荻野洋一 映画等覚書ブログ

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『佳人』 滝沢英輔

2016-02-03 18:02:00 | 映画
 神保町シアターの特集企画《恋する女優 芦川いづみ アンコール》で滝沢英輔監督『佳人』(1958)を見た。初見。但馬地方の城下町・豊岡と城崎温泉を舞台に、葉山良二と、小児マヒで生まれてから一度も自分の足で立ったことのない芦川いづみのカップルの悲恋である。没落士族の家の玄関脇の部屋で、椅子に座ったまま通りの往来を眺めながら読書するヒロインは、芦川いづみによって演じられることで、まさに憐憫を誘う清楚さ、薄幸さがあらわれている。
 藤井重夫の原作も未読のため、はじめは伊藤左千夫『野菊の墓』の民ちゃんのような淡い悲恋ものかと見ていたが、軍需工場で一儲けする温泉旅館のどら息子の金子信雄が、徐々に映画の中の比重を占めていき、変な方向へ舵を切る。金子信雄は芦川いづみの家柄欲しさに芦川と無理やり結婚し、県会議員選挙の地盤を手にする。それだけならまだしも、下半身不随の新妻を無理やり寝室に引っ張り込み、取っ替え引っ替え女を連れこんで妻に情事の見学を強要するのである。この変態的なDV夫との生活によって、芦川いづみの人生はめちゃくちゃになってしまった。『散り行く花』(1919)のごとき凄惨な不幸のなかで散っていく、一輪の名花である。
 そして、リチャード・バーセルメスのようには虐待の怪物に立ち向かえない葉山良二は、戦前、戦中、戦後にわたるまでつねに(まるで吉田喜重『秋津温泉』の主人公のように)無力であって、戦中は南方戦戦に去り、戦後は東京の大学に去る。葉山良二にとってはこの但馬の田舎町は、美しい初恋の思い出の地であり、憂愁の思いに囚われながら汽車でときどき訪ねる望郷の地にすぎない。彼の青春は芦川いづみの凄絶なる日常とは、徹底的にすれ違ってしまったのだ。だからこの映画を見る人間は、ひたすら芦川いづみの純潔に対する拘泥をのみ見ればいいように思う。


神保町シアター(東京・神田)で《恋する女優 芦川いづみ アンコール》開催中
http://www.shogakukan.co.jp/jinbocho-theater


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