今のところ、1年から1年半で一台は機種変や新規にしているようです。
そして、今日も前の携帯から1年が経ったので、別会社に乗り換えてきました。
ああ、なんていうヘタレ。
ヘタレにもほどがある。
なぜ、このタイミングで…。
と後悔してしまいます。
携帯キャリアを乗り換えるというのが、いかに不快なものであるかは身を以て知っているのですが、慣れませんねぇ。
まぁそれも、三日もたてば馴染んでしまうんですけどね。
キューバ共和国
(Republic of Cuba)
1.面 積 110,922平方キロメートル(本州の約半分)
2.人 口 1,124万人(2006年国家統計局)
3.首 都 ハバナ
4.民 族 ヨーロッパ系25%、混血50%、アフリカ系25%(推定)
5.言 語 スペイン語
6.宗 教 宗教は原則として自由
7.主要産業 観光業、医療サービス、農業(砂糖、煙草、柑橘類)、鉱業(ニッケル)、水産業
8.GDP 44,064百万ペソ(2006年国家統計局)
9.一人当たりGDP 3,483ペソ(2006年国家統計局)
10.通貨・為替レート キューバ・ペソ及び兌換ペソ、1兌換ペソ=1.08米ドル(公式レート)=約24キューバ・ペソ(実勢レート)(2007年6月現在)
11.3文字コード CUB
(外務省HP)
キューバといえば、あまりよいイメージがないのは、わたしがいかにアメリカに感化されているかということでしょうね。
キューバ本島と「青年の島」、そして1600あまりの小島より構成されるキューバは、1492年にイタリア人航海士、クリストファー・コランバス(1451?~1506)によって、欧米人として初めて発見されました。
現地民は、16世紀初めに上陸したスペイン人たちによる使役や疫病によって、早々に絶滅(!!)してしまったらしいですが、スペインと中南米との中継地点という好立地により、キューバは空前の発展を遂げます。
19世紀に、隣島の仏領サン・ドマングがハイチ共和国として独立すると、それまでサン・ドマングが担っていたサトウキビ栽培が、キューバ島へと移り、キューバは一躍世界最大のサトウキビ産地になりました。
その後、葉巻の生産でも大きな利益を得るようになると、キューバに入植してきたスペイン人たちは、本国からの独立を望むようになります。
1868年から独立闘争が始まり、一時の休戦やアメリカの介入(米西戦争、1898)などを挟んで、1902年にようやく独立を為すことができました。
しかし、この独立は、厳密に言えば支配国がスペインからアメリカに切り替わっただけの、上っ面だけの独立でした。
国内に米国基地が設置され、資本的にもアメリカ企業に支配されているような感じでしたから、当然のように反米感情が悪化し、国内反乱が起きます。
独立間際で、まだ脆弱な政治体制だったキューバ政府に鎮圧する力はなく、皮肉にもアメリカの介入を許すことになったのです。
1929年の世界恐慌を機にして、さらに親米路線をとるようになりましたが、一方アメリカの方では、カリブ海諸国とのつきあい方の再考を迫られ、じょじょに距離を取るようになります。
1952年、フルヘンシオ・バティスタ(1901~1973)がクーデターで政権を奪取すると、キューバのアメリカ支配は最高潮に達したと言います。
そこで登場したのが、だれあろうフィデル・カストロ(1973~)と、アルゼンチンの医師だったチェ・ゲバラ(1928~1967)でした。
カストロは、バティスタ政権下では政治犯として収監され、その後にメキシコに亡命していました。
1959年、カストロは2年に及ぶゲリラ戦の末、とうとうバティスタを国外に追い出すことに成功。
ここに、キューバ革命がなったのでした。
その後は、反米親ソ路線を歩みます。1962年には、世に名高いキューバ危機などを起こすなど、緊張は依然として高いままです。
反面、アメリカから長年経済制裁を受けており、生活は困窮していると言います。また、隣国アメリカへの亡命者も増えているようです。
キューバといえば、見所が多い、実に文化豊かな国という印象です。
例えば、ラテン音楽の中枢ですね。
名高いのは、名ギタリスト、ライ・クーダー(1947~)の「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」。
それから、ラテン音楽の代表格・マンボですね。
しかし、わたしにとってはキューバといえば野球の、“超”がつくほどの強豪国。
1992年のバルセロナ五輪では、決勝戦で日本を粉砕。金メダルを獲得。
96年のアトランタ五輪でも金メダルを取りますが、2000年のシドニー五輪では、史上初めてオランダに敗北。決勝戦では、アメリカに敗れて銀メダルに終わりました。
2004年アテネ五輪では、予選リーグで日本に負けたものの、金メダルを奪取しました。
記憶に新しいワールド・ベースボール・クラシック(2006)では、決勝で日本に破れはしましたが、立派な準優勝を飾ることができました。
一時期は、敵対国アメリカでの開催ということだったので、キューバの出場も危ぶまれましたが、キューバの出場しない野球版ワールドカップなんての、いうなればサッカーでいうブラジルとかイタリアが出ないようなもんですからね。
関係もないのに、けっこうやきもきしたのを覚えています。
『実況パワフルプロ野球11超決定版』(コナミ)のサクセスモードでは、世界の強豪国と戦う「全日本編」が追加されているのですが、その中でも強豪として立ちはだかるのは、やはりアメリカとキューバでした。
そんな野球が、2012年ロンドン五輪の競技から除外されると言うことで、ひじょうに残念ですね。
とはいえ、キューバは野球だけが強いわけではありません。
ボクシングやバレーボールなどは、世界屈指の実力を持っています。
日本だって、この間の世界柔道は残念でしたが、柔道や水泳など注目の競技がありますから、これに悲観せずに、まずは野球人気の向上に目を向けて欲しいと思います。
今、世の中がどういう流行なのかは、わたしにはとうてい及びもつかぬ事で、わたし自身も流行を追い求めるような質ではありませんから、まあひと言で「興味がない」ということになります。
なので、「これが今の流行なの?」と考え込んでしまうものやことがあります。
明日、9月28日にタカラトミーさんから、こんな商品が発売されます。
『ワンセグTV SEGNITY(セグニティ)』です。
まぁ…ワンセグが今のトレンドであるということは疑いようのない事実です。
わたしは、携帯のテレビ機能はまったくいらないのですが、数々の携帯電話に付加されていることを考えれば、多くの人の支持を得ているのでしょう。
携帯のテレビ機能ですらいらないのに、持ち運び可能なテレビなど、もっといらない人間なのですが。
まぁそれはどうでもいいのですが、このワンセグテレビの大きな特長で、(たぶん)売りらしいのが、「ツンデレボイス機能」だそうです。
なんだか分かりませんが、一種のナビゲーションで、その声がツンデレ風女性の声らしい。
ツンデレってのは、外面ではいがみ合っており、いざ二人きりになると急に塩らしくなってしまうという、アレでしょう。
えー…と、ツンデレってのはそんなに流行っているんですかい?
一時、メイド喫茶ならぬ「ツンデレ喫茶」なるものがあるなんて話がありましたが、あれもどうかと思いましたし…。
いえ、まぁ、世の中いろんな性癖がありますし、わたしもおかしな性癖の持ち主ですので、とやかく言える立場ではないのですが…でも、これは採算がとれるんでしょうかね。
金がすべてではないというのは、重々承知していますが、でもそれは何かでかいことをやるときでしょう?
ワンセグテレビに「ツンデレボイス機能」が着いたことが、その世界で革新的に変化するのでしょうか。
疑問はつきませんが、これで「ワンセグ・キャラボイス」が一躍、世の流行になったりしたら大変ですので、これがどれぐらい売れるのか楽しみだなぁ。ということにしておきたいと思います。
また変な質問ですよ。
いえ、質問自体は至ってまともなのですが、前回の安倍前首相のときのように、選択肢が困ったことになっています。
「キャラが立っていた」
って。
安倍さんのときよりはまだマシですけどね。
それにしても、これまた不適切な選択肢ですよ。
おかげで、ほら見てくださいよ。
「キャラが立つ」がまたぶっちぎっての1位じゃないですか。
いや、面白いんですけどね。
社会的には、あまりよろしくないんじゃないかなぁと、思いますけどね。
山梨ってのは、文化的にも政治的にも閉鎖的です。
これはほめ言葉でもなく、けなすものでもありません。わたしがン年間、山梨に住んできての素直な感想です。
まず、四方八方が険しい…実に険しい山々に囲まれています。
山梨という地名の語源も、「山ならし」…つまり、山ばかりの土地を平らにするという意味から来ているという説もあります。
こんな土地ですから、道なんて北に行こうが東に抜けようが、結局は山と山との間の細い道を通ることになります。
古来より甲州街道があり、富士川を利用した水運業も発達したりしました。しかし、中央道が走り、中央線・身延線が延びた現代でも、やはり山梨は便利ではありません。
また、その山のおかげで平地が少なく、斜面ばかり。人が生活を営んでいくためには不便ですね。生活が不便なので、みな生活がよい方に流れて行ってしまいます。
他国から流れてきた人も、結局は定着しません。
また、その険しい山々が気候にも大きく影響を及ぼしています。甲府盆地といえば、日本有数の猛暑地、極寒地。しかも、日照時間は日本で一番長いといわれている地域です。
いかに過酷な土地であるか、おわかりになるかも知れません。
人が生きていくためには、はなはだ不便不親切、不愉快ところであると言えるでしょう。
このような土地に、ごく少ない人数の人たちが住んでいるわけで、だからこそせっかくこの地に生を受けた人たちが、運命共同体として、相互扶助を行ってきたことは当たり前のことなのだと思います。
そして、この貧しい土地に目をかけてくれる人が出てきたら、良しにつけ悪しきにつけ、協力をするというのも、これも当然でしょう。
かつては、武田信玄という戦国最強の武将が生まれたのも、人心掌握が巧みだったからでしょうし、また生来、山梨の生まれだったからでしょう。
山梨の生まれだったから、民の苦労がわかったし、国の弱点もよく把握していたんだろうと思います。
江戸時代では、徳川家一門や縁の深い大名が治めたり、天領だったりしたのは、山梨が戦術上の重要地点だったからです。
ところが、山梨はご覧の土地でしたし、また戦術上重要とはいえ、平和の時代には関係のない話。甲斐と呼ばれた山梨を、実質的に治めたのは甲府勤番と呼ばれる旗本で、彼らは札付きのワルでした。仕置き的に甲斐に左遷されたようなものだったようです。
甲府勤番に任ぜられることを、島流しならぬ「山流し」と言われ恐れられたと言われるほどだったようです。
それだけでも、なんとふびんな土地かがわかります。
ところが、そんな山梨では不思議なことに、びっくりするようなことをやり遂げる人たちが現れます。
例えば、タボン・リーの話にも出てきた「投機界の魔王」の雨宮敬次郎(1846~1911)や、「鉄道王」の根津嘉一郎(1860~1940)、宝塚の生みの親・小林一三(1873~1957)、サンリオの辻信太郎(1927~)さん、ブックオフの坂本孝(1940~)さんなどの実業家が、特に目立つような気がします。
反面、いまいちぴんと来る人がいないのが、政治の世界です。まぁ金丸信(1914~1996)ぐらいでしょうかね。
それから、数は少ないですが、スポーツの世界では、一時代を築くほどの活躍を見せた方々を輩出しました。
プロレスの世界では、「完全無欠のエース」ジャンボ鶴田(1951~2000)。
野球では、日本人初のメジャーリーガー・村上雅則(1944~)さん、「悪太郎」こと堀内恒夫(1948~)さん、「幕張の防波堤」小林雅英(1974~)などですね。
山梨サッカー界では、やはり中田英寿(1977~)さんが不動ですかね。
こういう人たちは、非常に逆境に強いってことなんでしょう。
わたしが考えるに、逆境に強いということは、つまり偏屈なんだろうと思います。
危機を機会に変えるってことですからね。ただ、ポジティブなだけではないと思うのです。
「ふざけんな、やってやろうじゃねぇか」て感じになるわけじゃないですか。
そういう踏ん切りをつける動機ってのは、そりゃ愛する人のためかも知れないし、金のためかも知れない。あるいは、自分の名誉や保身のためかも知れません。
けれども、燃料にするものはそれぞれ違うかも知れませんが、その偏屈心をエンジン代わりにしてパワーに変えていることは同じだと思うんですよね。
よく県民性で、山梨の人間を指す「メチャカモン」の正体は、この偏屈心ではないかと思います。
頑固で、他人を頼るのが嫌いで、だけど変なところで意地を張る。そして、何だかんだとやり遂げてしまう。あるいは、失敗しても失敗と思わないが、相手の失敗には絶対に目をつむらない。
これが、山梨県人の基本的資質ではないかと思います。
こういう気質ができあがって、類型として見られてしまうのも、全部、山のせいなんだろうと思います。
なぜなら、この国ではそれぐらい「我を張って」生きていかなければならなかったんですから。
そして、この国を形作ったのは、間違いなく山梨を取り巻き、あるいは縦横に切り裂く山々なのですから。
…さて、どうしてこんなことを書き始めたのか言えば、こちらの記事を参照してください。
10歳日本人が名門アトレチコ入り(スポーツニッポン) - goo ニュース
この10歳の少年も、なんと山梨県人。
まぁ…わたしは、県民性と呼ばれるものは、三代ぐらい同じ土地に住まないと身につかないのではないかと考えているので、この少年が上記のような気質を持っているかはわかりませんが、それでも逆境に強いことは大事なことです。
偏屈・変人といわれても、自分のスタイルは自分で決めるというぶれない精神を、しっかりと身につけて欲しいですね。