
昨日、予定通りにカタクリ峠に行ってきた。実に良かった。
それは一寸措いて、今年はカタクリの株が増えただけでなく、そのうち4株も花が咲いた。一番有望視していた株はモグラにやられて芽すら出さなかったのに、あまり期待していなかった株が立派に成長してくれた。
50種以上もあった山野草の大半が姿を消し、ある事情で手に入れた10鉢を超す立派な盆栽も3年ほど前に冬を越せずに枯らしてしまった。それでも、気の毒には思ったが、あまり落ち込むことはなかった。
山野草は環境に合わなかったのだと思えばよかったし、盆栽の方は一人暮らしでは毎日欠かさず水をやるのが難しかった。根切、土替え、肥培、そして整枝、冬を前にして土の中に埋め、春になったら掘り起こすというのも手のかかる仕事で、そんなことを感じたり、思ったりする者に盆栽は相応しくなかったと反省し、終わりとした。
それでも東京時代を含めれば、盆栽はかれこれ20年以上はやったことになる。信州へ帰るに当たっては犬を飼い、そして盆栽を再開することが最大の楽しみだった。
恐らく、充分に手をかけてやれずに駄目にした草木に対する罪滅ぼしの気持ちもあって、残った幾種類かの山野草、それと新顔のカタクリに、これほど執着するのだろう。

片葉のカタクリ

サンショウウオの棲む渓
あの峠から下りつつ目にした山また山、深く切れ込んだ渓また渓、日の光が溢れた暖かそうな自然の落葉林に赤松の人工林が混ざる山腹といった気持ちの和む風景が次々と現れ、明るい谷の底ではサンショウウオやヤマメ、イワナの泳ぐ透き通った流れと出会い、谷の中から見上げた早春の空の青さも加えると、あの山域には春の山に望むものが何でもあるような気がした。
帰り、M君と別れた後に福与城に立ち寄り、訪れる人のいない満開の桜をTDS君と見てきた。本日はこの辺で。