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3歳時エルウェーウインとビワハヤヒデの2頭の主戦騎手だった岸 慈彦。
3歳牡馬のチャンピオンを決める朝日杯3歳ステークスでビワハヤヒデを選択。
一方のエルウェーウインの手綱を取った南井克己が勝利をおさめ、
ビワハヤヒデは2着となり、その後、岸は乗り替わり主戦騎手は岡部幸雄となった。
ビワハヤヒデやエルウェーウインを思い出すたびに岡部でも南井でもなく、
デビュー当時その背にいた岸 慈彦を思い出す。
93年菊花賞などG1・3勝を挙げたビワハヤヒデが21日、
北海道日高町の日西牧場で老衰のため死んだ。30歳だった。
04年に種牡馬を引退した後、同牧場で余生を過ごしていたが、
最近は体調を崩し、この日未明に静かに息を引き取ったらしい。
岡部幸雄騎手(引退)を主戦に平成初期のG1シーンを飾った芦毛の名馬だった。
93年のクラシックではナリタタイシン、ウイニングチケットと共に
「 BNW 」 と呼ばれる3強勢力を形成。
皐月賞ではナリタタイシンの2着、ダービーではウイニングチケットの2着に惜敗したが、
最後の1冠、菊花賞を5馬身差で圧勝してG1初制覇を遂げ、年度代表馬に輝いた。
翌94年には天皇賞・春、宝塚記念を連勝。
同じパシフィカスを母に持つ1歳下の3冠馬ナリタブライアンとの兄弟対決に期待が集まったが、
同年の天皇賞・秋 ( 5着 ) 直後に屈腱炎が判明して現役引退。
兄弟対決は実現しなかった。95年に種牡馬入り。
重賞ウイナーは送り出せなかったが、
いとこのファレノプシスやキズナがG1を制すなどその血脈は受け継がれている。