長内那由多のMovie Note

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『幸せへのまわり道』

2020-09-09 | 映画レビュー(し)

 アメリカでは知らぬ者がいないと言われる子供向け教育番組“Mister Roger's Neighborhood”の司会者フレッド・ロジャーズと記者トム・ジュノー(映画ではロイド・ヴォーゲルの役名)の交流を描いた実録映画。『ある女流作家の罪と罰』で注目されたマリエル・ヘラー監督らしい独特なテンポのヒューマンドラマだ。

 1998年、雑誌エスクァイアへ寄稿のため、ロイドはロジャーズへ取材を申し入れる。会うや否やロジャーズはロイドが抱えていた家庭問題を言い当て、やがてその立場は逆転していく。ロジャーズは『ある女流作家の罪と罰』のリー・イスラエルとは比べ物にならない程の聖人君子で、2人の交流は同じくらいメインストリームから程遠い。TVドラマ『ジ・アメリカンズ』でエミー賞を獲得した名優マシュー・リス演じるロイドは父との軋轢によって攻撃的な人格になっており、トム・ハンクスが妙演するロジャーズはおっとりが過ぎるくらい奇妙な間合いだ。ロジャーズは神出鬼没、他人の心にするりと入り込み、その心の内を言い当て、ほとんどレクター博士である。

 聞けばロジャーズは子供が人前で自身を偽らないためにも番組用のキャラクター(人格)を作り上げる事はせず、また子供の作りモノを見抜く力を信じていたらしい。完全再現される劇中番組の奇妙な間合いは全てロジャーズの“素”であり、マリエル・ヘラーとトム・ハンクスの独自の人物観察はユニークなコラボレーションを達成している。近年、“アメリカの父”とも言えるロールモデルを名演してきたハンクスが癒しの人物であるロジャーズを演じて20年ぶりのアカデミー賞候補を達成した事はそのキャリアにおいて重要な意味を持つだろう。

 ロイドとロジャーズの奇妙な交流はやがて普遍の友情となり、物語は家族の和解というメインストリームに帰結する。死の床にあるロイドの父(クリス・クーパー)に慰めの言葉をささやくロジャーズの深みに引き込まれた。彼は元々は聖職者を目指していたという。アメリカは今、彼のように朴訥で、癒しの心を持った人物を求めているのかも知れない。


『幸せへのまわり道』19・米
監督 マリエル・ヘラー
出演 マシュー・リス、トム・ハンクス、クリス・クーパー、スーザン・ケレチ・ワトソン
 

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