荻野洋一 映画等覚書ブログ

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『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』 ティム・バートン

2008-01-31 10:11:00 | 映画
 『人のセックスを笑うな』を見るために渋谷道玄坂まで出かけた。だが、劇場に着いてみると次回、さらに次々回の上映まで満席で入ることができない。すぐ隣の劇場玄関に視線を向けてみると、ティム・バートンの新作がかかっている。さっそくこちらに切り替えて切符を買ったところ、場内はガラガラであった。『スウィーニー・トッド』は確か、現在の興業ランキング1位を快走する作品のはずだが、どういうわけだろう。単館と拡大の違いが大きいのだろうが、『人セク』が札止めで、ティム・バートンがガラガラというのは、何かが間違っている(もちろんこの想念は作品評価じたいとは関係がないことを断わらねばならない)。

 などと益なきことを心で反芻しながら、スクリーンに目を向けると、どうだ、この目くるめく恐怖、憎悪、復讐、殺人、そしてペテンの応酬は! 19世紀ロンドンという舞台を借りて、私たち現代人の悪夢を拡大解釈したかのような惨劇、それもかなり立派な劇に仕上がっている。
 正直言って私がこの場で、 「nobody」サイトの梅本洋一評に匹敵する文を書けるとは思えないから、これを読んでもらえればいいのではないか。

 しかし唯ひとつ付け加えたいのが、主人公スウィーニー・トッド自体の素晴らしさだ。復讐の炎をどす黒くたぎらせつつ、15年ぶりに逃亡先の南米から帰国したスウィーニー・トッドを乗せた船が、静かにテムズ川を滑っていく。カメラは、この復讐の鬼と化した元理髪師の冷酷な顔を気安くとらえもするのだが、これを演じるジョニー・デップの顔を眺めていると、この男は私たちを絶対に失望させないだろうという確信を与えてくれる。
 この確信ゆえに、変態判事に幽閉された主人公の娘が、救助に来た少年に向かって言う、“逃げおおせたとしても、それで何かが解決するわけではないわ” という台詞の痛切なる覚醒に、深く頷かざるを得ないのだ。


1月19日から全国で公開中
http://wwws.warnerbros.co.jp/sweeneytodd/


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