長内那由多のMovie Note

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『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』

2019-12-19 | 海外ドラマ(は)

※このレビューは物語の結末に触れています※

1985年にカナダの作家マーガレット・アトウッドによって発表されたディストピア小説『侍女の物語』は近未来のアメリカが宗教原理主義政権によって支配され、女性が“産む機械”として支配層の男性に支給されるという衝撃作だった。それから30余年の時を経て、Me too時代の2017年にTVドラマシリーズとしてリリースされたのが本作だ。

昨今、長編小説の映像化は潤沢な予算を持つTVドラマに大きな利点があり、本作も一級の美術、衣装、撮影が原作小説の世界観を忠実に再現している。実力派俳優陣のキャスティングもイメージ通りだ(セリーナ・ジョイ役のイヴォンヌ・ストラホフスキーはちょっと美人過ぎる気もするが)。

【読み直された『侍女の物語』】
だが2010年代に甦ったのは単なる完全再現のためではない。本作の見所の1つは今語るべき物語として再構築した脚色の大胆さにある。
 脚色とは原作に対する“解釈”である。本作には30数年前の小説を現代を生きる女性が初めて読んだような力強さがある。
 原作小説は主人公オブフレッド(ドラマでは本名ジューンと明かされる)の一人称で書かれており、一体なぜアメリカがこんな事になってしまったのか、今なにが起きているのか読者はマクロの視点から捉える事ができないため、得たいの知れない怖さが全編に漂っていた。
 ドラマ版はジューンのみならず、登場する女性1人1人の物語を掘り下げ、独裁政権が支配する醜悪な世界を解き明かしていく。子を産む事のみ許された“侍女”と呼ばれる彼女らが出産の場に集団で集まり、生まれるまで延々と声をかけ続ける“出産の義”など、社会の知性が劣化すると無意味なことに儀式的な意味を持たせるのがよくわかる(僕らの日常を見回しても同じ意味合いの事は多いだろう)。
中でもオブフレッドの買い物パートナー(女性は1人で外出する事も許されない)となるオブグレン(エミリー)の背景が描かれる第3話は強烈だ。同性愛者であった彼女は目の前で恋人を絞首刑にされ、彼女自身もクリトリス切除の手術を施されてしまう。原作ではほとんど登場しないが、扮するアレクシス・ブレデルの知性的な演技によって忘れ難いキャラクターとなった(エミー賞ではゲスト女優賞を受賞している)。


原作の巻末には後世の学者による講演採録という体で詳細な背景説明が付いており、ドラマ版にはそこから膨らませたサイドストーリーも多く、やや説明し過ぎな感も否めない。そのため原作の魅力でもある厭世的ムードが薄れてしまっているが、主眼はそこではないだろう。顧みれば女性蔑視の権化のような人物が国の首長となり、「子供を産まない事に責任がある」という言説がまかり通り、ネット上にはミソジニーが溢れ、憎悪犯罪が後を絶たない今日こそ原作小説の世界を遥かに超えたディストピアではないか。そんな時代に厭世ではなく抵抗の意志を示す事がこの物語を2010年代に語る意義である。

【エリザベス・モスに導かれて】

昨今のPeakTVの例に漏れず、キャスト陣は充実の演技である。
制裁として片目を奪われ、正気を失ったジャニーン役マデリーン・ブルーワーは本作で頭角を現した。女性達に洗脳教育を施すリディア小母役は『ヘレディタリー』の怪演も記憶に新しいアン・ダウド。マーガレット・アトウッドが先頃発表した続編小説では何とこのリディア小母が主人公の1人となるらしい。ドラマ版も今後、この続編小説を取り入れていくとの事で、彼女がどのように描かれるのか楽しみだ。


そして主人公オブフレッド(ジューン)に扮するのがエリザベス・モスだ。原作では成す術なく状況に流されたジューンだが、ドラマ版では何人もその屈強な意志を崩す事はできない。時に激しく、時にはビスケット1個で静かに反抗の意志を表現するモスの演技は本作の精神的支柱であり、10年代のTVドラマシリーズを見渡しても屈指の名演技である。

彼女のパワフルな演技に導かれるように、シーズン最終回でクリエイター陣の試みは結実していく。原作は突如押し入ってきた“目”(独裁政権の秘密警察)によってジューンが連行される所で終わるが、TVドラマ版はその前に1エピソードを加える事で全く別の印象へと変わっている。
 ジューンは子供を危険にさらしたとされるジャニーンへの石打ち刑を拒否する。その行為がどんな代償となるかは火を見るよりも明らかだ。それでも彼女の抵抗は虐げられ、絶望してきた侍女達に同じ反抗の意志を与えていく。ジューンの達成は独裁政権を倒す事はなくても、自分と周囲の女達の尊厳を守る事ができたのだ。その誇りを胸にジューンは連れ去られ、ドラマは終わる。
 これこそがクリエイター陣が『侍女の物語』を2010年代に読み直した意味であり、僕たちの脳裏には数々の暴力に晒されながらも声を上げてきた多くの女性がよぎるのである。


アメリカではMe too旋風の後押しも受けてこの年のエミー賞を独占し、現在シーズン4まで製作されている。10年代を代表するTVドラマである。


『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』17・米
監督 リード・モラノ、他
出演 エリザベス・モス、ジョゼフ・ファインズ、イヴォンヌ・ストラホフスキー、アン・ダウド、アレクシス・ブレデル、マデリーン・ブルーワー、サミラ・ウィリー、マックス・ミンゲラ

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