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53.Czech

2007-11-27 22:08:36 | 『万国巡覧記』

チェコ共和国
(Czech Republic)


1.面 積  78,866平方キロメートル(我が国の約5分の1)
2.人 口  1,030.6万人(2007年3月現在)
3.首 都  プラハ
4.民 族  チェコ人94%、その他スロバキア人、ロマ人等(2001年)
5.言 語  チェコ語
6.宗 教  カトリック 26.3%、無信仰 58.3%(2001年)
7.主要産業 機械工業、化学工業、観光業
8.GDP 1,424億米ドル(2006年)
9.一人当たりGDP 13,873米ドル(2006年)
10.通貨・為替レート チェコ・コルナ(Kc)、1ユーロ=28.3コルナ(2006年平均)
11.3文字コード CZE
(外務省HP)

中欧の古国チェコは、実は国が成立してから14年という若い国だったりします。
それ以前は、チェコ・スロバキアという名前だったのが、1993年に分離独立を果たしたのです。
だから、古国とはいえ、若い国なわけですね。

古代にはケルト系先住民であるボイイ人が定住しており、その後、スラブ系のチェック人が流入して、今日の民族を形成しました。
ケルト系ボイイ人の名を取って、この地域をボヘミアと呼んだということです。
ところで、ボヘミアってドイツ語読みで「ベーメン」っていうんですよ。
ベーメンっていったら、わたしの中では「ベーメンのフス」の名で親しまれている宗教家のヤン・フス(1369~1415)なんですが、これを習ったときに「ベーメン」の意味がわからなくてですね。「ベーメン、ベーメンって、ベーメンてどこ?」と怒り狂うぐらいにわからなかったんですよ。
で、ある日、進研ゼミだったんだと思うんですけど、「ベーメン(ボヘミア)」って書いてあったんですよ。「なんだよ、ボヘミアだったのかよ。最初からボヘミアって書けばわかりやすいのに…」とがっかりしたのを覚えています。
教科書って頑なですよね。まぁ国民性を考慮してそういう表記にしているのかも知れませんけど、現場とお役所の大きな差なのかもしれません。
いえ、また話が逸れました。
チェコに国家ができたのは、7世紀。スラブ人によるモラヴィア王国がそれです。
しかし、10世紀になると、のちにハンガリーの原形となるマジャール人が侵入し、滅亡。その後、プシェミツェル朝ボヘミアが成り立ち、この時期に本格的なドイツ文化が流入してきました。
また一時は神聖ローマ皇帝の座すら狙えるぐらいの力を誇りましたが、この時期、急速に力をつけてきたハプスブルク家のルドルフ1世(1218~1291、のちの神聖ローマ皇帝)によって攻められ、それが因で断絶してしまいます。
プシェミツェル朝が滅亡すると、ドイツから派遣された ルクセンブルク家の世襲王が統治し、ルクセンブルク朝となります。
ボヘミア王カレル1世(1316~1378)が、カール1世として神聖ローマ皇帝となると、プラハに大学が建てられるなど文化が高まり、首都プラハはヨーロッパの文化の中心となりました。
フス戦争(1419~1439)が起こったのも、ちょうどルクセンブルク朝の御代でした。
ルクセンブルグ家が断絶すると、今度ボヘミア王の地位に就いたのは、かの名高きハプスブルグ家でした。以後、20世紀までの約600年にわたり、ハプスブルク朝となります。
特に名高いのは、16世紀に現れたルドルフ2世(1552~1612)です。神聖ローマ皇帝をも兼任したこの王が即位したことを受け、プラハは以前にも増して、政治・文化の中心地として繁栄します。
ところが、ルドルフ2世が没すると、欧州最後の宗教戦争・世界最初の国際大戦と形容される三十年戦争(1618~1648)が起きてしまいます。
ボヘミアは、スウェーデン相手に大敗を喫し、領地を激しく蹂躙されます。どれぐらい激しかったかと言えば、4万あった村落が8000まで落ち込んでしまったといいますから、かなりのものです。
またプラハに収蔵されていた美術品もスウェーデンに取られてしまったと言いますから、いや戦争とは実に恐ろしいものですね。
18世紀には、この時期に流行った民族主義は、チェコにも影響を与えます。
スラブ人による汎スラブ主義が唱えられましたが、オーストリア・ハンガリー帝国の成立を契機にして、チェコはじょじょにロシア寄りになっていきます。
またこの時期に起こった産業革命は、中央ヨーロッパのこの地域にも押し寄せ、チェコはヨーロッパ有数の工業地帯となりました。
第一次世界大戦(1914~1918)でオーストリア・ハンガリー帝国が滅びると、スラブ民族によるチェコスロバキア共和国が成立します。第二次世界大戦(1939~1945)中には、一時地図上から姿を消しますが、のちに復活。
その後はソビエト連邦の影響を強く受け、共産主義政権が成立。1960年にはチェコスロバキア社会主義共和国となります。
1968年には、俗に「プラハの春」と呼ばれる改革運動が起こりますが、これはソ連の介入に遭い、中途に終わります。
1989年にビロード革命が起こり、共産主義政権が倒れます。1993年にスロバキアが分離独立を果たし、現在に至ります。ちなみに、EUへの加盟は2004年のことです。
…長くなりました。これもみんな「ベーメン」のせいです。

歴史でも触れましたが、チェコといえば、実に多くの偉大な芸術家を輩出しています。
例えば、作曲家のベドルジフ・スメタナ(1824~1884)、アントニン・ドヴォルザーク(1841~1904)。
それから、アールヌーヴォーの代表的なデザイナーであるアルフォンス・ミュシャ(1860~1939)もチェコ地域の出身ですね。
さて、わたしなんかはロボットのアニメや漫画が好きなので、浮かぶのはカレル・チャペック(1890~1938)だったりします。
チャペックは、チェコ語で労働を意味する「robota」という言葉から、ロボットという語を作ったと言います。まぁ『RUR』(1920)を読めば分かるのですが、実際にはスーパーだリアルだというようなものではなく、今の言葉でいえば人造人間とかアンドロイドとかに近いものです。
皮膚はもちろん、内蔵や血管に至るまで本物そっくりに造り、ねじやボルトなどはまったく使っていないようです。ただ意思や感情がなく、命令されたことしたできませんので、そこは現代的なロボットといえそうです。
チャペック自身は、金属だらけの人間型のロボットは不本意だったらしいですから、そこは何とも言えないところですね。
『RUR』の主旨とは変わってしまいますが、わたしが最近の社会問題を見ていて思うのは、やはり労働の問題ですよね。
日本国民の三大義務は、ご存知の通り、教育・勤労・納税。人は働かねば、この国にいることはできません。働かざる者、"住む"べからずなのです。
しかし、まぁわたしなどは半分ニートのようなものですから、こんなことは言える立場ではないのですが、日本人は勤労過ぎるほど勤労だと思います。
働いた者がみな、すべて報われるとは限りません。
そして、成功者もまた、みな働き者とは限らないのが社会の仕組みです。
だから、というのもおかしな話ですが、ちょっと休み休みいきましょう。そして時には、おならでもしてみてはいかがでしょうか。
これが本当の息抜き。なんつって。


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