さじかげんだと思うわけッ!

日々思うことあれこれ。
風のようにそよそよと。
雲のようにのんびりと。

新企画・民話ものがたりについて

2007-08-30 22:28:50 | 民話ものがたり

えー、わたしのブログを読んで見てもらえればわかるのですが、けっこう民話とか伝説などを私的に解釈して、再構築して、妄想などを織り交ぜつつ、書き表している回がけっこうあります。
例えば、「早太郎温泉の由来」や「なぜ彦根で招き猫なのか?」の回ですね。
読んでいるみなさんにはさぞかし苦痛であったろうと思うのですが、書いている本人は実に楽しんで書いていたりしました。
そして、書いていて思ったんですよ。

民話というと、あまりよい印象がないという人も多いのではないでしょうか。
…悪いというのは、古めかしいとか子どもじみているとか。そういう印象です。
民話っていえば、昔話ですよね。簡単に言えば。
就学前児童を中心に読まれる昔話は、子どもにも理解が容易なように、極めて簡素に面白いところだけをとって、時には話の筋さえ変えて再構築されたものだと思います。
しかし、民話は子ども向けに作られたわけではありません。
その土地の古来の風習・名の由来・道徳観などを、興味深く伝えていくためのものなのです。
それを、子どものためだけのものにしておくのは、実にもったいないことだなぁと。
 
古今、民話を題材にとって作られた小説は、たくさんあります。
有名なところですと、小泉八雲(1850~1904)の『怪談』(1904)や芥川龍之介(1892~1927)の『杜子春』(1920)などでしょうか。
それほどの作品を書こうとは、当然思っていませんし、そんな力もありません。
目安としては、小学校高学年以降でも読書に耐えられる作品作りです。
作品には、原案の民話とワタクシの考えが入ります。
まぁ、わたしの屁タレな頭で考えた文章ですので、大したものではありません。
そこらへんを、なにとぞ、ご了承ください。
 
では時間はそれなりに必要になりますが、ぷりぷりと書いていきたいと思います。


久闊を除しに、清里に行く。

2007-08-29 21:55:03 | 
仕事が始まっているというのに、帰りの足で清里に行ってきました。
目的は、友人に会いに行くためです。
というのも、この夏の終わりの時期になりますと、わたしが大学時代に所属していたゼミでは、清里でゼミ合宿を行っており、その合宿に昔懐かしい友人が集まるというのです。
…といっても、来るのはたびたび当ブログにも登場を願っている三島のKと、多治見のSだけだったのですが。
ゼミ合宿には邪魔をするだけ邪魔する形になってしまったのですが、まぁ行く目的が二人に会うことだったので、あえただけでもよかったと思っています。

前にも書いた気もしますが、わたしが所属していたのは教育学ゼミです。
というわけで、教員への道を志す人も多かったりします。
わたしは、教職には興味がなかったのですが、それ以外での方法での教育ということに興味を抱いておりました。
その詳細に関しては、きっといずれお話ができると思います。
とにかくわたしが言いたいのは、そういう教師の卵たちがどれほど真剣に未来を見つめる…いや、睨んでいるかということですよね。
彼らは、穴が空くほど見ていますよ。
未来の教育を。
それまでに、日本の教育がどう変わっていくのか。
どんな方向に転んでも、きっと彼らは彼らなりの教育を見つけていくことを信じて止みません。

皆既月食に思う。

2007-08-28 22:11:27 | 
夜空に赤銅色の月 6年ぶり皆既食(共同通信) - goo ニュース

何だか曇ってしまって、山梨では観測できないんじゃないかと言われていたのですが、どっこいしっかり観測できてしまったようです。
月食に気がついたのが、8時半頃だったでしょうか。
すでにピークは過ぎて、月の左下が見えている状態となっていました。
いや、でもいいものを見ることができました。なんといっても、そうそう見ることができるイベントではありません。

そういえば、ペルセウス座流星群も見ましたよ。
流れ星を、五個ぐらい見ました。
個人的に夜空を見上げる機会も、ないことはないと言える程度なのですが、こういった天文イベントはなるべく気にしています。
さすがに、明け方5時とかは勘弁ですが。

これからも、積極的に関わっていきたいですね。
地球ってのは、宇宙に浮かんでいるんだなぁと、感じられるではないですか。

五十五

2007-08-26 20:02:56 | 『おなら小説家』
もちろん、この文章は不特定多数の人間に読まれた。
部外者で、一番に草田男に連絡を取ってきたのは、草田男の無二の親友であった楠本陸男の弟で、雑誌編集者の海彦であった。
内容があまりにも辛辣だ、これで何も返さなかったら、小奈良燃圓の沽券に関わる。と一方的に、こちらの肩を持ってくれた。
初読時には、怒りに我を忘れたほどであったが、一晩明けると意外なほど冷静になっていた。
意外になった頭で、恵美に相談を持ちかけてきた。

ところで、あの一件以来、双方ともにあまり燃圓の仕事に関しては介入しないようになった。
別に、恵美に否があるわけではなく、これは草田男が心に決めたのである。
恵美はもともと積極的に関わっていたわけではないし、草田男の心持ちを敏感に察知しただけであった。

恵美は驚くほど冷静だったが、草田男と立起との因縁をよく知っていたから、ここが二人にとっての重要な転換地点になるだろうことはわかった。
ここは、思い切ってやるべきではないかしら。とひと言だけだった。
草田男も、来るべきときが来たかと、心を決めた。

48.Costa Rica

2007-08-24 22:56:46 | 『万国巡覧記』

コスタリカ共和国
(Republic of Costa Rica)


1.面 積  51,100平方キロメートル
2.人 口  430万人(2004年国勢調査局)
3.首 都  サンホセ
4.民 族  スペイン系及び先住民との混血95%、アフリカ系3%、先住民他2%
5.言 語  スペイン語
6.宗 教  カトリック(国教、但し信教の自由あり)
7.主要産業 農業(コーヒー、バナナ、パイナップル、観葉植物)、製造業(集積回路、医療品、加工食品)、観光業
8.GDP 22,246百万ドル(2006年 中銀)
9.一人当たりGDP 4,877ドル(2006年 中銀)
10.通貨・為替レート コロン(¢)、1米ドル=512.50¢(2006年平均)
11.3文字コード ISO/CRI、IOC&FIFA/CRC
(外務省HP)

コスタリカといえば、日本と並び、軍隊を保有していない国として知られていますね。
まぁ歴史的な変遷も、ほかの中米の国々と変わらなかったりします。
中央アメリカを「南北アメリカをつなぐ陸地」という狭義の意味で捉えますと、実はベリーズ以来ということで、実に久しぶりです。
16世紀初頭にコロンバスが漂着し、1570年にはスペインの占領下に入ります。
1821年に、中央アメリカ連邦の一員として独立を成し遂げますが、1848年には連邦が瓦解。正式に独立共和国となりました。
20世紀には親米路線を邁進し、1941年の真珠湾攻撃の際には、当のアメリカに先駆けて枢軸国側に対して宣戦布告を行いました。
コスタリカが、非武装中立国の宣言を出したのは、1983年。モンヘ(1925~)大統領のときでした。
その背景にあるのは、東西冷戦であることは間違いのないところです。
ところで、コスタリカで憲法が制定されるのは1949年のこと。その後、66回の憲法改正が行われているそうですが、この非武装の項目にはノータッチだそうです。
ここのところ、日本も見習えばいいと思うのですが。いかがでしょう。

さて、やや下世話な話になりますが、コスタリカといえば、美男美女の多い国として有名です。
中南米の「3C」と、よく言われます。
すなわち、チリ(Chile)、コロンビア(Colombia)と、そしてコスタリカです。
中には、キューバを含める人もいるそうですが、まぁまぁそれは置いておいて。
それぞれ美人の基準は違うようですので、一概にどこどこの国の人間がとびきり美人だなぁなどとは言えないようです。
わたしなんかは、別に金髪の美女でなければ屁も出ぬというわけでなく、ましてやそういう人たちと知り合うきっかけがあるわけでもなく。
もっぱら日本人が好きなので、「3C」などという話を聞いても、ふーんぐらいにしか思いませんし、別段興味も引かれません。
まぁわたし自身、ひどい顔ですので、他人の顔をどうこういうこともできませんので。
こういう話は…、まあ自分の心の中でだけにしておきましょう。


もしも、横浜がこんな負け方をしたら…

2007-08-23 21:49:22 | 野球
30得点で大勝=大リーグ110年ぶり(時事通信) - goo ニュース

どうなってしまうんでしょうね。
ファンをやめてしまうかもしれません。
いや、でも。それでもファンはやめないでしょうね。
それが、ファンてものなのかも知れません。

わたしの携帯には、前日どんな悪い負け方をしようが、大量得点で負けようが、その日の横浜ベイスターズの試合結果速報が配信されてきます。
憤慨はするかも知れませんが、しかし許してしまうものなのでしょう。
一勝一敗に一喜一憂するのが、スポーツファンの醍醐味なのだと思います。

彦根名物。

2007-08-21 22:58:41 | 
先日、彦根に行ってきての感想の続きを書きたいと思います。
彦根はよいとこですよ。
琵琶湖は広いし、お城はあるし。
城近辺の買い物スポットも充実しています。
しかし、何でしょう。ちょっとして物足りなさを感じてしまいました。
その物足りなさとは何かを考えたときに、それは食べ物にあるのではないかと思ったのです。
彦根は、これこそ彦根だ!という食べ物がないんですよね。まあ、甲府もそうなのですが。

え? 彦根には近江牛があるし、甲府にはほうとうがあるではないかと?
うーん、ほうとうは地元なので、もしかしたら自分の目には名物に映っていないのかも知れません。
しかし、彦根には、「これぞ彦根」といえる食べ物が見あたらなかったんですよね。
近江牛は、彦根というよりも滋賀の名産ですし。
ふなずしなんかも目についたのですが、やはりこれも近江名物で、彦根名物ではない気がしますね。
だから、新しく彦根の名物を作ることが必要なのではないかと思うのです。
…まぁ俗に言うご当地グルメというやつですが。
新しく作られたグルメもたくさんありますし、それが長いスパンで見て、定着するかどうかというのもわからないのですが、でも伊奈のローメンなんか見ても、住民に長らく愛される名物を作ってみてはどうかと思います。
彦根の名産を食材に使って、レシピなんかも公開して、いろんなバリエーションを作ってくれるように奨励して。
作ってみれば、面白いんじゃないかなと思うんです。

…まぁ、先に甲府を何とかしなければいけませんよね。
ほうとうじゃぁ…ちょっとなあと。
わたしは思うんですけどね。

久しぶりに

2007-08-20 23:26:27 | 
職場に行ってきました。
…やはり、太ったらしいです。
わたしは基本的には体重計には乗らない人間なので、何キロぐらい太ったかはわかりませんが、まぁ自分でも太ったと思うような生活態度でしたよ。
はぁ…悩みばかり増えます。
悩みに反比例して、体重でも減ってくれればよいのですが。

欽ちゃんが、走った。

2007-08-19 20:49:07 | 
残念ながら、萩本欽一(1941~)さんが時間内にゴールすることはできませんでした。

わたしは、芸能人という方々に出会うことは非常にまれで、好きな歌手やタレントも居ませんので、イベントに出かけるということもありません。
ところが、そんなわたしがあったことがある数少ない芸能人の一人が、実は萩本欽一さんだったりします。

みなさんもよくご存知の、茨城ゴールデンゴールズが山梨・甲府の小瀬球場にやってきたときのことでした。
別に、友達を誘うでもなく、知り合いが試合に出るわけでもないのですが、好奇心一つで見に出かけました。
2005年のゴールデンウィークだったと思います。
試合の結果すら忘れてしまいましたが、確か茨城ゴールデンゴールズが大勝したような気がします。
そして、試合後に外のグッズ販売のテントで、何か買おうかとぶらぶらしておりますと、係員の方が「欽ちゃんのサイン会を行っておりまーす」なんて騒いでいたので、急いでサイン用のボールを買って、列に並びました。
サインをしてもらいました。
別に会話は交わしませんでしたが、欽ちゃんはテレビで見るよりもずっとお年寄りでしたよ。

さて、少々遅刻はしたようですが、何はともあれ大事なく着いたようですね。
よかった、よかった。
さぁ、これで今年の24時間テレビも終わりました。
夏も、もう終わりです。今度は冬休みですなぁ。

首を絞めてみる。

2007-08-17 21:37:27 | 
わかりませんが、もしかしたら、近々また下らない企画を立ち上げるかも知れません。
いえ、なんの準備もしてないんですけどね。
たぶん、企画倒れになりそうなことはわかっているんですけどね。
まぁ…まぁまぁ、ぼちぼちやっていこうと思います。
それが、自分の首を絞めることは、重々承知しております…。