長内那由多のMovie Note

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『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』

2020-11-25 | 映画レビュー(ひ)

 アメリカ大統領選挙は民主党ジョー・バイデン候補の勝利に終わった。しかし、未だ公式に敗北宣言をしていないトランプの得票数は7000万票にも上ると言われており、アメリカの分断の深刻さはより一層、鮮明となったと言える。この傾向は特に都市部と地方で顕著なのだと言う。

 原作となるJ・D・ヴァンスの小説『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』は2017年のトランプ政権誕生の際、時代を読み解く1冊としてNYタイムズに紹介され、長らくベストセラーランキングの1位を獲得する事となる。ヴァンスは今回の選挙でもトランプの勝利に終わったオハイオ州で生まれ、少年時代を過ごした。

 ハリウッドのメインストリームではあまりお目にかかる事のできない光景だ。ヨーロッパからの移民が炭鉱や製鉄で発展させてきたこの地域は時代の流れと共に衰退し、やがて“ラストベルト=錆びた地帯”と呼ばれるようになる。住民の生活は困窮し、満足な教育を受けることもできず、都市部に住む人々は彼らをレッドネックやホワイトトラッシュという言葉で蔑んだ。
 ヴァンスの家庭も例外になく荒んでいた。父親の姿はとうになく、母は男を次から次へと変え、薬物に依存した。祖父母は関係良好に見えたが、長年別居状態にある(凄まじい家庭内暴力があった事が後に明かされる)。程なくしてヴァンスも不良とつるみ、警察沙汰になる事もしばしばだった。

 トランプ誕生以後、辺境からアメリカを描く映画が相次いだ。デブラ・グラニク監督『足跡はかき消して』、アンドリュー・ヘイ『荒野にて』、クロエ・ジャオ『ザ・ライダー』…いずれもハリウッドのメインストリームからは遠い独立系プロダクションによる作家映画であり、ここにアメリカ映画の多様性、層の厚さがある。『ヒルビリー・エレジー』は本来ならばこれらと同じ系譜になるべき作品だが、決定的に異なるのがロン・ハワード監督によるハリウッドメジャー映画である点だ。祖母役にグレン・クローズ、母にエイミー・アダムス、姉にヘイリー・ベネットと有名俳優が配され、さすがの職人技で感動的なファミリードラマへと仕上げられている。一見、誰かわからない変貌を遂げたクローズ、アダムスはさすがオスカー常連女優の巧者ぶりだ。

 おそらくヴァンスによる原作は家族への想いを綴った回顧録に過ぎず、それをハリウッドが映画化してもメロドラマ以上にはなりえないだろう。ハワードには2020年に本作を撮るだけの視座がなく、これでは劇中、ヴァンスが直面するスノッブ達による蔑視、搾取と批判されても致し方ない。

 Netflixは大統領選挙の直後に本作をリリース。アメリカの風景を知る1つのサブテキストにはなるかも知れないが、ハリウッドメジャーの限界を感じる1本でもある。


『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』20・米
監督 ロン・ハワード
出演 エイミー・アダムス、グレン・クローズ、ガブリエル・バッソ、ヘイリー・ベネット
 

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