやり返すにしてももう少しやり方を考えた方が良いという事である。難しいが。
感情的に

こだわり

2017-10-28 22:53:48 | 考えてみたこと
職場でも下の人を指導することが増えてきた。新人や若手の人たちであるが、今の人はみな優秀である。自分が若手だったころこんな優秀であっただろうかは疑わしい。自分が指導、と言ってもまともな事を教えられていない可能性もあり、どうも心配である。
ただ新人や若手であっても意外に自分のやり方には頑固な人というものはいるものである。こだわりと言っても良いだろうか。考えてみれば皆この歳まで様々な人から大学教育まで受けて来ているのだから、自分なりのやり方、というものがあるのは自然かもしれない。
こういう人を指導する時にどうしたら良いか。たぶんある種の組織なら「全部一から自分の組織の流儀に合わせて教える」なのであろう(発表用のスライドの1枚目から30分以上の時間をかけて修正させられるという組織も世の中にはあるらしい)。自分はと言えば、「仕事のやり方が理屈に合っていればそのままにする」という方式にしている。

昔、巨人に岡島秀樹(のちMLB・レッドソックス)という投手がいて、かなり変わった投げ方をしていた。投球をする瞬間、首を下に向けて全くボールの行き先を見ないという投げ方で(ご存じでない方はYoutubeなどでご覧あれ)、「これではコントロールがつかない可能性があるのではないか」と心配したコーチが何回も矯正を試みたが上手く行かなかった。一人、鹿取義隆というコーチがおり、「子供の時からのフォームだから、そのまま投げさせよう」と決め、投げさせるうちにコントロールも自然に安定していった。このエピソードが好きである。
Wikipedia「岡島秀樹」
ここでもし前任コーチによる岡島投手のフォーム改造が成功していたら?と考えてみる。想像になってしまうが「コントロールがそこそこ、かわりに変化球もそこそこの凡庸な投手になってしまったのではないか」というのが自分の考え。世の中意外とそんなものではなかろうか。

これは自分自身にも当てはまる。「別にそんなこと、適当にやっておけば?」と言われるところで引っかかったりする。普通の人の2倍の時間をかけて仕事をしてしまうこともしばしばである。先日職場の飲み会で自分の血液型が何型か、というクイズで盛り上がったが、最多の回答は「AB型」であった(注:実際は違います)。余程こだわりの強い人物と思われているのかも知れぬ。ただ後から振り返ると、そういう部分で自分と他の人が差別化できたりしたこともあり、馬鹿にならなかったりもする。ただもちろん、こういう性分で損をしている時も、これまた山の様にある。

「その人の個性に合わせた指導」というのは文章で書く分には美しいが、実際にはそう簡単なことではない。試行錯誤の連続となる。そして苦労して生かした筈の個性で結局は損をしてしまうこともある。本人もリスクを負わざるを得ないのである。そうなる以上、本人も参加してコミュニケーションを取りながら二人三脚という形にして行くのがベストであろう。恐らくは岡島投手もそうだったのであろうから。
新人たちを見て
長所

なれる自分に

2017-10-26 23:39:51 | 考えてみたこと
「秘密結社鷹の爪」というアニメをご存じであろうか。インターネットの世界から生まれたアニメで、FROGMANという監督が低予算で作り上げたコメディ映画である。何しろ、出てくる登場人物たちの声を声色を使い分けてほとんど自分一人で演じ切ってしまっているだから凄い。
Wikipedia「FROGMAN」
そのFROGMANさんの言。「人は『なりたい自分』になるのではなく『なれる自分』になる」という。彼はもともとは実写の映画監督になるのが夢で、映画会社で下積みを長い期間送ったのだという。しかし結局チャンスは巡ってこず。奥様の実家の島根に移住、友人も予算も何もない中、たまたま「練習がてら」に作ったFlashムービーがインターネットの世界で話題となり、現在に至っているのである。
人生どこで何がどう転ぶか分からない。結局のところ、あまりに先の事は分からないし、考えても仕方ないことが多い。ただ「なれる自分になる」ための努力は惜しんではならぬ。残念ながらほとんどの努力は人を裏切ってしまうのが常ではある。それでも、努力は少なくとも「ここではないどこか別の景色」をいつか見せてくれるのだ、とは信じていたい。
歌というものは

進歩

2017-10-15 00:32:13 | 考えてみたこと
AIについて知人と話をしていて、ひと昔までは「コンピューターに人間のような複雑な思考が出来る訳がない」と言う主張が結構一般的でしたねえ。。。という話になった。そこで思い出したのがこの話。

第一次世界大戦が始まった当初のころ、飛行機はまだまだ黎明期であった。第一次世界大戦勃発が1914年、ライト兄弟の初飛行が1903年であるから、まだ発明からせいぜい10年ちょっとという事になる。当然のことながら技術としては未熟も良いところであった。当時の日本軍が青島要塞攻略の際に投入したモーリス・ファルマン偵察機は最高速度95km/h。現在だったらオートバイにすら負ける速度であった。
Wikipedia「MF.7」
そして「どのように飛行機を戦争に利用するか」すらまともに決まっていなかった。最初のころは当時、気球がやっていた任務を代行することから始まった。すなわち「敵の様子を上空から探ってくる」こと、現在の偵察機である。それにやがて敵の地上陣地を空中から攻撃したり、敵軍の飛行機を攻撃するという仕事も加わった。前者が爆撃機、後者は戦闘機である。
しかし、「どうやって攻撃するか」というのがこれまた試行錯誤であった。現在「爆撃機」と言われたら爆弾を投下する飛行機と思うが、大戦初期は石やレンガ、大きな釘などを敵陣に投下していたのである。戦闘機も同様、機関銃を搭載したのはだいぶあとの事で、こちらも石を投げつけたり、ロープに小さな錨を結びつけて、操縦士が片手で振り回して敵機に引っ掛けたりしていた。まるで忍者のクサリ鎌である。
それが戦争が始まって4年、たったの4年後には状況は一変していた。猛スピードで飛行機は進化を続け、総量1000㎏近い爆弾を搭載し、往復1000㎞以上の距離を飛んで敵国を爆撃する重爆撃機まで出現していた。戦闘機も最高時速は200km/hを突破し、何十機もの敵機を撃墜した撃墜王が何人も現れたのである。すでに空軍は戦局を左右する存在にまでなっていた。
Wikipedia「ハンドレページ O/400」
Wikipedia「S.VII (航空機)」

簡単に言えば、「技術には黎明期がしばらく続いたあと、急激に成長していくケースがある」ということ。最初「まるでおもちゃのような技術だなあ」と笑っていたものが、数年後には組織の使命を制するものにまで成長するのは決して珍しい現象ではないのである。
そして、これは技術に限らない。人間の組織や仕事でもしばしば同様の現象がある。しばらくの間、周囲から笑われるようなエピソードを繰り返していたのが、突然に急成長したりする。なので仕事をするときはたとえ周囲に笑われても諦めてはならないし、また周囲の組織が笑われながらも諦めずに活動している時には油断してはならない。人生どこでどうなるか分からないものである。

大田泰示選手のことその2

2017-10-08 20:42:26 | 考えてみたこと
プロ野球のレギュラーシーズンが終わる。いつぞや取り上げた大田泰示選手も残すはあと1試合となった。
大田泰示選手のこと
10月8日現在の成績は117試合出場、打率.260、15本塁打、46打点。8月頃は疲れがたまったのか、大きく成績を落としてしまって心配したが、最後になって復調した。既に規定打席到達も確実にした。如何せん1年通して1軍にいたのは初の経験である。疲れるのが当然であろう。これらの条件を勘案すれば十分よくやったと言えるのではあるまいか。
巨人では「コーチからあれこれ言われ、毎年スイングが変わっていた」と指摘されてもいたが、打撃フォームもYouTubeなどで見る限りでは巨人時代とはだいぶ変わった印象である。若干アッパースイング気味というか、下から上にすくい上げるようなスイングで、同僚のレアード選手に何となく似ている。これで結果が出ているなら、「これが大田選手に合ったスイングだった」という事なのだろう。是非貫いてもらいたいものである。
巨人のOB、広岡達朗氏が「このまま大田が日本ハムで活躍したら巨人の恥である。巨人で育てきれなかったという事になるから」と発言したというニュースもあったが、これは気にする必要はあるまい。環境を変えれば成績が上がることがあるのはどんな職業でも一緒である。むしろ巨人は積極的に他球団の若手選手と自球団の若手を交換し、新陳代謝を高めるべきである。大田選手の交換相手の石川慎吾選手だって活躍しているではないか。
Wikipedia「石川慎吾」
自分の経験でも、大体において「均一な出身者で占められた組織」よりは「様々な出身者が入り混じった組織」にいた方が勉強になることが多いとは思う。恥などと言わず、組織を流動化することに積極的になるべきと思う。

人工知能

2017-09-02 02:30:02 | 考えてみたこと
先日、人工知能の話を書いたが、
未来予測
その後聞いた話。まず証券会社の株取引。既に多くの企業で、人工知能が全自動で株取引を行っているのだという。人間がやるよりも利益が出せるそうだから凄い。既に現実はSFよりも進んで来ているのである。さらには恋愛小説を書く、新聞記事を書く(天気予報などではすでに実用化されているとか)、医学では病気の診断を行うなども可能である。簡単に言えば人間の仕事の中でも「ある程度パターン化された思考回路に基づいた作業」は代行が可能になっているのだ。凄い時代になったものである。
こうなると大量失業時代が来る!というのが大体の人の予測になる。確かに仕事の数は減るかも知れない。ただその分、「人工知能のメンテナンスやトラブルシューティングなど、未知のトラブルに対処する仕事」というのが産まれたりするんじゃないかとも思う。きっと未来が来たなら来たで、何だかんだ言って皆生きていけるのではあるまいか。それに社会が進歩することそれ自体は素晴らしいことで、昔に戻ることを考えるべきではない。進歩にどうやって適応していくか、それが重要である。

*追記--ふと書いていて思いついたこと。これからの子供はどういう教育を受けるべきなのだろうか?以前の受験難関校に受かるための勉強というのは、今後は「すべて人工知能に代行可能な作業を人間が勉強している」状態ということになってしまう。これからの子供には創造性を高める教育が必要だ、とは言われるしそれは同意するのだが、具体的にどういう事を学ぶべきなのだろうか?巷で言われていることはどうも抽象的すぎて、今一つ「腑に落ちる」感がない。少し書き留めておきたい。

未来予測

2017-08-14 23:59:46 | 考えてみたこと
基本的に「未来の予測はできない」と思っているたちなので、未来のことをあまり考えたことが無い。だが時々「心に残る未来予測」というのがある。
遥か昔、自分がまだ学生時代のころだったと思う。当時はみなデスクトップのPCをインターネットにつなげ始めたころで、Yahoo!Japanを見てみたり、電子メールなるものを初めて送ってみたりして感動していたころであった。そのころに聞いた未来予測を今でも覚えている--曰く「パソコンは現在の形が最終形とはならないだろう。もっと小型に、もっと扱いやすくなり、インターネットもさらに手軽に扱えるようになるだろう」。
時は流れて。果たしてその通りであった。スマートホンである。仕事のミーティング中でも、何かちょっと調べたいことがあった時はみなスマホを取り出して検索を始める。若い人では電子メールなどあまり見ない人の方が主流で、Lineでのやり取りが一般的である。スマホはPCの代用になりつつあり、確実に社会を変革していきつつあるのだ。
そして今よく聞かれるのは「人工知能(AI)が社会を変革していくだろう」という未来予測。これは恐らく真実であろう。将棋やオセロのプロ棋士との対戦ばかりがクローズアップされるが、既に兵器への応用もなされていることはご存じであろうか。有名なのはイスラエルが使用する迎撃ミサイルシステム「アイアンドーム」で、イスラエルの市街に向けて打ち込まれたロケット弾のうち、全自動で軌道を計算して「市街地に着弾しそう」と判定したものに対して自動で迎撃ミサイルを発射できる。90%以上の迎撃成功率を誇っているという。
Wikipedia「人工知能」
Wikipedia「アイアンドーム」
今後は人工知能が社会に様々な変革をもたらしていくのであろう。ただその結果として「こんな仕事が無くなる」やら「こんな変化が起きるに違いないだろう」と言った予測は自分は信じないようにしている。そこまで正確な予測は無理であろう。思えば先のスマホの予言も「具体的にどんな商品が出現するか」までは予測できていなかった。出来たら誰も苦労はするまい。
結局目の前の小さな課題に一喜一憂しながら、頑張って生活していく以上に自分たちが出来ることなどない。何年か経って、振り返った時に「ああ、人工知能でこういう変化が起きて行っているのだなあ」と気づく日が来るのだろう。そういう日が来た時、好奇心を持って変化を取り入れられる様になっていたいものである。
声高に
新技術とモルトケと

時代にあわせてその2

2017-07-09 01:09:46 | 考えてみたこと
先日の「時代にあわせて」でもう一つ思いついたこと。
時代にあわせて
プロ野球において、球場が人工芝になってから急に選手の下半身のケガが増えた、という話である。どうしても下半身への負担が天然芝に比べて増えてしまうようである。MLBなどでは選手に定期的に休養を与える体制を組んているチームもあると聞く。選手の寿命を延ばし、安定したパフォーマンスをさせるためのようである。
他の仕事でも似たような面はあると言えないだろうか。業務はパソコンで打つようになったので画面を眺める時間が増えてしまった。連絡は電子メールになったので365日24時間連絡が入る。顧客からも以前なら考えられないようなクレームが入ったりする。現場のストレスは確実に以前よりも増加していると考えてよいだろう。こうなると「休み」を増やして対抗するのが最も妥当かもしれない。
別にプロ野球選手と100%同じという訳では無いが、休みをメリハリをつけて取ることがそれほど悪いとは思えない。スウェーデンのあのゆるゆるの勤務体制でも、とりあえず社会は回っているのである。日本だけこんなに特殊でなくても良いのではないだろうか。
夏休みに向けて

時代にあわせて

2017-07-08 04:32:29 | 考えてみたこと
かつて自分達が若手だった時代は「若手は倒れるまで働け、48時間連続勤務だろうと72時間連続勤務だろうと、その程度で人間は死んだりはしないのだ!忙しくて仕事が間に合わないなんて言い訳にならない、時間は作るものだ!」などと言われ続けたものであるが、振り返ってそれは良かったのか、悪かったのか。仕事に責任感を植え付けるという意味では良かったのかも知れない。しかしそれが果たして成果に結び付いていたのか、どうか。
時代は流れて。今は仕事は分割してチーム制にし、全員で協力して回す、という時代である。そうすれば誰かが休みを取っても仕事としては回る。若手と言えどもキチンと休みをとることを意識しながら仕事ができる。このことを称して「最近はこうでもしないと若手がついて来ない」と言うオジサンがいたりもする。勿論言外に「ワシらは昔タフだったが、最近の若い奴らはヤワだからサービスしてやっている」というニュアンスを漂わせて。
この意見が間違いである、ということは明白である。仕事をチーム制にするのは「その方が能率が良く仕事を進められる」からであって、別に「ヤワな人間に楽をさせるため」ではない。そうでなくては本来の目的を見失う。かつてのモルトケが鉄道の発達を利用するために軍隊の方針を変えたのと同様、我々も情報技術の進歩に伴って仕事の方法を変えなくてはならない。仕事を能率的にする方法について、よくよく頭を絞る必要があるのだ。
新技術とモルトケと