おとのくに♪♪

生徒さんのピアノレッスンで感じたこと、考えたこと、コンサートの感想などポツポツ綴っています。

おぼろげな記憶

2020年02月22日 | 重力奏法
ロシアンメソッドのことでずっと記憶の中にかすかにあるものが、自分のものなのか何かとすり替わっているのかよくわからずにいたことがあります。

今、生徒さんの手を持ってレッスンをしておりますが、手を預けるのがスンナリできる人もいれば、やっていく内に預けられるようになる人もいますし、3カ月の闘いの末預けられるようになったという人もいます。

生徒さんのこの様子を見ながら、何か自分もこんなことされた気がするとかすかに思っておりました。

私はスンナリ派ではありません。
先生が微妙な感じだったことは覚えています。それが何をした時だったのか定かではありませんでした。

その時の様子が急にじわじわ思い出されてきたのが、今日です。
ずっと思い出そうとしていたわけではなく、勝手に「あら?」と思い出された感じです。

ただ、それが実際にあったことかはわかりません。

私は見かけだけは器用に見えるらしいのですが、実際はけっこう不器用です。
人の何倍も試して人並みです。そのおかげで自分で試行錯誤する習慣がつきました。

その時も先生は私はスンナリできると思ってされた記憶があります。
ところが力が抜けず「何もしなくていいから」と言われた気がします。

学生の頃の話です。
私が一番長く、そして最後に師事した先生で、その恩師からは多くのことを教わりました。

恩師に最初に言われた言葉が「身体の使い方が分かったらもっと音が鳴る。それをレッスンでやりたい」

それを聞いた時に、ピアノを弾くのに身体の使い方なんてあるのかと思いました。
そんなに音が出ていない方ではありませんでしたし、指も動かない方ではありませんでした。

しかし先生は最初にそうおっしゃったのです。
私の知らない世界があるのだと思いました。

恩師には20年師事しましたが、結局習っていた頃は、せいぜい肘辺りまで広げられるくらいになり手首が以前より柔軟になった程度でした。

しかし、今自分で奏法をやり直して、「先生があの時教えて下さっていたのはこれだ!」と気付くことがボロボロ出てきています。
結局、腕をもっと根元から使う感覚がわからなかったのです。鍵盤のそばにいることにとらわれていたので肩から腕を持ち上げるところまで意識が向かなかったのです。

きっと先生は伝えて下さっていたのだと思いますが、私が自分の狭い感覚を広げられなかった、狭いとも思っていなかったと言う方が正しいでしょうか。

これを書いている間も、もっと自分の周りを広く使って、とおっしゃていたなと思い出します。
腕をもっと大きく使うとよく言われました。

先生はよく弾いて見せて下さいました。
その姿をよく覚えているので、私は今一人で多少なりとも探していけるのです。

学生の頃、その先生に最初からピアノを習ったら上手くなるだろうと思いました。
現に、副科でその先生の門下だった同級生がいるのですが、卒業前に初めてその人のレッスンを聴き、副科なのにバルトークの難しそうな曲を弾いていて(何の曲かわからないという知識のなさ)、指は回るわ、音は鳴るわで驚きました。

私のレッスンになった時に、「〇〇君、ピアノ科でも良かったんじゃないですか」と話しましたら、最初は大変だったそうです。インヴェンションなんて1秒に1音しか弾けなくて、いつ終わるのかという状態だったと。それが4年経ったらバルトークを見事に弾けるようになっているという・・

先生の根気にも驚きますが、それについて行った本人もスゴイ。
彼の方がその頃の私よりずっとピアノを弾く時の身体の使い方が分かっていたと思います。

まっさらに近いほど習得しやすく、そうではないほど時間がかかるのがこのメソッドです。

だから、諦めないでほしいと思います。
求めれば気付く時が来ます。
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