雑文の旅

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猫爺の連続小説「賢吉捕物帖」第六回 温情ある占い師 (原稿用紙17枚)

2015-11-09 | 長編小説
 北の与力、長坂清心の屋敷に居候している元武士桐藤右近(とうどううこん)こと駆け出しの目明し右吉(うきち)は、朝早く賢吉の声に起こされた。
   「凄い占い師が江戸にやって来て、貧しい人からは料金をとらずに占ってくれるのです」
   「賢吉、金持には高額を吹っ掛けるのだろう」
   「出張って占うので、ほんの出張料程度でよく、最高でも一両を超えることはないのだそうです」
   「どのように占ってくれるのだ」
   「ジッと相手の目を見るだけです、占いばかりではなく、悪霊による病気もお祓いしてくれるそうです」
   「どのように?」
   「先生の前に座るだけで、これは悪霊の所為だ、流行り病の所為だと振り分けてくれます」
   「ふーん、嘘臭いなぁ」
   「右吉親分もそう思いますか」
   「まあ、貧しい者に被害がないのが何よりだ、金持ちも一両程度なら気が晴れて、満足するのだろうから被害とは言えないだろうな」
   「被害が出始めるまで、それとなく見張っていましょうか」
   「そのうち依頼者になって、探りを入れてみよう」
   「はい」

 だが、占い料が吊り上がる訳でなく、金持ちだけを依頼者とするでもない。貧富公平で真剣に占っているようである。出張る理由として、町なかと言うのに空き地に頗る粗末な小屋を建てて御堂と称し、そこで一向に勿体ぶることもなく依頼を受けている。その近しさが庶民の人気を集める要因になっているようだ。

 そのうちとは言ったが、気になって翌々日に右吉と賢吉はノコノコ出かけて行った。依頼者は列をなしていたので、右吉たちも並んだ。占う様子を見ていたが、やはり賢吉が持ってきた情報のごとく、大した占い料を取らずに次々と相談事に助言し、時には病気の対処法や流行り病に関しては医者に診て貰うように勧めていた。

   「先生、次の方をお呼びしてもよろしいか?」
 弟子であろう若い男が窺(うかが)いをたてた。先生と呼ばれた占い師は、頷(うなづ)いて言った。
   「お上がり願いなさい」
 呼ばれたのは、夫婦者であった。
   「夫は太助、私は妻のシカで髪結いを生業(なりわい)にしてございます」
   「何を占いましょうか?」
 夫らしい男は不貞腐れている。妻が恐る恐る訴えた。
   「五歳になる倅ですが、家出をして一ヵ月も経つのに戻らないのです」
   「親戚や、知人の家には探しに行ってみたのか?」
   「はい、わたくしが血眼で探し続けました」
   「その間、父親は何をしておったのだ」
 男がそれを聞いて、熱り立った。
   「お前は占い師だろ、余計なことを訊かずに子供の居場所を占え」
 占い師の側近の者が、慌てて男を窘めた。
   「先生に無礼であろう」
 占い師は、到って冷静であった。
   「良い、良い、それも道理じゃ、どれ占って進ぜよう」
 占い師は暫く夫婦の目を見ていたが、妻に向かって口を開いた。
   「子供の父親は如何致した?」
   「は?」
   「実の父親だ」
 男は怒って占い師の胸倉を掴みかかったが、側近の者たちに取り押さえられた。
   「その男は、実の父親ではなかろう」
   「お察しの通り、後夫(うわお)でございます、子供の実父は、死別しました」
   「では占いましょう」
 占い師は瞑目し、暫くは身動きもしなかったが、ゆっくりと目を開くと物静かに言った。
   「ところで、子供の居場所が見つかれば何と致す」
   「連れ帰ります」
   「さようか、では訊くが子供は何故家出をしたと思うのか?」
   「わかりません」
 占い師は再び瞑目して、次に目を開いた時は一段と厳しい目になっていた。
   「居場所は教えぬ」
   「何故にございますか?」
   「そなた達は、自分たちが子供にしたことを一向に反省しておらぬではないか」

 そればかりか、占い師は恐ろしい事実を話した。ある夜、母親が花嫁の髪を結うために先様に出張って家を留守にしたおり、男は「腹が減ったから、蕎麦を食いに行こう」と、子供を連れ出し、橋の上から子供を投げ落としたと言うのだ。
 その時は、偶々橋の下で夜釣りをしていた男が気付き子供を助けたが、子供は恐怖のあまりに家に帰るのを拒んだのであった。
 男は自分に懐かぬ子供に暴力を振い、母親は暴力を見て見ぬふりで男の機嫌取りをするばかりである。子供の居場所を教えると、子供は男に殺されると占い師は思ったのだ。
 男は顔を真っ赤にして、自分を取り押さえている側近の男の手を振り放そうともがいている。
   「この嘘つき野郎! 見てきたような事を言いやがって」
 実は、これは占いの結果ではなくて、子供を連れて占い師のところへ相談に来た男が居たのである。子供を助けた釣り人だ。占い師は子供の訴えを訊いて家には帰さずに、あるお寺へ十両の小判を渡して預けることにした。両親の名を訊いて、占い師が子供の両親だと気付いただけである。

 子供の義父太吉は、占い師の喋ることがあまりにも事実のままなので、負け犬のごとく意気消沈している。
   「これ以上子供の行方を探そうとするなら、子殺し未遂として役人に引き渡す、そうなればお前は遠島になるであろう」
 占い師は太助に釘を刺すと、おシカに顔を向けて言った。
   「おシカ、そなたも子供を顧みずに男と睦み合って、子供が愛想を尽かしておるぞ、以後、一端(いっぱし)の母親気取りで子供に会いたいなど思わずに精々男に可愛がって貰え、やがて捨てられる日がくるまでだが」と、占い師は憎々し気に言い放った。

 夫婦は、追い立てられるように帰っていった。
   「凄いものだ、占いであれ程言い当てるとは…」
 右吉が賢吉にこっそりと漏らした。すっかり占い師に傾倒しているようである。
   「次の人、御堂へお上がりなさい」
 右吉と賢吉が呼ばれた。二人揃って占い師の前に進み、頭を下げた。頭を上げた二人に、占い師はいきなり敵意を露わにした。
   「そなたは変装して来たお役人ですね、与力ですか、それとも同心ですか?」
   「いえ、わたしは町人でございます」
 右吉が畏まって答えた。
   「嘘ですね、あなたの右手の指に、剣ダコがあります」
   「あ、これは剣ダコではなく…」
   「どうして隠す必要があるのですか、私を探りに来たからですか?」
   「いえ、とんでもございません」
   「では、何を占ってほしいのですか」
   「はい、こちらの倅のことでございます」
   「また、嘘をつくのですか、その子があなたの子供とすれば、あなたが十二、三のときの子供ですね」
 取りつく島が無いと言うか、見透かされていると言うか、右吉は逃げるようにその場を離れ、賢吉もそれに従った。

   「あの占い師は本物だ」
 右吉は、興奮気味にため息をついた。
   「右吉親分、俺はそうは思いません」
   「何故だ?」
   「あの夫婦のことは、子供を助けた釣り人が占い師に教えたのでしょう」
   「そうか、恐れて帰りたがらない子供を連れて、占って貰いに来たのか」
   「多分、そうでしょう」
   「では、わたしのことを見破ったのは?」
   「それも、占ったのではありません、占い師の観察眼でしょう、俺だって分かることです」

 右吉には分からないことがあった。次々と依頼の者を占ったわりには、料金が二文とか精々五十文程度しか取らないのだ。それで十人程度は居た側近の者にお手当が払えるのだろうか、生活はどうなっているのだろうか。右吉は「嘘だろう、仙人じゃあるまいし」と、首を傾げた。

 右吉は忘れていたのだ。占い師は、午後になると、時々金持ちの屋敷に呼ばれて、郎党を引き連れて出張(でば)って行くのであった。
   「そうか、金持ちからは、ごっそりと戴くのか」
 だが、賢吉が訊いてきた情報では、一両が最高だと言っていたのを思い出した。
   「感心な占い師だ」
 右吉は、それっきり占い師のことを忘れてしまつた。

 それから幾日か経ったある日、北町奉行所からさして遠くはない大店に、夜盗が入った。ただ、一人たりとも命は取られず、血の一滴さえも流さず、千両箱が金蔵から三箱だけ持ち去られた。奉行所の面目は丸潰れである。奉行からの探索命令が下りて、奉行所の中は大騒ぎになった。当然、長坂からの命で、目明しの長次と右吉にも聞き込みの指令が下った。
   「店の者の証言で、盗賊は十人を超えていたそうだ、気を付けて探索に当たれ」
 完全に覆面をしていたうえ、一言も発することがなかったとの店の者の証言である為に全く手掛かりがなく、長次や同心たちも、どこから手を付けてよいか分からなかった。だが、右吉だけはよい思案が浮かんだようである。
   「右吉親分、どこへ行くのですか?」
 賢吉は右吉の後を追いながら尋ねた。
   「決まっているだろ、占い師のところだ」
   「怪しいのですか? あの集団が」
   「違うよ、盗賊の手掛かりを占って貰うのだ」
 賢吉は、右吉を止めた。
   「その前に、襲われたお店(たな)へ聞き込みに行きましょうよ」
   「占って貰えば、その必要はなかろう」
   「ある程度の情報を持って行った方が良いのではありませんか」
   「他の誰かが先に行くということもある」
   「では、本心を言います、俺はあの集団を疑っています」
   「まさか、あの善人集団が夜盗だなんて」
 右吉は大笑いをしたが、賢吉が大真面目なので従うことにした。

 賢吉が、大店の主(あるじ)に尋ねた。
   「旦那様、盗賊はどこから入ったのでしょう」
   「同心の方にも訊かれたのですが、それがさっぱり…」
   「最近雇った店の使用人は居ますか?」
   「いいえ、ここ何年かは雇っていません」
   「お店の方々は皆縛られたそうですが、誰も逃げなかったのですか」
   「夜中に起こされて、行き成り当て身を食わされて、苦しさの余り気が朦朧としている間に縛られてしまいました」
   「金蔵の鍵は、誰が開けたのですか?」
   「店の者は、誰も知らないと申します」
   「盗賊は、鍵の在り処を知っていたようですね」
   「金蔵の鍵は、わたしの寝所の金庫に納めています、金庫の鍵は番号を合わせるもので、その番号はわたしだけが知っています」
   「よくわかりました」
 賢吉がそう言って右吉を促して帰ろうとしたが、思い出したように立ち止まった。
   「旦那様、では最後にもう一つだけお尋ね致します」
   「なんでしょうか?」
 右吉も興味律々で耳を傾ける。
   「昨夕、占い師を呼んで占って貰いませんでしたか」
   「最近降って涌いた取引のことで、受けるべきか断るべきかを占って戴きました」
   「その時やって来た占い師と側近の人たちの数は覚えていますか?」
   「さあ、十人以上の人々が来て下さったのですが、数えたりしませんでした、それが何か?」
   「いえ、俺が今後の勉強の為に知りたかっただけです」
   「これ賢吉、こんな時に何を訊くのだ」
 賢吉は、右吉に窘められた。
   「済みませんでした」

 盗賊に入られたお店を後にして、右吉と賢吉は占い師のもとへ向かった。
   「右吉親分、あの占い集団は忍者だと思うのですが…」
   「根拠は何だ」
   「お店に呼ばれて占いに出張った人数が、多すぎると思いませんか?」
   「だから?」
   「十何人も押しかけて、占いを終えて引き上げた人数が一人減っていたら気が付くでしょうか」
   「気が付かないかも知れないなぁ」
   「でしょう、忍者なら素早くお店の天井裏へでも隠れることが出来ます」
   「隠れていて、何をするのだ」
   「旦那様が商いの金を金蔵に仕舞うときを待って、金庫を開けて金蔵の鍵を取り出すのを天井の隙から番号を覗き見するのです」
   「それから?」
   「深夜になるのを待って、店の者が寝静まったら戸を開けて仲間を手引きする」
   「店の者たちに、同時に当て身を食らわせ、縛りあげると金庫を開けて金蔵の鍵を取り出すのか?」
   「そうです、金蔵を開けて千両箱を三つだけ運び出すと、鍵をもと通り金庫に納めて立ち去る」
   「まだ千両箱が有っただろうに、遠慮深くて物静かな盗賊団だなぁ」
   「非道働きをしないと言うヤツらの誇りでしょう、だが盗賊は盗賊、顔を見られたら見た相手を必ず殺すでしょう」
   「さあ、ヤツらの塒へ乗り込みましょう」

 「賢吉捕物帖」第六回 温情ある占い師 ―続く― 


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