長内那由多のMovie Note

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『コット、はじまりの夏』

2024-02-16 | 映画レビュー(こ)

 2022年のアカデミー賞で国際長編映画賞にノミネートされた本作は、美しい映像と慎ましやかな出演陣による真心のこもった映画だ。舞台は1981年のアイルランド。劇中、時代についての言及がないだけにもう20年は前の風景にも思えるが、当時の農村地域はまさに世界から隔絶されたような環境だったのかもしれない。9歳の少女コットの家は農業を営むも、父は酒浸りでろくに働かず、母は幾人目かの子供を身ごもり、完全なネグレクト状態にある。コットはいつもお腹を空かしており、お風呂にも入れてもらえないのか足は黒ずみ、服はいつも同じだ。姉や級友たちに蔑まれる環境も影響しているのだろう。コットは識字や発話にも問題を抱えているように見える。そんな彼女は母が出産を迎えるひと夏の間、親戚のもとへ里子に出されることになる。

 劇中、コットの読む本が『ハイジ』であることからも明らかなように、本作はアイルランドを舞台にした現代版ハイジだが、見るべきは彼女を迎え入れる大人たちの姿にある。この映画の至宝とも言うべきキャリー・クロウリーとアンドリュー・ベネットが扮する老夫婦は素朴で心優しく、しかしその奥底では傷を抱えている。誰もの心がそうと決まっていながら、その一声を発することができない終幕の緊迫と、観客に開かれたクライマックスは静かな余韻を湛える。『コット』は傷つき、老いた夫婦がコットによって再生し、試される物語でもあるのだ。


『コット はじまりの夏』22・アイルランド
監督 コルム・バレード
出演 キャサリン・クリンチ、キャリー・クロウリー、アンドリュー・ベネット

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