「不思議な羅針盤」 梨木香歩著 文化出版局
基本的に女性ファッション誌は読まないのですが… 過日、友人が扱っているブランドの靴が文化出版局「ミセス」に取り上げられているのを見て心を打たれました。
それは、素人目にも、手間と時間をかけて丁寧に撮影しているこことが一目でわかるような美しい写真でした。靴をフィーチャーするために、その靴がもっとも美しく見えるような服を選び、モデルさんにメイクを施し、靴の心地よさや、気持ちのよい靴を履いて過ごす休日のゆったりとした時間の流れまでも伝えようとしているのがわかる。作り込まれたカットなのに少しの過剰もない。ふと「簡にして要」という言葉が思い浮かんでくる。同時期に同じ靴を取り上げた他の雑誌と比べてみると、その美しさは群を抜いていました。読んだこともないくせに「さすが、老舗は違うなぁ」と感激したのでした。
前置きが長くなったが、「不思議な羅針盤」は、「ミセス」に梨木香歩が連載していたエッセイを一冊に収録したもの。テーマは特になく、日々の生活雑感なのだが、読むことで、心のざわめきが静かに整っていくような文章。少しも押しつけがましいところがなく、でも、心にジワッと染み込んでいく。
「ネット社会で情報の取捨選択が出来ぬモノは生きるべきらず」的な、なんでもデジタル化、全てをスマートフォンに集約化というムードが強まる中で、草木の生命力に心し、愛犬を襲うどう猛なバカ犬に真剣に怒り、新聞の集金にきたおじいさんとのに何気ない会話を楽しむ―そんな、私が子どもだった頃には当たり前だった日常がなんとも愛おしく描き出されている。
でも、梨木香歩はデジタルを否定しているわけではない。エッセイの中でも、「ついつい便利だからメールで連絡を取り合うことが多くなり、ハガキを書いたり、季節に合わせた切手を選ぶ機会が減ってしまった」という趣旨のことを書いている。何かを否定したり、他人に「~すべきである」と強いたりせず、「私はこれが好き」「こうするのが気持ちいい」ことを力まずに、淡々と追求していく。その姿勢に素直に共感できる。
それにしても、「ミセス」って、なんて贅沢な雑誌なんだろう。あんな美しい写真、こんな美しい文章。雑誌が売れないと言われている中で、これだけコストと手間暇かけて作っているのは大変だろうなぁ―と思うが、ぜひとも、頑張ってほしいな。一度も買ったことないけれど、ますます、私の中の「ミセス」好感度アップ。さすが老舗は違う!