長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ゴヤの名画と優しい泥棒』

2022-02-25 | 映画レビュー(こ)

 1961年、ロンドン・ナショナル・ギャラリーからゴヤの名画『ウェリントン公爵』が盗まれる。英国政府が14万ポンドもの大金をかけて収集家から買い戻した時の名画とあって、世間は話題騒然。ついには007第1作『ドクター・ノオ』で悪の秘密基地に飾られる始末だ(撮影当時に犯人は捕まっておらず、007シリーズが時事ネタを取り入れた格好)。だが犯人は悪の秘密結社ではなく、下町に住む年金暮らしの老人ケンプトン・ハンプトンだった。
 
 困った老人である。BBC(国営放送)の受信料徴収に抗議すべくTVから受信用コイルを抜き出してはお縄にかかり、無学の見様見真似で脚本を投稿し続けるが箸にも棒にも引っかからず、定職に就いても長続きした試しがない。当然、家計を支える妻からの風当たりは冷たく、映画は屈託のないジム・ブロードベントと終始不機嫌で厳しいヘレン・ミレンの夫婦漫才で笑わせてくれる。
 
 しかし、一本筋の通った老人でもある。受信料無料は戦後の孤老老人たちを助けるためであり、仕事をクビになったのは弱きを助け、権力の横暴に抗議したからだ。そしてかのウェリントン公爵とは国民参政権に反対した人物である。そんな男の肖像画に多額の税金を費やし、国宝とするなんてもっての外というのが彼の"犯行動機”なのだ。1961年の英国は老いも若きも貧しく、思いやりを欠いた社会の姿は残念ながら今を生きる僕らとそう遠くないように映る。自由と平等を信条とするケンプトンの姿は何とも逞しく、それは本作が劇場長編として遺作となったロジャー・ミッシェル監督のモノ申す“真っ当な老い”に見えた。
 
 ミッシェル監督は99年にジュリア・ロバーツ、ヒュー・グラント主演の『ノッティングヒルの恋人』が大ヒット。以後『チェンジング・レーン』『恋とニュースのつくり方』など多彩なジャンルを撮り続けた職人監督である。晩年にあたる2017年にはダフネ・デュモーリアの原作小説を自ら脚色した『レイチェル』で円熟に達しつつあった。享年65歳。ご冥福をお祈りします。


『ゴヤの名画と優しい泥棒』20・英
監督 ロジャー・ミッシェル
出演 ジム・ブロードベント、ヘレン・ミレン、フィン・ホワイトヘッド、アンナ・マックスウェル・マーティ、マシュー・グード
2月25日(金)全国順次公開

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『ブランニュー・チェリーフ... | トップ | 『ザ・ユナイテッド・ステイ... »

映画レビュー(こ)」カテゴリの最新記事