長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ピンク・クラウド』

2023-01-10 | 映画レビュー(ひ)
 映画作家が世に出るには然るべきタイミングがある。突如、世界中に現れた謎のピンク雲によって人々がロックダウンに追いやられる様を描いた本作は、これが長編初監督となるイウリ・ジェルバーゼ監督が2017年に脚本を執筆し、2019年に撮影が行われた。そして編集作業が行われている2020年にパンデミックは起きたのである。『ピンク・クラウド』はコロナ禍を批評した最初の映画と言えるかも知れない。

 とある男女がマンションの屋上で気だるいひと時を過ごしていると、街中に警報が響き渡る。どこからともなく漂ってきたピンク色の雲はどうやら人体に有害な毒を持っているらしく、人は外気に触れると10秒で死に至ってしまう。男ヤーゴと女ジョヴァナは一夜を共にしたに過ぎない行きずりの関係で、成り行きからのロックダウン生活は他人同然だ。ジョヴァナには遊びに行った先で帰れなくなってしまった妹がいて、ヤーゴにはヘルパーの付いた老父がいる。ジョヴァナはWEBデザイナーらしく仕事には困らないが、マッサージ師のヤーゴには先が見えロックダウン生活は金銭の不安も募る。宅配は機能している様子で、どうやら食料や日用品の心配はなさそうだ。ジェルバーゼ監督はルイス・ブニュエルの『皆殺しの天使』に影響を受けたと言うが、『ピンク・クラウド』のディテールは今や不条理ではなく、全てが現実に起こったリアルである。

 中でもヤーゴとジョヴァナを困らせるのが性欲だ。初めこそワンナイトスタンドの関係でも、共同生活となれば一線は引く。どうにも持て余したジョヴァナが遠い窓の向こうに見える男とヴァーチャルセックスをする場面は、まるで『ドーン・オブ・ザ・デッド』のコロナ禍版だ。『ピンク・クラウド』の最も的を得た批評は人間の抜き差しならない性欲であり、コロナ禍を経て梅毒が蔓延しているというロックダウンなき本邦に生きる者としては何とも腑に落ちたのである。


『ピンク・クラウド』20・ブラジル
監督 イウリ・ジェルバーゼ
出演 ヘナタ・ジ・エリス、エドゥアルド・メンドンサ
2023年1月27日より新宿シネマカリテほか劇場公開

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