さじかげんだと思うわけッ!

日々思うことあれこれ。
風のようにそよそよと。
雲のようにのんびりと。

三十五

2007-01-31 21:34:58 | 『おなら小説家』
立起の欠点は、そのうちに経験や技術でまかなわれて仕舞うであろう。
しかし、それではもう手遅れである。いつか行き詰まってしまうことは間違いない。
熟考し、意識して書くと言うことを彼に教えねばならぬと考えていた草田男だったが、とうとうこの男の心の扉をこじ開けることはできなかった。
草田男の真意を知らずに、立起は卒業していったのだった。
Y県の山々はまだ白と焦げ茶のまだら模様が目立ち、ばけつに張った氷も厚くなかなか溶けない日が続いていた。

半年後。
立起が卒業して以降、この半年の間に短編を数本発表したが、どれもいまいちな出来だったのは妻・恵美のせいではない。
草田男の考えが、立起に傾倒していたからである。
その後、同好会員の多くは大学へと進み、それぞれの道の選択の時を迎えていた。
今は同好会は二代目会長が仕切っているが、みな誰もが立起ほどの才能を有してはいなかった。
草田男にとってはそれがうれしくあり、また悲しくもあった。
悶々とした日々を続けていた11月のある日、恵美が旅行に行きましょうといってきた。
ちょうど連載も一段落付き、息抜きができる時期だった。
鬱々としていた草田男は快諾した。

行き先は、恵美の発案で北海道に決まった。
寒いときに暖かいところにばかりいるので、心が落ち込むのですよと恵美はいい、そういうときには、ちゃんとした人間の時節というものを取り戻さねばならぬのですともいった。そういうものかと思って、草田男は了承した。
二人が北海道へと発ったのは、その年の12月1日のことであった。

悪夢の下顎第三大臼歯

2007-01-30 23:53:43 | 
嫌いなものは数あれど、とりわけ嫌いなのは歯医者と注射です。
もうこんな話をするのもいやになるくらい嫌いなわけですが、それが祟って重度の虫歯が判明してはや3年。
治療がとぎれとぎれになっているのも悪いのですが、もともと歯が奇形っぽいので治療に手間取っているようです。
それにもまして、問題なのは下顎第三大臼歯および上顎第三大臼歯でした。
まぁ…俗に言う「親不知」なのですが。
よくある横に生えたというやつで、抜かざるを得ない状況でした。

そして、今日抜いてきました。
抜くときは痛くはないのですが、麻酔が切れてからが…。
というわけで、しばらくはあめ玉程度に頬がはれるということで、鬱々とした日々が続くことでしょう…。

「インテル、入ってる?」

2007-01-29 23:10:27 | 

「インテル、はいってる」
というキャッチコピー。
このキャッチコピーはものすごいなぁと思っています。わたしの中では十本指に入ります。
いや、キャッチコピーとしては至って普通だと思うのですが、問題はその訳しかたが大変うまいものだなぁと感心しきりなのです。

インテルといえば、アメリカ・カリフォルニア州サンタクララに本社を置く世界的な半導体メーカーですね。
パソコンの中身についてはとんと疎いわたしですが、テレビなどで盛んに流されているCMなどでその名を知るところです。
ちなみに、日本の本社は茨城県つくば市にあります。

まぁわたしの使っているパソコンにもインテル製の部品が組み込まれているようで、キーボードの脇に「intel inside」のステッカーが貼ってあります。
「intel inside」。
韻を踏んでいて、しかも聞きやすく理解しやすいすばらしいキャッチコピーですね。
これを、日本語に訳せばどうなるでしょう。
わたしのような人間に任せられれば「インテル入り」とかいう、不明なことをいうでしょう。
しかし、日本版コピーを考えたコピーライターの人は大変すばらしかったのです。
英語版の韻とわかりやすさ、親しみやすさを損なわずに訳しきったのです。
それが、
「インテル、入ってる?」
です。

「インテル、入ってる?」ですよ。わたしではとうてい考えつかないような、すばらしいものだと思うのです。
しかし…いつも通りなのですが、わたしのいうことは多くの人には受け入れられません。
「ふーん。それで?」で終わってしまうのです。

素晴らしいキャッチコピーだと思うのですが…。


ジグソーパズルをやる。

2007-01-28 22:55:24 | 
何年かぶりに、ジグソーパズルというものをやっています。
最初にはまったのは小学生のころでしたか。
100ピースから始まって、300ピース、500ピースと順調に作り上げていって、1000ピースでとうとう力が果てて完成できずじまい。
あえなく処分されてしまいました。

この年にして、脳細胞活性化のために何かしてみようと思い立ちました。
書写が流行っているみたいですが、わたしはどうにも字を書くことに安息を見出すことができない人間でしたので、まず書写は断念。
塗り絵も昨今流行ってみます。わたしは芸術に関心がありますし、見るのも描くのも好きです。
もちろん、塗り絵というものも嫌いではないのですが、やはりどうにもやろうという気になりません。
またペンシルパズルなどの類も好きなのですが、最終的にはイラッときてふーんで終わるので、これはリラックスにはならないかなと。

そこで、あるときにある人からジグソーパズルをもらいまして、じゃあいい機会だから再びやってみるかと。
で、今やっているわけです。
しかし、思うんですよ。
作り終わったらどうしようかと。

わたしはプラモデルとかが好きなんですが、買おうとは思いません。思っても手が出ません。
なぜなら、作ったあとに飾る場所がないからです。
ジグソーパズルも同じ理由で、小学生以来なかなか手を出しませんでした。
でも、ジグソーパズルはほぼ平面ですからいいんですが、プラモデルになりますと立体ですし、もろいものですから飾る場所を選ばなければいけません。
プラモデルとかジグソーパズルってのは、作る過程が楽しみの8割を占めると思うのですが、しかし作り終わったあとのことも考えなくてはいけないと思うのです。
ゴミのポイ捨てと変わりありませんものね。

まぁうだうだと書きましたが、とにかく今はジグソーパズルを作ることに没頭しているわけです。
またできたらお知らせしましょう。

25.Bosnia and Herzegovina

2007-01-27 21:51:53 | 『万国巡覧記』

ボスニア・ヘルツェゴビナ
(Bosnia and Herzegovina)

1.面 積  5.1万km2 
2.人 口  438万人(91年調査。国外に多くの難民がおり、国内の人口はこれよりもかなり少ない)
3.首 都  サラエボ
4.言 語  ボスニア語、セルビア語、クロアチア語
5.宗 教  イスラム教、セルビア正教、カトリック
6.主要産業  木材業、鉱業、繊維業、電力
7.GDP  70億ドル(04年)
8.1人当たり 1,732ドル(04年)
9.通貨  これまではドイツ・マルクが広く流通していたが、97年7月より国内統一通貨(兌換マルク)が発行されている。
(注)ボスニアは、紛争の影響で正常な経済運営がなされておらず、依然多くを国際社会の援助に頼っているのが現状。
10.3文字コード BIH
(外務省HP)

暗くて、深い歴史がある国。そして近現代史上、ターニングポイントとなった国。
それが、ボスニア・ヘルツェゴビナです。
1992年にユーゴスラビアからの独立を機に始まった内戦によって疲弊した国内も、国連の調停の下民族紛争が終結(ディトン和平、1995)して以降、各国支援もあって順調に回復しているようです。
この国は、ディトン和平以後、ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦とスルプスカ共和国の連合国家となりました。
また首都サラエボといえば、第一次世界大戦の原因の一つとなったサライェヴォ事件(1914)が有名ですね。
しかし、暗い話はやめにしましょう。

さて、昨今有名なボスニア・ヘルツェゴビナ出身の人物といえば、日本代表監督のイビチャ・オシムさんでしょうか。
1941年にサラエボで生を受けたオシムさんは、1960年から地元のサッカークラブでプロのキャリアをスタートしました。
絶大なテクニックとセンスに恵まれ、その独特のリズムから「シュトラウス」(ヨハン・シュトラウス2世(1825~1899)から)とあだ名されたと言います。
1964年にはユーゴスラビア代表として東京オリンピックに出場。このとき以来、大の親日家になりました。
1978年に引退し、その後はサッカー指導者として成功を収めます。
2006年に日本代表監督に就任し、まずは今年のアジアカップ制覇目指して努力を重ねているところです。
ユーゴスラビア紛争では家族と分断されるなど、オシムさんもかなりの苦労されたと言いますが、持ち前のユーモアと誠実で理知的な性格で、今の成功を勝ち取れているものと思います。

きっと、サッカー日本代表もユーモアと誠実・理知を突き詰めれば、アジア王者も夢ではないでしょう。
ぜひ、がんばってもらいたいと思います。


三十四

2007-01-26 23:25:52 | 『おなら小説家』
同好会員の多くは大学の進学を望んでいたので、作品を応募した8月の時点で3年生は事実上引退ということになっていたが、結果が発表されたというので、2ヶ月ぶりに同好会員が一堂に会した。
ただ一人、前会長の斧子根立起を除いては。

須飼の話だと、その後相当に落ち込み一時は学校にも来なかったという。今は勉強のために来ているようだが、同好会には顔を出していないらしい。
衝撃だったのかも知れませんね。と須飼はいっていたが、そんなものではないだろうと草田男は思っていた。
自分よりも技術のレベルが低い人間の作品が認められ、本来あるべき地位を奪われてしまう…これほどの恥辱はありえない。
もともと口数の少ない男ではあったから、あちこちに自分の実力を吹聴するようなことはしていなかっただろうが、反面自分の中では鬼の顔をした誇りや自負といったものがあったに違いない。
その鬼は、もろくも砕かれてしまった。
しばらくは勉強も手に着かないはずである。
しかし、やることを見付けなければ、何かの衝動に駆られてしまうのだろう。
そのはけ口としての、受験勉強であった。
草田男は、この天才を世に羽ばたかせるためにも、話をしなければならないと思った。

須飼に無理を聞いてもらって、立起を呼び出してもらった。
二人は、中庭のベンチに腰を下ろし、話をした。
内容は、ずばり斧子根の小説に足りないものは何かと言うことであった。
いいづらいことではあったが、そこは元・遣り手実業家である。うまく伝えたつもりだった。
立起はいちおうは頷きながら話を聞いていたが、その目の奥には納得のいかない色があった。彼はそういう頑なな男であった。
彼には才能があった。しかし、精神が足りていないと草田男は考えていた。熟考が必要であったし、読む人を意識する必要があった。
しかし、才能があるがために、考える必要がなかったのである。だが、それでは認められない世界が文学の世界である。
それが選考されなかった、決定的な理由であったと考えていた。

○○力

2007-01-25 22:57:07 | 
この画像は、先日19日のgooのトップの画像です。
注目して欲しいのは、「検索で知るコトバ」のところです。
様々なコトバが紹介されている中で、一番はじめに「○○力」と出ているのがわかるでしょうか。
つまり、自分で“○○”に当てはまるコトバを考えてみなさいということでしょうか。
そこで考えました。“○○”には何が入るだろうかと。
そして、「○○力」の“○○”に入るコトバ…一番はじめに思い浮かんだのは

「長州小力」

でした。
わたしは最初に、このコトバを見たときにあとに続いている「日本語力」とか「常識力」とかが目に入っていなかったんですね。
しかも、その直後に、
「○○って二文字じゃん。長州小力じゃなくて、長州力だな。しかし、こんなことを考えさせて…無意味な」
などと、間違いに気づかずにお馬鹿なことを引き続いて考えていたのでした。
まぁそのあとに続くコトバを見て、
「なんだ“りき”じゃなくて“りょく”って読むのか」
と少しがっかりもしていたのでした。

まぁ無意味なのは、わたしのお馬鹿な考えだったということでしょうか。

久しぶりに野球の話題を

2007-01-24 22:46:55 | 野球
シーズン終了以後、めっきり途絶えていた野球について…まぁ主に横浜ベイスターズについてですが…お話をしましょう。
昨シーズンに始まったことではありませんし、それが原因というわけでもないのでしょうが、横浜の投手力の弱さはいかんともしがたいものがあります。
前にも書きましたが、ベテランから中堅・若手へのバトンタッチがうまくいってないんだと思うのです。
なので、いかにその谷間を埋めていくかが今年の課題だと思っています。
そこはそこ、智将大矢明彦新監督のもと、改善されていくように思います。

この冬には、横浜に絡んだ衝撃的な移籍がありました。
まず、福岡ソフトバンクホークスとの間で、「ハマの和製大砲」多村仁外野手とドラフト当時は豪腕ピッチャーとして名をはせた寺原隼人投手との、電撃トレード。
これはびっくりしましたが、互いのチームの望むものが見事に一致した、すばらしいトレードと思います。
また、読売ジャイアンツからは二人のベテランがやってきました。
仁志敏久内野手と工藤公康投手です。
二人とも経験豊富な、若手の手本となりうる優秀な選手ですから、自身の成績とともに何とかうまくいくように架け橋になってもらいたいと思います。

個人的には、今期も厳しい戦いが続くことと予想しています。
しかし、今期がんばれば、来季へと確実に繋がっていくのです。
なんて来季の話をしていると、鬼がへそで茶を沸かしてしまいますね。

24.Bolivia

2007-01-23 21:51:01 | 『万国巡覧記』

ボリビア共和国 
(Republic of Bolivia)

1.面 積  109万8581km2(日本の約3倍)
2.人 口  871万人(2002年)
3.首 都  ラパス(法律上の首都はスクレ)
4.人 種  インディオ55%、混血32%、欧州系13%
5.言 語  スペイン語(他にケチュア語、アイマラ語)
6.宗 教  カトリック教
7.主要産業 鉱業(亜鉛、錫、金)、農業(大豆、木材、砂糖)
8.GNI  8,656百万米ドル(2004年世銀)
9.一人当たり GNI 960米ドル(2004年世銀)
10.通貨 ボリビアーノ
11.為替レート 1米ドル=8.04ボリビアーノス(2006年1月)
12.3文字コード BOL
(外務省HP)

今回は、南米・ボリビアです。
ラテンアメリカに大きな影響を与えた独立指導者シモン・ボリバル(1783~1830)によるその国名の通り、南米でも屈指の大国です。
世界27番目、南米大陸では8番目の面積を有する国土は、大きく三つの地方に分けられます。
一つはチリ・ペルー寄りのアルティプラーノ地域、一つはブラジル・パラグアイ寄りのリャノ地域、そしてその中間に位置するバジェ地域です。
文化的には西のアルティプラーノ地域ではアンデス色が色濃く、東のリャノ地域はアマゾンに近いこともあり、実に活発的です。

さて、日本では以前は7月20日、2003年からは7月の第三月曜日と言えば何の日か覚えていますか。
「海の日」ですね。その制定理由は、「海の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本の繁栄を願う」日だそうです。
その海の日ですが、実はボリビアにも海の日があります。残念ながら、その制定理由は日本のように平和なものではないのですが。
ところで、ボリビアには海がありません。
ブラジル・アルゼンチン・ペルー・チリ・パラグアイに囲まれた、れっきとして内陸国です。
日本は四方を海に囲まれた島国ですから、「海の日」といってもまぁしょうがないかなと思うのですが、なぜ内陸国のボリビアで「海の日」なのでしょう。
その理由は、実に120年ほども遡らなければ成りません。

ボリビアが、スペインから独立したのは1825年のことです。
それまでアルト・ペルー(北ペルー)と呼ばれていた地域が、将軍アントニオ・ホセ・デ・クルス(1795~1830)とその盟友シモン・ボリバルにより、独立することができました。
そのころのボリビアは広範囲の土地を領しており、太平洋沿岸部も領地に含んでいました。
つまり、昔は海があったんですね。
その数年前には、隣国チリが独立(1818)しており、チリとペルー・ボリビアはその主権をめぐって、激しく対立していました。
特に硝石などの鉱山に関しては、課税をかけたり、イギリスの手を借りたり、採掘企業を買収したりと、激しい駆け引きが繰り広げられていました。
その駆け引きは、やがて戦争に発展。1879年、ペルー・ボリビア同盟はチリに対して宣戦を布告しました。
陸の軍隊では勝っていたペルー・ボリビア同盟でしたが、しかし致命的なことに、ボリビアは海軍がなかったのです。
相手は、百戦錬磨のイギリス海軍に指導を受けているチリ海軍です。ペルー一国の海軍では太刀打ちできず、とうとう制海権を取られてしまいます。
制海権を取られたペルーは次々にチリ軍の上陸を許し、1884年1月に降伏。翌年にはボリビアも休戦に同意し、この戦争は終結しました。
そして、バルパライソ条約(1884)により、ボリビアは沿岸部の土地を取り上げられ、内陸国になってしまったのです。

ボリビアはこの条約を不当と考え、毎年3月23日を「海の日」とし、この時期になると「海を取り戻そうキャンペーン」を繰り広げているそうです。
ちなみに、この戦争を「太平洋戦争」といいボリビア史上の重点だそうです。
そこのところも、日本と似ていますね。…似ているのは、名前だけではなさそうですが。


近々、名古屋へいきます。

2007-01-22 23:23:13 | 
名古屋というところには、生まれてから一度も「滞在」をしたことがなかったのですが、2月のはじめに大学の時の同期会があるというのでいくことになっています。
知らない人と話をするのは苦手なわたしですが、知らない土地に赴くことは嫌いではありません。
ただ人混みが好きな方ではないので、あまり人がわらわらといますと、人に酔います。
東京などにいきますと、頭がくらくらしてきます。
だから、都会には住めないと思っています。
しかし、住めば都とも言いますから、そのうちにその人混みにもなれてしまうものなのかもしれません。
まぁとにかく滞在は一日二日ですので、空気にはなれても人混みにはなれないと思います。

さて、名古屋といえば名物がたくさんありますので、今からどうしようかと計画を練っているところです。
そのうちにまた、名古屋訪問記でも書きましょうかね。