大阪マダムの人生奮闘記

英語資格制覇の後はコミュニティー通訳デビュー。
愛しい息子のお世話と英語道。激忙専業主婦の徒然日記♪

小豆島 帰省レポ

2016年08月28日 22時47分20秒 | 日記
土日で小豆島に帰ってきました
ま、自分だけの旅で、他人の旅レポ、誰が興味持って読むのかっておもうけど、他にネタもないので(爆)

時間がある人、読んでね

来年の春、母校でもあり、最後の勤務地であった小豆島高校がもう一つの高校と統合され、新しい場所に移転するため、春までになんとか校舎を見ておきたいっていうのもあり帰省し、なんとか実現できて感無量~

新大阪から新幹線に乗り、岡山まで。その後バスに30分ほど揺られ、新岡山港というところへ。そこから小豆島行きのフエリーに乗ること1時間。


去年帰ってなかったから久しぶりの島の眺め~。


で土庄港というところに降りる。 いつもなら、姉が迎えに来るなど身内のお世話になるのだけど、今回は近いところの料亭で会食だったから「タクシーに乗って料亭へ」てことにしてた。

が。  タクシー乗り場がどこかわからない。使ったことないから。
地元出身なのに、完全「観光客状態

で、地元民風の人に聞き、タクシーロータリーについたら、
タクシーが一台もいない

まじで(汗)
普通一杯タクシーってロータリーにいるもんじゃないの?(←大阪のイメージしかない)

船の切符売り場の人に聞くと、
電話せんと来ないわな~。。」と言われ。。。電話してみたら「20分待ち」とか(汗)
バスなんかもっと最悪で、1時間に一本くらいしかない。
会食の時間に間に合わん

一瞬、「博多オフ会のDEANさん、置き去り事件の 祟り」じゃないかと思ったわ。

結局、会食する先生に電話し、もうお店について座ってたのに、車で迎えに来てもらった

無事懐かしい先生4人に会え、満足~
で、その後、元同僚の今でも現役の先生の車に乗せてもらい、小豆島高校へ。

正門


野球部グラウンドの前に、甲子園出場記念碑が立ってた。
しかしこの記念碑、来年の春どこに持っていくねん。。。。


で、職員室に行く前にグラウンドや校舎内を歩いてみた。


野球部グラウンドの他にさらに北側にグラウンド、テニスコート(4面)、弓道場、武道場、まである。さすが田舎。広大な敷地があるので、運動し放題。この山々に抱かれたような母校がなくなるのはなんとも寂しい気がしたわ~。。。校舎自体も取り壊しが決まったそうなのよね。

で職員室に戻り、最後に座っていた3年生の担任の場所からの眺め。。。右手の窓側に管理職が座る。。
あの当時のままだったな。。


で、ふらっと入ってきた高校生見て、絶叫。


春のセンバツで選手宣誓をした主将のH君!!

「おばちゃんと写真撮ってもらってええ?」と迫ってH君は最初びっくりしてたけど、元同僚の国語の先生に「一緒に私と働いてて、同じ小豆島高校出身の方よ」と説明され、安心した顔をしてた。

で、ぱちり↓

(二人とも顔出ししてないのに、アップする意味あるんだろうか(汗)
テレビで見たり、アルプス応援席でみてたけど、実際は。。。すごい大きいな。。180センチくらい?
もう息子と母親ってかんじだな(爆)

そうそう、小豆島高校野球部のドキュメンタリーの本がでてるの。これ↓
たった17人の甲子園 背番号18が支えた小豆島高校、奇跡の快進撃
クリエーター情報なし
竹書房


登場人物の名前が実名で、自分と一緒に働いた同僚の先生の名前もあり(爆)買ってよも。

ほんといい土曜の夕方でした。
会えなかった元同僚の数名の職員室の机の上に「置き手紙」を書き、

島の子供たちのためにがんばって~!!」と。

帰りは毎日通った道をスーツケースを引っ張りながら歩き、時々振り返り、山に抱かれた母校が遠くなっていくのを見ながら、家につきました。


日曜の15時半には大阪の自宅に到着してて あっというまの帰省でしたが、感慨深いものがありました。
懐かしい人々、懐かしい場所、もう二度とその当時には戻れないんだけど、もう一度あのころにタイムスリップしてみたいと思ったな。

さ、また、月曜日からがんばりますか。みなさんも。

前を向き、一日一日進み、充実させていかなきゃね。

ではまた月曜からお互い頑張っていきましょう。