雑文の旅

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猫爺の連続小説「賢吉捕物帖」第七回 温情ある占い師2 (原稿用紙20枚)

2015-11-25 | 長編小説
 相も変わらず、占い堂は人気を集めて依頼者の列ができていた。右吉と賢吉は、こっそりと列の最後尾に並び、おとなしく順番を待っていたのだが、占い師陣容の一人が気付いて近寄ってきた。
   「お役人さん、また見張りでございますか? 私どもは何も不正はしおりません」
   「いや見張りではない、昨夜成松屋へ盗賊が押し入ったので、その隠れ処を占って貰おうと思うのだ」
 何と横着な目明しであるが、相手の反応を見ているのだ。賢吉が、男の顔色を窺っていたが、動揺している気配はなかった。
   「さようでしたか、物騒でございますね、先生ならきっと何か手掛かりを見つけましょう」
 男は引き下がり、お堂の中へ消えた。占い師に報告を入れる為だろう。やがて順番がきて、右吉たちは呼び込まれた。

   「恐ろしいことです、それでお店の方々はご無事でしたか?」
 占い師は、その答えを知っていながら訊いている様子であった。
   「ただ一人として命を取られることも、傷付けられることもなく、全財産を持ち去ることもありませんでした」
   「それは不幸中の幸いでした」
   「非道働きが多いなかで、情のある盗賊です」
 占い師の口元が緩むのを、賢吉は見逃さなかった。
   「それで、何を占いましょうか?」
   「盗賊の手掛かりです、隠れ処などが分かればよいのですが」
 占い師はさっそく瞑目して、暫くはそのままで身動ぎもしなかった。再び目を見開くと、厳かに答口を開いた。
   「盗賊集団は、いま甲州街道に向かっています、早く手配なさるが良いでしょう」
   「甲州街道を、どこへ行くつもりでしょう」
   「甲府か、信濃か、それ以上のことは占いでは知ることが出来ません…」
   「ところで奪った千両箱は、持っていますか?」
 占い師は即答した。
   「たかだか千両箱三つです、置いてゆくこともないでしょう、担いでおります」
 聞いていた賢吉が、「早くお奉行に手配をして貰いましょう」と、右吉に耳打ちをしたが、それは占い師の耳にも届いているようであった。
   「わかりました、そんな物を担いでおれば直ぐに見付けられることでしょう、いや、お蔭を持ちまして、盗賊の集団を見つけたのも同然です」
 占い師は、黙って頷いた。
   「占い料は、如何程でしょうか」
   「個人であれば、五十文も戴ければよいのですが、あなたはお上の御用で参られたのですから、一両頂戴致します」
   「わかりました、わたし共はそんな大金は持っておりません、上司に払って頂きますので、どなたかに奉行所まで取りに来て戴けませんか」

 右吉たちの後から、「付け馬」が付いてくる。占い料などに執着しない集団なのに、奉行所の様子を探るためだろうか。賢吉が思い着くのは、奉行所が集団の正体を感づいているのではないか探ろうとしているのであろう。金を出す上役の言動など奉行所の空気に神経を注ぐに違いない。

 ただ歩いているだけではあるが、やはり男の足取りが軽い。コイツも忍びに違いないと賢吉は確信した。
   「右吉親分、親父が心配していると思うので、俺はここから家に帰ります」
 賢吉は、右吉に告げると、脱兎のごとく駆け出して行った。

 右吉と「付け馬」は、北町奉行所の門前に立つと、その前に二人の門番が立ちはだかった。
   「右吉、その男は?」
   「はい、今評判の占い師の陣容の方です」
   「長坂清心さまの言い付けで占って貰ったのですが、長坂さまから占い料を預かって行くのを忘れました…」
   「さようか、長坂さまは奥に居られる、入りなさい」
 普通なら、胡散臭い男を連れて行けば、おいそれと門内に入れてくれる筈はないのだが、どうやら賢吉が先回りをして話しておいたに違いない。

 門内に入ると、与力の長坂清心が待ち受けていた。
   「右吉、盗賊の行方を占って貰ったか」
   「はい、盗賊集団は、甲州街道を甲府か信濃方面に向かっているそうでございます」
   「千両箱を抱えて小仏関所までは、男の速足でも五日はかかるだろう、早馬を飛ばして関所に手配させよう」
 長坂は、思い出したように右吉に付いてきた男を見た。
   「ところで右吉、この御仁は?」
   「占い師集団の陣容の方で、わたしが占い料を払う金がなかったので、ここまでご足労願いました」
   「左様か、それはご苦労であった、いくら払えばよいのだ?」
   「一両頂戴致します」
   「では、これを…」
 長坂は用意した一両を出すと見せかけ、懐に忍ばせた懐剣を出して男に突き付けた。男は身軽に後方に跳び、懐に手を突っ込んで構えた。
   「いやあ、済まぬ、済まぬ、間違えてしまった、許してくれ」
 懐剣を懐に仕舞うと、小判を一枚出した。
   「一両で御座ったな」
 長坂が小判を差し出すと、用心しがら手を出した男のその手首を長坂が掴んだが、男はスルリと外すと長坂を睨みつけた。
   「何をするのだ」
   「其処許は、忍びで御座るな」
   「忍びならどうした」
   「成松屋を襲った盗賊も忍びの疑いがあるので、訊いてみただけで御座る」
 黙ってその場を去ろうとした男を、右吉が遮った。
   「尋ねたいことがある、暫し待たれよ」
 右吉、無意識で武士に戻っていた。尚も右吉を振り払い、逃げようとする男を、右吉は後から十手で羽交い絞めにした。すばしっこさでは男に敵わぬ右吉も、力では負けていなかった。
   「待てというのが分からぬか」
   「煩い、貴様俺を嵌めやがったな」
 そこへ、目明しの長次と同心が走り寄り、男をお縄にした。賢吉も植え込みの中から、ひょいと姿を出した。
   「成松屋の主人に、お店の信用に関わるから盗まれた千両箱の数は内密にしてくれと頼まれていて、誰も喋っていないのに占い師は千両箱三つと言ったのですよ」
   「それは占いで当てたのだ」
 男は暴れながら叫んだ。
   「黙れ! それにお前が忍びであることが怪しい、伊賀者の集団であろうが」
 男はいきなり着ているものの襟を噛もうとした。
   「そうはさせないぞ」
 長坂は言うと、男の着物の襟を懐剣で切り裂き、小さな紙袋を取り出した。中身は笹ケ森と呼ばれる猛毒の砒素である。安土桃山時代の「伊賀者」のしきたりが、江戸時代の今も受け継がれているのだ。しかし、このことで占い師の集団が盗賊であると長坂は確信した。自害をしてまでも守らなければならない程の秘密を、集団は抱えているのだ。
   「捕り方を引き連れて踏み込んでくれ」
 長坂は、古参の同心に命令した。
   「はっ、承知仕りました」
   「賢吉行くぞ、捕物をよく見ておくがよい」
   「はい」

 占い堂は、昼までの占いを終えて一旦扉を閉めたところだった。二人の男が表の掃除をしている。そこへ右吉と賢吉がやってきた。
   「今、朝の占いが終わったところです、半刻のちにお出でください」
 言葉は丁寧であるが、態度は横柄である。
   「いや、占って貰いに来たのではない、建物の中を調べる」
   「何故でございますか?」
   「成松屋で盗まれた千両箱を、ここに隠している疑いがある」
   「我々がその盗賊だと言われるのか」
   「まだ疑いだ、入るぞ」
   「何を証拠に言っておられる」
   「その証拠を探させて貰う」
   「そんな強引な」
 男二人は、何が何でも入れてなるものかと、立ちはだかった。何処かで様子を見ていた同心たち捕り方が集まってきた。それを見て、男たちは堂内の占い師のところへ駆け込んだ。

   「お待ちください、我らが盗賊だという根拠を見せて頂きたい」
 頭目であろう、占い師が仁王立ちになり、男たちがその両脇と後方を固めた。
   「建物の中のどこかに隠している筈だ」
   「筈だというだけで家探しをされても困る」
 同心の一人が占い師の前に進み出た。
   「お前たちの仲間が一人我らの手に内にある、忍びであると判明致した」
   「忍びは皆盗賊だと言われるか」
   「ヤツは、自害しようと致したぞ、ヤツが命を持って守ろうとした秘密は何だ」
   「我らに秘密などない、何かの間違いでしょう」
   「間違いかどうか、ここを家探しすれば分かることだ」
   「家探しをして、何も出ないときは何とされます」
   「その時は、お前たちは疑いが晴れる」
   「それだけですか、我らが被った屈辱と、落とした信用はどう償われる」
   「それは、何も出なかったときに改めて考えよう」
   「無茶な…」

 お堂とは言え荒ら家、大きな千両箱を隠す場所などそうは無かろうと侮ってかかったが見つからない。家探しする同心、長吉や右吉たちに焦りの色が出てきた。大口を叩いた手前、引っ込みが付かないのだ。
   「運び出して、他へ移したのだろうか」
 同心の一人が、諦め加減で呟いた。
   「賢吉はどう思う?」
 右吉が、考え込んでいる賢吉に声をかけた。賢吉は頼みの綱だったのだ。
   「ちょっと考えさせてください」
   「よし」
 占い師が、「それ見ろ」と言わんがごとくにやけている。

 縁の下も、天井裏も隅から隅まで探したが見つからなかった。押しかけた捕り方が諦めかけたとき、ようやく賢吉の顔が綻んだ。賢吉は、厠に目を付けたのだ。厠(かわや)とは便所のことで、当時は後架(こうか)とも言っていた。
   「わかった、厠ですよ」
   「厠も散々調べたぞ」
 与力の一人が憮然として言った。
   「糞尿も竹で突いて調べた」
   「違います、糞尿に沈めているのではありません」
 天井や壁をトントン叩いて調べたが、壁は厚みが無く、天井は屋根の傾斜がそのまま見えている。
   「壁は外に回ってみたが厚みはない」
   「天井も調べたぞ」
 賢吉は、床を拳で叩いて確信した。
   「足元ですよ、床に厚みがあっても、便器の囲いで気が付かないのです」
 占い師の薄ら笑いが消えた。それを賢吉は見逃さなかった。
   「例え釘付けしていようとも、何処か開くところがある筈です」
 床に羽目の蓋も無ければ、切れ込みらしき形跡もない。
   「床を壊しましょうか?」
 同心たちが壊そうと合意したところで、賢吉が待ったをかけた。
   「羽目の蓋が無ければ、床全体が蓋なのかも知れません」
 天井の付梁に縄をかけ、一端を厠の外へ、もう一端に身の軽い賢吉の腰に巻き付け、天井から賢吉がブラ下がり、「金隠し」を持ち上げた。床は周りにぴったりくっ付いていて重かったが、持ち上げることは出来た。
 千両箱は、三つだけではなかった。もう三つ、合計六箱が並べられていた。
   「賢吉良くやった、お手柄だ」
   「そんなことよりも、早く盗賊を捕まえてください」
 だが、遅かった。捕り方が気付いたときは、盗賊の一味は素早く逃げ去った後であった。

 後日、三千両は成松屋にはそっくり戻されたが、残りの三千両の出処が不明であった。江戸に、はそれに該当する被害届はなかったからだ。どこかの藩で奪った金を江戸に持ち込んだのであろうと、長坂清心は、京や浪花方面へ問い合わせするつもりだが、当面は奉行所預かりとした。気になるのは逃げた盗賊の集団である。

 長坂家の長男心太郎と剣道の手合わせをしていた賢吉は、屋敷に戻って来た長坂清心のもとに駆け寄った。
   「お帰りなさいませ、盗賊の手掛かりが見つかりましたか」
   「いや、さっぱりだ、ヤツらは金を取り戻す為に、再び成松屋を襲うかも知れぬ」
   「一度襲った商家を、もう一度襲いますか?」
   「金蔵の錠前は壊されていない、だが盗賊共が今後の為に鍵の形を写し取っていたとしたら、もう母屋を襲う必要はない、行き成り金蔵を開けて易々と千両箱が奪える、今度は我らへの面当てで六千両を奪うだろう」
   「長坂さまのお考えは分かりましたが、いつ成松屋を襲うかがわかりません」
   「そうだなぁ、一人や二人で張り付いても、相手は多勢だ、わしの押し当てで捕り方を幾日も張り付かせるわけには参るまい」
   「その前に、掴まっている仲間を助けに来ると思われませんか?」
   「猿轡を噛まされてまだ生かされていると分かれば、寧ろ殺しに来るだろう」
   「生かされて拷問を受けているという噂を広めましょう、きっと焦って事を急ぐでしょう」
 成松屋を襲うのが先か、掴まった仲間を殺しに来るのが先か、何れにせよここ数日のうちに動くに違いないと賢吉は睨んでいる。
   「長坂さま、成松屋は俺が小僧に入って見張ります」
   「賢吉一人では、大勢の盗賊に太刀打ち出来ぬではないか」
   「太刀打ちはしません、ちょっとでも不可解な出来事があれば、お知らせに来ます」
   「それで間に合うのか?」
   「盗賊が襲うまえに、きっと何かが起こります」
   「例えば?」
   「妙な客の探るような仕草とか、夜中に役人が見回りに訪れるとか」

 賢吉のは自信あり気である。長坂は奉行の許しを得て、成松屋に賢吉を張り付かせることにした。成松屋の主は、賢吉が子供であることが不安のようであったが、長坂に説得されて受け入れることにした。

 賢吉が見張り小僧になった翌日に、役人と思しき男が見回りに来た。
   「北町の与力、長坂清心である、今夜あたりに盗賊が取り戻された千両箱を再び奪いに来る恐れがある、深夜は我々が店の前に隠れて見張っているので安心致せ、決して取り乱すではないぞ」
 賢吉は長坂の声を知っている。明らかに偽者だ。番頭は、ペコペコ頭を下げて承っていた。賢吉は偽長坂の顔をしっかり見たところ、やはり占い師のところで見かけた記憶がある。賢吉は奉行所へ走った。

   「そうか、すぐに手配して貰おう」
 賢吉は奉行所に立ち戻り、右吉に報告した。右吉から長坂に、そして奉行へ伝えられて、同以下捕り方の手配万端、深夜になる前に少し離れたお店や、空き家などに隠れて、与力が率先して飛び出し、采配を振るのを待つ。

 真夜中過ぎに、成松屋の戸が叩かれた。
   「はい、何方さまでいらっしゃいますか?」
   「拙者だ、昼間声を掛けた北町の与力、長坂清心である」
   「はいはい、ただいまお開け致しますが、用心の為施錠致しましたので、暫くお待ちを」
 昼間応対した番頭が答えた。
   「何をしておる、捕物で怪我を致した者の傷口を洗ってやりたい、水を所望致す」
   「申し訳ございません、鍵はあるじが持っております、今呼びに行っております、今暫くお待ちを」
   「左様か、早くしてくれ」
 さらに待たせたので、焦れて戸を叩き続ける。
   「早くせんか、戸を壊すぞ」
   「あ、漸く主が参りました、ただいまお開けします」

 その時、急に表が騒がしくなった。「御用」「御用」の声とともに、十手の鉤で刀を受け止める音、刀の鎬を削る音が聞こえる。恐いもの見たさで、賢吉が戸の覗き窓を開いた。驚いたことに、右吉が刀を振り回している。十手では思い切り戦えず、賊の刀を奪ったようだ。
   「右吉親分は、やはり根っからの武士なのだ」
 右吉は水を得た魚の如くきびきびと立ち回り、峰打ちで次々と賊を倒していった。捕物が終わるとポイと刀を捨てて、涼しい顔で賢吉に合図を送ってきた。「もう出てきても良いぞ」という合図だ。
 右吉の様子を見ていた長坂は、「早く身を固めさせて武士に戻してやろう」と、密かに思うのであった。

 成松屋を襲おうとした盗賊は、悉くお縄になった。盗賊集団は奪った小判で、何を企んでいたのだろう。恐らく、この集団の他にも第二、第三の盗賊集団が存在するに違いないが、誰一人吐かぬままに処刑されて露と消えた。

 「賢吉捕物帖」第七回 温情ある占い師2 (終)

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