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新婚旅行事始め?

2008-10-19 23:02:09 | 

日本初の新婚旅行は小松帯刀?通説“龍馬”に異論登場(読売新聞) - goo ニュース

日本最初の新婚旅行といえば、幕末に坂本龍馬(1835~67年)と妻のお龍が鹿児島県霧島市の温泉を訪れたのが定説になっている。しかし、龍馬の盟友で、NHK大河ドラマ「篤姫」に登場する薩摩藩家老・小松帯刀(1835~70年)の方がもっと早かったとの説が登場し、話題になりつつある。

坂本龍馬が鹿児島を訪れたのは、1866年のことです。
実際はよくわかりませんが、龍馬はとにかく旧態然とした社会構造のままだと欧州列強に征服されることを危惧していました。
その方法論として、平和裏に政権を交代させるか、それとも幕府を完膚無きまでに叩きのめし、その上で政権を奪い取るかと。そのどちらかだったわけです。
で、のちの歴史が示すように、薩長主導による戊辰戦争を経て、本格的な明治期へと向かうわけですが、龍馬はどちらかといえば穏健派だったと。
なぜなら、龍馬は江戸に剣術修行に出ており、江戸に知り合いが多かったこと。
また敵である幕臣の中にも、ゆかりのある人物がいたからです。
ということは、実は龍馬の立場は非常に微妙だったわけですね。
まず幕府そのものを倒そうという目的はあるわけですから、幕府から見ても敵。
目的は同じでも方法が違っているので、薩長とも敵になりうる状態でした。

そんなおり、1866年の1月。薩長同盟が秘密のうちに成立しました。
その年の2月。倒幕を企むお尋ね者だった龍馬は、寺田屋に宿泊中、幕府の捕吏に取り囲まれます。
恋人だったおりょうの機転と、槍の名手の三吉慎三(1831~1901)の活躍により、何とか窮地を脱しますが、重傷を負ってしまいます。
龍馬の状況を危惧した西郷隆盛(1828~1877)は、彼を鹿児島に招待し、休養させます。
そのときにおりょうも付き添い、その一連の鹿児島観光が日本初の新婚旅行だったのではないかといわれていたんですね。

そこには、小松が妻のお近と結婚して3か月後の1856年(安政3年)4月23日から5月6日まで、霧島市にある「栄之尾温泉」にお近と滞在したことが記されていた。これは、龍馬夫妻の霧島旅行より10年早い。
ただし、養父であるお近の父が病気療養のために同行しており、夫婦水入らずではなかった。「家族旅行」とも解釈できそうだが、東川さんは「結婚直後なので、小松には新婚旅行という明確な意図があったと思う」と自信たっぷりだ。

と、新しい説が出てきたそうで。
まぁわたしとしては、小松帯刀にスポットが当たることはうれしいことですけどね。