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長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ワールド・トゥ・カム 彼女たちの夜明け』

2022-01-08 | 映画レビュー(わ)

 モナ・ファストヴォールド監督による『ワールド・トゥ・カム』はキャサリン・ウォーターストン、ケイシー・アフレック、ヴァネッサ・カービーらの“静”の演技によって清廉な魅力を獲得することに成功している。19世紀のアメリカ辺境、『パワー・オブ・ザ・ドッグ』『PASSING』で描かれたような“文明開化”の波が到着するような事はなく、大自然に分け入った生活は過酷で厳しい。アビゲイルとダイナー夫妻は数年前に愛娘を失ってからというもの、冷たい分断を抱えていた。まるで息を殺すようなウォーターストンのモノローグ、男の弱さと愚鈍を見せるアフレックの静のメソッドが映画のトーンを決定付けている。ウォーターストンは彼女のベストアクトだろう。

 そこへヴァネッサ・カービー演じるタリーがやって来る。静のウォーターストンに対して動のカービーといった配役にも受け取れるが、そう簡単ではない。子を生み、労働資源の1つとしか見なされない時代において夫からその存在を軽んじられている2人は、周囲の目を盗み、まるで密やかに響き合うかの如く共鳴していく。本作は劇場公開を見送られ配信スルーとなったが、ぜひとも音質の良い環境で見てほしい。静かに燃え上がっていく激情を囁くように表現するウォーターストンとカービーの演技は本作のスリルだ。

 そんなファストヴォールド監督の“耳の良さ”は劇伴からも明らかであり、猛吹雪のシーンでつんざくようなサックスを鳴り響かせるダニエル・ブランバーグのスコアはコスチュームプレイの本作にコンテンポラリーな魅力を与えている。ファストボルドのフィルモグラフィをさかのぼるとブラディ・コーベットの『シークレット・オブ・モンスター』『ポップスター』に参加しており、なるほどヨーロッパ映画を経由したアメリカンインディーズ監督であることがわかる。

 悲痛なラストに“World to come”というタイトルの虚しさが際立つ。彼女たちの時代が到来するのは残念ながら、まだ先の事なのだ。


『ワールド・トゥ・カム 彼女たちの夜明け』20・米
監督 モナ・ファストヴォールド
出演 キャサリン・ウォーターストン、ヴァネッサ・カービー、ケイシー・アフレック、クリストファー・アボット
 
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『わたしは、ダニエル・ブレイク』

2021-11-24 | 映画レビュー(わ)

 2016年のカンヌ映画祭でケン・ローチ監督に2度目のパルムドールが手渡された時、既に評価が確立している老匠に再び最高賞を与える意義はあるのか?という声も聞こえた。しかし、これが2010年代後半から相次いだ格差と分断、貧困を描く世界的なムーブメントの始まりだったように思う。カンヌはこの翌々年に是枝裕和の『万引き家族』を、そして2019年にポン・ジュノの『パラサイト』をパルムドールに選出。いずれもアカデミー賞にノミネートされ、アメリカ映画にも影響を与えていく事となる。

 だが、ケン・ローチはこの題材を1960年代から撮り続けてきた人だ。イギリスの深刻な経済不況は80年代のサッチャリズムによってさらなる壊滅的状況まで追い詰められ、いつしか新自由主義の台頭は世界共通のイシューとなり、ローチはイギリスというローカルの映画作家ではなくなった。近年でもシングルマザーの貧困を描いたNetflixのTVシリーズ『メイドの手帖』にケン・ローチ映画の影響を色濃く見ることができる。貧困がグローバルイシューとなることで、ローチの手法もまたアメリカ映画をはじめ、各国に影響を与えたのだ。

 本作の主人公は年老いた元大工のダニエル・ブレイク。彼は心臓発作で倒れたことから失職。医師からも労働を止められるが、国はダニエルを“就労可能”と判断した事から給付金が絶たれ、生活苦に陥ってしまう。デイヴ・ジョーンズ演じるダニエルは世話好きで口やかましく、それでいて愛情に満ちた“下町気質のおじさん”。ローチは市井の人々の善良さと連帯に慈しみの眼差しを向けるが、そんな彼らをふるいにかけ、分断し、福祉から遠のけようとするのが国家システムであり、全てを奪われたダニエルが職安の壁に自らの名前を記すシーンで映画の怒りは頂点に達する。

 このクライマックスでは周囲に野次馬が群れをなし、映画はフィクションとノンフィクションの境界を超えていく。このリアリズム、ダイナミズムこそケン・ローチの真骨頂だ。映画の中盤、配給所を訪れたシングルマザーがあまりの空腹に我を忘れて缶詰の中身を手づかみする場面には衝撃を受けた。僕達は貧困が人間の尊厳を傷つける事を知るのである。


『わたしは、ダニエル・ブレイク』16・英
監督 ケン・ローチ
出演 デイヴ・ジョーンズ、ヘイリー・スクワイアーズ
 
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『ワーキング・ガールズ』

2021-05-12 | 映画レビュー(わ)

 まるでコメディ映画のようなポスターに騙されてしまった。フランス北部の街ルーベに暮らす3人の女性が国境を越え、ベルギーでセックスワーカーとして働く様を追った社会派の1本だ。コロナ禍によって女性の貧困化が進み、性産業に従事せざるを得ない実態があるここ日本においても他人事ではない作品と言えるだろう。彼女らは経済的のみならず、性的にも搾取されているのだ。

 サラ・フォレスティエはアルノー・デプレシャン監督の『ルーベ、嘆きの光』に続いてこの街の最下層に生きる女性を生々しく演じ、性格俳優の面目躍如である。


『ワーキング・ガールズ』20・仏
監督 フレデリック・フォンテー、アンヌ・パウリスヴィック
出演 サラ・フォレスティエ、ノエミ・ルヴォウスキー
 

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『ワンダーウーマン1984』

2020-12-31 | 映画レビュー(わ)

 女性監督として史上最高のヒットとなった前作『ワンダーウーマン』の成功を受け、おそらく最大級のクリエイティブコントロールを得たであろうパティ・ジェンキンス監督の渾身の1本だ。今度の舞台は1984年、立ち塞がる敵はなんとドナルド・トランプ!

 いやいや、石油採掘会社を運営し、神々の力が宿った秘石で人々の心を操るマックス・ロードはDCコミックが1987年に生んだヴィランだ。しかしペドロ・パスカルが大奮闘する本作ではどこからどう見たってトランプである。孤高のバウンティハンターから一転、体重を増やしたパスカルが80年代のダブついたダブルスーツを身にまとい、テレビに向かってニヤければ84年に不動産帝国で栄華を極めたトランプの姿が否が応でもダブるではないか。既に指摘されているように現在のトランプのビジネスは破たん状態にあり、本作のマックスもやり手のビジネスマンという顔は偽りで、経営難に喘いでいる。マックスは自らの自己顕示欲を満たすため、秘石によってスーパーパワーを獲得。人々の隠された欲望を解放し、ついには大統領以上の権力者へと昇り詰める。その姿がポリティカルコレクトを破壊し、人々の内に押し込められていた怒りと暴力を扇動して支持を集めたトランプと一致することは言うまでもないだろう。

 秘石はワンダーウーマン=ダイアナの想いも叶える。前作から60年の時を経てなお彼女はスティーヴへの愛を忘れられずにいた。最強の戦士の一途さはなんともいじらしく、今作でもガル・ガドットとクリス・パインのケミカルは抜群。しかし“戦死した恋人を待ち続ける”という貞淑さは女に課せられた呪いでもあり、ワンダーウーマンのスーパーパワーを奪ってしまうのである。

 クリス・パインは前作に引き続き、女性の力を認め、自分の領分以外は潔く場を譲り、ある時は肩を課し、ある時は自らの身を挺する男を好演。ダッサダサの80sファッションショーも最高にチャーミングだ。
 ジェンキンス監督の次回作はなんと『スター・ウォーズ』の劇場最新作で、戦闘機乗りの物語だという。プロモーションでは自らも戦闘機乗りの父を持つ娘であると語っており、本作のスティーヴもまたパイロットである。ひょっとするとスティーヴには父親の姿が反映されているのかも知れない。

 前作にはなかった魅力として今回は前述のマックス・ロード含め、ヴィランにキメの細かいストーリーが用意されており、クリステン・ウィグが演じる強敵チーターは重要だ。セクシーに振舞うことを課せられてしまった彼女はダイアナの対極的女性像であり、偽りの自分を守るためマックスに加担する。ジェンキンスはアクションシークエンスをかなり絞り込んでおり、ワンダーウーマンが能力を封じられるプロット上、ヌケの悪さも目立つのだが、ジャンル映画としては異例とも言えるほど人物描写に時間をかけ、キャラクターを大切にしている。

 本作は当初サマーシーズンの公開を予定されていたが、多分に漏れず新型コロナウィルスの影響により遅れること半年、ホリデーシーズンの公開となった。だが実は『ワンダーウーマン1984』は“クリスマス映画”でもある。ワシントン大通りを埋め尽くす大暴動シーンは哀しいかな、今年僕たちが現実に見た光景であり、選挙の大勢が決した今、トランプを虚栄心に満ちた哀しい男とする批評は客観的に機能している。アメリカの分断、大統領選挙、そしてコロナショックと今年は本当に多くの事件が起こった。それでも人の善意を信じる愛の戦士ワンダーウーマンは、この世界は救うに足る価値があると謳うのである。彼女の愛の精神が満ちた粉雪舞うエンディングは12月公開にピッタリではないか。僕は心癒され、ホロリと落涙してしまった。


『ワンダーウーマン1984』20・米
監督 パティ・ジェンキンス
出演 ガル・ガドット、クリス・パイン、ペドロ・パスカル、クリステン・ウィグ、コニー・ニールセン、ロビン・ライト
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『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウエスト』

2020-07-15 | 映画レビュー(わ)

 長らく『ウエスタン』の邦題で呼ばれてきた1968年のセルジオ・レオーネ監督作が2時間45分の完全版として日本初公開となった。合わせてタイトルも原題と同じ『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウエスト』に改題。映写技師泣かせとしても名高いこの長編は各国で上映形態が異なり、ヨーロッパ圏での絶賛とは対称的にアメリカや日本では短縮版が公開され、正当な評価を得る事ができなかった過去がある。
だが、そんな事はどうでもいい。本作は歴史に残る偉大な1本であり、胸を打つ映像叙事詩だ。

 顔の映画である。冒頭から超クローズアップが多用され、巻頭10分で死ぬ悪漢から子役、そしてアメリカ映画史を代表する名優ヘンリー・フォンダ、ジェイソン・ロバーズに至るまで全員が名演を披露する。顔の皺に歴史があり、微かな歪みに行間が宿る。

 そこに音が被さる。軋む風車は時代の目撃者たる西部そのものであり、ざわめく虫の音が引き潮のように遠ざかった瞬間、ドラマが始まる。代わって聞こえてくるのはエンニオ・モリコーネだ。聞けば楽曲は製作前に完成しており、音を流しながら撮影したのだという。キマりまくったレオーネの構図と俳優達のミザンスはモリコーネあってのものだったのだ。

 1人の女と3人の男の物語である。だが男たちのいずれもが新しい時代の到来と共に去るべき旧い存在だ。1人の女によってアメリカが興り、レオーネの憧憬する西部の伝説は終わりを告げる。これは西部劇への挽歌だ。翌年はさらにサム・ペキンパーが『ワイルドバンチ』を発表。ジャンルは終焉を迎える事となる。


『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウエスト』68・伊、米
監督 セルジオ・レオーネ
出演 チャールズ・ブロンソン、ジェイソン・ロバーズ、ヘンリー・フォンダ、クラウディア・カルディナーレ
 
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