雑文の旅

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猫爺の連続小説「賢吉捕物帳」第五回 お園を付け回す男2  (原稿用紙15枚)

2015-11-03 | 長編小説
 お縄こそ掛けられていないが、長次に連れられて番所に向かう壮吉は、打ちひしがれて咎人さながらであった。見かねた賢吉が壮吉に声をかけた。
   「おじさん、大丈夫だよ、俺の親父や与力の長坂さまは、おじさんの味方だからね」
 壮吉は黙ったまま項を垂れた。
   「おじさん、このまま黙って歩いていたのでは気が滅入るだろう、俺と話をしないか」
 壮吉は、気のない返事をした。
   「おじさんは、与太郎という男を殺してはいないのだろ」
   「昨夜家に帰ってお園の話を聞いたが、賢吉さんが護ってくれているというので晩酌をして朝までぐっすり寝た」
   「ノミは盗まれていなかった?」
   「今日は、ノミを使う仕事はしていないので、確認はしなかった」
   「盗まれているかも知れないのだな」
   「そうだ」
   「今日仕事場へ戻ったら俺と調べてみよう」
   「うん」
   「ところで、もしおじさんが咎人にされて、しかも与太郎が死ねば得をする者って誰だろう」
   「居ないと思う」
   「よく考えてみなよ、きっと居る筈だ」
   「居るものか、そんなヤツ」
   「そうかなぁ、いや、待てよ」
   「何だ、どうしたのだ」
   「お園さんが危ないかも知れない」
   「どうしたのだ、言ってくれ」
 壮吉は、娘が危ないと聞いて心配になってきたようだ。
   「親父、俺はお園さんの所へ行くから、番屋へいったら右吉親分もきてほしいと伝えてくれ、親分はお園さんの家を知らないから、親父が教えてやってほしい」
   「わかった」

 賢吉は、父親の帰りを待つお園の家を指して、駆け出して行った。
   「賢吉さん、お園を頼むぞ」壮吉が叫んだ。
   「がってんだ」
 賢吉は振り向かず、肩越しに手を振った。

   「お園さんは居るかい」
 戸は閉まっていたが、賢吉の声を聞いてお園が開けた。
   「あゝ、無事で良かった」
   「どうしたの? お父っぁんはどうしたのですか?」
   「お調べを受けている」
   「お父っぁんに、疑いがかかっているのですか?」
   「なに、すぐに帰されるさ、それより、もうすぐ右吉さんという目明しが来るから、一緒におじさんの仕事場へ行こう、大工道具が一つ盗まれている筈だ」

 右吉と賢吉がお園を伴って仕事場に到着したときは、すでに日が傾きかかっていた。壮吉の大工道具は、仕事場に放置されたままである。
   「大工道具は全部揃っているかい」右吉がお園に尋ねた。
   「だって、わたしは元々何本あったか知りません」
   「そうか、では変わったことは無いか調べてみよう」
 右吉がノミの一本を手に取って見ていたが、「やはり」と、頷いた。
   「そのノミが、どうかしましたか?」
   「賢吉見てみろ、握りに血が付いている」
   「凶器の可能性があるってことですか」
   「そうだ」
 
 その日、壮吉は帰宅を許されなかった。お調べ協力人から、容疑者に切り替えられたのだ。
   「長次親分、おれは殺していないよ」
   「分かっている、お園さん親子は目明しの右吉と、倅の賢吉が護りに行った、右吉はもと武士で凄腕だ、安心しろ」
   「えっ、なにか心配なことがあるのですか」
 壮吉は、余計に不安になった。
   「女二人きりでは、夜は物騒だろう」
   「与太郎とかいう男は死んだではないですか」
   「男は、与太郎一人ではないぞ」
   「あっしは殺してなんかいない、すぐ帰してくださいよ」
   「我慢しろ、与太郎殺しの本当の下手人が分かるかも知れないのだ」
 壮吉は、自分が疑われているのではないと、一安心したようだ。

 そこへ、右吉と賢吉とお園が番所にやってきた。お園を家に帰そうとしたが、賢吉が止めたのだ。今夜あたり与太郎を殺した下手人がお園の所へ来るような気がしたからだ。
   「壮吉さんの道具箱を仕事場から持ってきたぜ」
 右吉が壮吉の前に「どすん」と置いた。
   「何か無くなっている道具はありませんか?」
 壮吉は、道具箱の蓋を取った。暫く調べていたが気が付いた。
   「ノミが一本足りません」
   「それは、どんなノミだね」
   「薄ノミの、一番刃幅の狭いヤツです」
   「ところで、このノミの中に、柄に血が付いたのがあるのだが」
   「賢吉さんにお園に付き纏う男が居ると聞いて、心配しながら仕事をしていたら指を切ってしまったのです、大工仲間に嘲笑われてしまいました、お恥ずかしい次第で…」


 壮吉を帰すには、下手人を挙げなければお奉行の許可が下りない。長坂清心も壮吉が下手人だとは思っていない。ここは暫く様子見て、下手人の出方を待つより仕方がないと思われた。とにかくお園を宥めて送って帰し、米や味噌、目刺など必要な物を右吉が様子を窺いがてらに届けた
 それから二日、三日と経っても、下手人は姿を見せなかった。そろそろ壮吉が焦れはじめて、見ていられなくなった賢吉が長坂に申し出た。
   「長坂様、下手人は壮吉さんがお仕置きになるのを待っているに違いありません」
   「拙者もそのようだと考えておったが、壮吉が処刑されたと嘘の噂で誘き出すのをお奉行はお許しになるまい」
   「それで、よい事を思いつきました」
   「何だ、言ってみなさい」
   「右吉親分に頼んで、お園さんに惚れて貰うのです」
   「賢吉、お前子供のくせに何と妄りがましいことを言うのだ」
   「そりゃあ、親父の倅ですから」
   「何を言うか、長次が聞いたら怒るぞ」
   「それより、話の続きを聞いてくださいよ」
   「右吉がお園に惚れたら、どうだと申すのだ」
   「下手人は、お園さんを自分のものにするために邪魔な与太郎を殺し、壮吉さんを嵌めたと思うのです」
   「まあ、そうであろう」
   「下手人がうかうかしている間に右吉さんがお園さんに言い寄ると、焦ると思うのです」
   「お前、大人の気持ちが分かるのか?」
   「男の女に対する気持ちは単純ですから」
 長坂は、賢吉の策略を試してみようと思った。
   「だが、右吉がやってくれるだろうか」
   「長坂さまが命令すれば、イチコロです」
   「壮吉は、嫌がるだろう」
   「長坂さまが説得すれば、イチコロでしょう」
   「気が進まないが、やるしかないだろう」
   「お願いします」

 右吉は、嫌がることもなく引き受けた。壮吉は、そのままお園を右吉に取られそうで嫌な気がしたが、早くお牢から出たいので承諾した。後は、お園が傷つかぬようにこの作戦に引き込むことだが、父親の命に関わることであるから、断ることはなかろう。

 右吉に付いて食料を届けに行った賢吉が、前もって「芝居だから」と、母娘に話を付けた。だが、心配ごとは、別のところにあった。お園が右吉に好意を持ち始めていたのだ。長坂は、右吉を同心か与力の養子にするつもりである。夫婦養子となると、まず縁談は纏まるまい。賢吉が余計なことまで報告したので、長坂は右吉に釘を刺した。
   「右吉、頼んだぞ、だがお園に惚れるではないぞ」

 右吉がお園の家に訪れると、お園を誘い出して近くの神社を詣で、時には二人で町まで買い物に出掛けるようになった。二人で歩くときは、仲良く寄り添っているように見せる。
   「右吉さん、どうしました?」
   「シーッ、後ろを見てはいけません、誰かが付けているようです」
   「はい」
 右吉が徐にお園の肩を抱いた。付けてきた男を挑発しているのだ。
   「なんだか嬉しいけれど、恥ずかしい」
 お園は逢引き気分に酔っていた。買い物をして帰り道も、男は付けてきた。右吉は、だいぶん前からお園を付け回していたのは与太郎ではなく、この男だったのかも知れないと思った。
 お園を家まで送って行くと、後を賢吉に任せて右吉は早い目に帰るふりを装った。今日こそ下手人が右吉の命を狙って来ると踏んだからである。
   「親分、俺の木刀を持って行ってください」
   「いや、木刀は賢吉が持っていて、お園さんを護ってくれ」
 実は今日、右吉は長坂さまから十手を預かってきており、懐に隠し持っているのだと、賢吉に見せた。
   「十手術は見様見真似だが、何とかなるだろう」
 右吉は、軽い足取りでお園の家を出た。ものの一町も行かないうちに、四人の男に囲まれた。そのうちの三人は遊び人風で、腰に長ドスをだらしなく差している。
   「おい、お前は誰だ」
 男の一人が右吉に声を掛けた。
   「何だ、誰か分からないで取り囲んだのか」
   「お園の何なのだと訊いている」
   「末は夫婦になる約束をした」
   「そうはさせない、お園は俺の女だ」
   「お園が承諾をしたのか?」
   「させるさ」
   「お園に言い寄った与太郎を殺ったのはお前たちか?」
   「フフフ、お前もそうなるのだ」
   「私も、与太郎みたいに匕首で一突きかな?」
   「与太郎は、ノミを使ったぜ」
   「そうか、私もノミで殺られるのか」
   「あのノミは、大川の流れに捨てちまったさ」
 そう言った男が、行き成り懐から匕首を出すと、右吉に斬りつけてきた。右吉は、素早く匕首を避けると、懐から十手をだした。
   「あっ!」
 男たちは、瞬間に罠だと気付いたが、四対一の安堵があるのか、怯むことはなかった。
   「殺れ!」
 匕首を持った男が叫ぶと、三人が長ドスを抜いた。その一人が、斬りかかってきたのを鉤で受け止めて十手を捻り、長ドスを跳ね上げた。回転してくるドスの柄を左手で受け止めた右吉は、十手を腰に差し長ドスに持ち替えて構えた。
 刀を取らせば、この男たちが束になってかかっても敵う右吉ではない。右吉は峰を返して、たちまち四人を遣っ付けてしまった。
 右吉は、蹲る四人を置いてお園の家に取って返すと、賢吉を番所まで走らせた。

   「右吉、お手柄だった」
 四人の男を牢に入れると、長坂が右吉を労った。
   「いや、お手柄は賢吉の知恵です」
   「賢吉の知恵と、右吉の腕が寄れば、凄腕の目明しだな」

 後は、奉行所のお取り調べに任せて、右吉と賢吉は引き上げて行った。やはり、匕首の男は与太郎殺しの下手人で、男が喋った通り、大川を浚ったところ壮吉の薄ノミが上がった。 
 男は死罪を言い渡され、後の三人は男に金を貰って手を貸したとして、寄せ場送りになった。壮吉は、無罪お解き放ちになったが、お牢に入っていた日数だけ、大工としての日当が支払われた。

  「賢吉捕物帖」第五回 お園を付け回す男2(終)  続く

   
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