「安部公房全集025 1974.03-1977.11」 1999新潮社(2007年2刷)
また小説が無くって戯曲が6つ、その中の4つが改作。
そのうちの「ウェー」はやっとタイトルが追いついた感じ。
エッセイや対談を読むのは苦痛だったが、それもだいぶ麻痺してきた。
へそ曲がりを理解しようとすることを放棄し、「この人は『理解を拒む芸術行為』に憧れているんだ」という目で覚めてみればいいんだな。
やっとその態度まで理解できるようになったということか。作品の方がそれに見合ったものになっているかどうかは別だ。本人は芸術だ!芸術だ!わかってたまるか!!!なんて感じだけど、偉そうにして自信たっぷりであるほどに、不安と苦悩も大きいのではないかと推測される。頭が良くて自信家なのだが、結構撃たれ弱いのではないか。ネット時代に生きていなくてよかったよ。
情緒は感性ではない!とかわけわかめ。
演劇は小説が書けないことの逃げにも使われていないか?『俺は芸術家だ!』という態度が、小説を書けなくしていたのではないか。自分の言葉に縛られ、その通りに創作が進まなければ許せなかったとかいう状況ではなかったのか。そんな憶測をしてしまう。まあ、本人も「芝居は短編小説」と言っているくらいだから、その大変さから逃げていたっていうのも少なからずあるだろう。その逃げた先が忙しくなってしまったことも言い訳になって。
プロットは楽しいけど製作は苦痛で完成した後は嫌な気分だそうだ。自殺する作家ってのはそれなのか?それとも作品の完成に喜びを感じるほどの、自分の能力を完全に超えたものを作ってしまって、将来もう二度と同じような素晴らしい作品を作れないだろうと悲観して死ぬのか。安部公房は頭が良すぎてそこまで行けなかったんだな。それとも頭がいいから意図的にそれを避けたのか。でも、芸術大好きだから、それだけの作品が作れたら死んでもいいくらいの気持ちにはならなかったのか?
P22 あ、ここにも柳田国男批判!やっぱりものを知っている人間の中では、そのやり方は不公平・不公正で学問的に許せない気分になるのだろうか。都合の悪いところは捨ててしまうとか、柳田国男って政治的だったのか。え、そもそも学者じゃない?柳田批判(ウィキペディア)
P231「公然の秘密ー周辺飛行39」エッセイということだが、これが短編小説になっていて、この一冊の中では一番好きだ。『弱者への愛には、いつだって殺意が込められている』←戯曲「イメージの展覧会(P494)」にも使われ、次の小説『密会』にも使われるフレーズらしい。
意味は違ってくる(?)だろうが、2016年07月26日の相模原障害者施設殺傷事件を思い起こさせる。他の障碍者施設や介護施設での暴行も根は同じではないか。それを安部公房は40年前に書いていた。
P262座談会「歴史としての現代」これを読むと40年間、日本は変わってないなぁと思う。権利意識はさらに高まっているが、権力抑圧への抵抗はうまく流されて諦めに向かっているだろうな。私なんかは自分(日本)が世界史の中で傍観者であることを望んでいることに気付いた。安倍政権であろうがなかろうが、時代はそれを許さない流れになっているのかもしれない。
文化の高まりが『弱者支援の拡大』にあるとすれば、日本の、いや世界の文化レベルは折り返し点に到達した(口先だけでやらない)のかもしれない。?
P359 エッセイ「地球の虫食い穴への旅」 『経済活動による利益、必要悪としての国家』
ああ、西武劇場はPARCO劇場(2016年08月07日CLOSE)になったのか、ふん、聞いたことがなかったが最近まで生き残っていたんだな。
人間は自己拡張の生き物、そのための芸術
芸術は社会の敵
P374「反政治的な、あまりに反政治的な…」三島由紀夫の死について、やっと少し語った。1976
P407 戯曲「案内人(ガイドブックⅡ)」ミヒャエル・エンデの迷宮を連想したが、「鏡の中の鏡」よりもこちらの方が先だった。同時期の作家なんだな。
書き下ろし小説『密会』は次巻026に載っているのだろうか。もっと先だろうか。おたのしみに!
それでもやっぱり鼻につくわ。安倍公房。
頭が良くて口が回るけど狭量って感じ。まあ、私の理解が追いつかないのが悪いんですけど。
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