長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ザ・ナイト・オブ』(ナイト・オブ・キリング)

2017-07-20 | 海外ドラマ(な)
※このレビューは物語の結末に触れています※

 主人公ナシル・カーン(通称ナズ)はNYに暮らすパキスタン系2世の大学生。
運動部の連中に勉強を教えるような優等生タイプの、品行方正な好青年だ。ある日、バスケ部の連中に「女の子もたくさん来るから」とパーティに誘われる。ナズは父親の所有する個人タクシーを無断で借用し、夜のNYに繰り出した。

“回送”ランプの点け方がわからない。
路上でまごついていると、客が乗り込んできた。仄暗い雰囲気の美少女。彼女は行き先を「ビーチ」と告げた。NYのど真ん中で、海岸まではかなりの距離がある。「じゃあ、とにかく遠くまで行ってよ」
フロントミラー越しに彼女アンドレアの姿を見たナズはタクシーを発進させた。

ナズは今夜の経緯を告白し、彼女に頼まれビールを買う。2人でブルックリン橋のたもとに腰かけ、語り合った。恋人たちのようにキスをする。ナズは女の子とキスをするも久しぶりだった。

誘われるがままにアンドレアの家へ。高級住宅街。
テキーラを一気飲みし、アンドレアに渡された何かの薬を飲み干す。2階のベッドへ上がって、セックス。

暗転。
目覚めると1階のキッチンにいた。どうやってここまで下りてきたのだろう。
けっこうな時間が経ったはずだ。父親のタクシーを返さなくちゃ。2階へ上がる。ベッドには血まみれのアンドレア。

【“描写”で見せる脚本家のドラマ】
一夜の殺人事件を巡る法廷劇『ナイト・オブ・キリング』は脚本家の作品だ。台詞よりも描写を積み重ね、ストーリーを構築していく映画的な作品である。

製作、脚本、監督を務めるのはスティーヴン・ザイリアン。
 『ハンニバル』や『ドラゴン・タトゥーの女』、『マネーボール』など難度の高いベストセラー作品の脚色を手掛けてきた名脚本家であり、彼が一躍その名を知られたのがスティーブン・スピルバーグ監督の93年作『シンドラーのリスト』だった。『ナイト・オブ・キリング』を見るとその後の大作映画御用達のイメージよりも、『シンドラーのリスト』こそザイリアンの作風である事がわかる。

『シンドラーのリスト』は物語よりもディテール描写を優先したドキュメンタリーのような映画だった。第二次大戦時のゲットーの様子を映像だけで語るスピルバーグの異能的なリアリズム演出は見る者を圧倒し、この年のアカデミー賞を独占した。

『ナイト・オブ・キリング』の“触感”はこれに近い。
第1話は80分をかけて事件発生から逮捕までの長い長い夜が描かれる。ドラマはナズが飲酒運転で拘留されてから、殺人事件の容疑者と発覚するまで彼が座ったまま進行する。嫌な体験ほど時間が長く感じるあの皮膚感覚、ストレスが息詰まるサスペンスとして成立しているのだ。本作は“夜”に重要な出来事が起こる場合が多く、原題“The Night Of”というタイトルの曖昧さはいくつもの意味を帯びてくる。

もう1つ印象深いのはナズを弁護するジョン・ストーンの描写だ。
警察署に張り付き、軽犯罪容疑者に飛び込みで営業する彼は弁護士というより検察と司法取引し、刑期を短くさせる仲介手続き人のような男だ。皮膚炎に悩まされており、常に素足にサンダル、薄汚いコートという姿で法廷に出入りする。
個人的な話だが、アトピー性皮膚炎の身内を持つ者としては終始、体中を搔き続け、治療法探しに奔走する彼の苦闘は弁護活動などままならない過酷さであることが十二分にわかる(ついにステロイドに手を出すシーンで「誰か止めて!」と悲鳴)。こんな状態にも関わらず、ジョンは事件現場から猫を引き取る。彼にとって“痒み”と“猫”は真なる弁護士になるまでの試練なのだ。



【アメリカでアラブ系であること】
かねてから発言してきたが、今や映画だけを見ていても映像作家や俳優たちのベストワークを把握しきれない時代である。前述のジョン・タトゥーロは“名優”と呼ばれてきたがここ数十年、その名優たる実力を証明する作品には巡り合ってこなかった。

 そして共にエミー賞主演男優賞にノミネートされたリズ・アーメドも近年
『ナイトクローラー』『ローグ・ワン/スター・ウォーズ ストーリー』で頭角を現してきた若手だが、本作を見るとその類稀な実力を発揮できる役にまだ巡り合っていなかった事がわかる。僕たちはアーメドのニュアンスに満ちた表情、仕草によっていくらでも深読みをし、物語の闇に迷い込んでしまう。そしてナズに潜む怒りこそ、本作の真なるテーマである事が見えてくるのだ。

アメリカで“アラブ系”であること。
9.11以後、アメリカ国内にいるアラブ系アメリカ人らがいわれなき差別に遭い続けてきた。『ナイト・オブ・キリング』は第1話からナズの置かれている差別の境遇をまるで風景のように描写していく。道ですれ違い様に侮蔑を投げかけてくる人。刑務所内での人種差別。アラブ系であることは法廷闘争の具にされ、ナズの無実を信じる父親らも世間の好奇の目に晒されていく。

そしてドラマを見ている僕らも次第にナズに疑いの目を向けていく。ナズの隠された暴力衝動、過去の犯罪歴。果たして彼は本当に無罪なのか?ひょっとしてアンドレアを殺したのではないか?その疑念を僕はエンドロールが終っても払拭する事ができなかった。陪審員達による「有罪5、無罪5」という評決はまさしく僕ら視聴者自身のアラブ系に対する思い込み、差別意識を試しているのではないか。一見、大団円の終幕に残るしこり。テロとヘイトの時代、『ナイト・オブ・キリング』は見る者のモラルを静かに揺さぶる傑作だ。

『ザ・ナイト・オブ』(ナイト・オブ・キリング)16・米
監督 スティーブン・ザイリアン、他
出演 ジョン・タトゥーロ、リズ・アーメド、ビル・キャンプ
 

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