靴下にはそっとオレンジを忍ばせて

南米出身の夫とアラスカで二男三女を育てる日々、書き留めておきたいこと。

小説「砂漠の紅」(仮題)2、推敲中

2011-07-29 23:59:28 | 詩・フィクション・ノンフィクション・俳句
 額に不思議な感覚がする。その感覚は額から両側の耳へと二手に分かれていく。顔の側面を伝う流れに、もう枯れてしまった涙を思い出す。額に感じているのは『水』なのだろうか。砂漠の真ん中で? ああ、境界を越えてしまったのだろうか。こんなにするりと? ここはあちらの世界? 

 まぶたをゆっくりと開いていく。目の前に顔が二つある。

「あらっ、生きてるじゃない!」

 上唇の少し上に髭を生やした男が叫ぶ。そして私を挟んで反対側にしゃがみこんでいる白髪の男と、ほっとした様子で顔を見合わせた。

「あんた、こんなところで何してんのよ?」

 眉間に皺をよせ少し顎を突き出しながら髭の男が言う。

「あ、太陽に当たってて」

 私は瞬きを繰り返しながら、自分でも間抜けな感じだと思いながら答える。

「はあ~?」

 髭の男は大きく開けた口をゆがめてそう言うと、もう一人の初老の男の方を見て肩をすくめた。

「あ、太陽に当たるために砂漠に来たんです。日本から」

 着飾ることを忘れた言葉しか出てこない自分に気がつく。不意に起こされたためか、砂しか見えない景色のせいか、それとも普段しゃべりなれない英語だからか。

「てったってねあんた、死んじゃうわよ、こんなとこでこんなことしてたら」

 髭の男はそう言いながらスチール製の水筒を差し出し、少し頷くようにして私に飲むよう促す。私は上半身を起こし、水筒の中で揺れる水を飲んだ。髭の男は私の横顔をじっと見つめている。

「あんたさ、砂漠で死ぬってことがどんなことか分かってる? 苦しいなんてもんじゃないのよ~、体中の水分が干上がってくんだから、悶えて悶えてやっと死ねるのよ」

 髭の男は砂で覆われた地平線に視線を移しながら言う。

「火にあぶられるよりは楽かな」

 私は記憶の中にじっと佇んでいるような男の表情を見ながら、つぶやくように言った。

「どうなんだろ。私は砂漠の隣で育ったから何人も見てきたわ、砂漠で死んだ人を」

 男は火にあぶられることについてなんて考えたこともないけれど考えたいとも思わない、というような口ぶりで言う。私はうつむいて黙っている。

「私たちの住んでるところもね、太陽が遠いのよ。こんなに近く強く感じられないの。だからわかる気がするわ、あんたの言う『太陽に当たりに来た』っていうの。でもね、『当たり方』ってのがあるんだから」

 男は記憶の扉をパタンと閉めたかのように少しトーンを変えた声でそう言うと、私の顔を覗き込みながら言った。

「太陽が遠い?」

 私は顔を上げ、髭の男と同じ高さに目線を合わせて聞く。

「そう、だからねエリックと二人でここに来たのよ。バケーションよ。私にとっては里帰りだけれどね。南の明るさのなかで一気に元気になりに来たの」

 男は少し頬のこけたもう一人の男の方をしばらく見つめてそう言うと、顔を上に向け雲ひとつない空を抱きかかえるかのように両腕を広げた。



(続く)


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2 コメント

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Unknown (旅人パンダ)
2011-07-30 12:06:40
パンダも文章書いてみようかな~!
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旅人パンダさんへ、コメントありがとうございます! (マチカ)
2011-07-31 23:46:47
そう思われるなら是非! パンダさんの書かれるもの、楽しみにしてます!
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