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長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ワイルド・ローズ』

2020-07-06 | 映画レビュー(わ)

 田舎で演劇を志した筆者としてはグラスゴーでカントリー歌手を目指す主人公ローズの孤独は大いに想像がつく。手堅く地道に生きてきた母からはいつまでも夢を見るなとたしなめられ、共に夢を語れる友達もいない(ボーイフレンドやバンドメンバーが登場するが、その関係性は深く描かれない)。何より彼女は2人の子供を抱えるシングルマザーだ。18歳で出産し、手に職もない彼女が困窮から犯罪に手を出した事は想像に難くない。生活に追われる日々。わたしの人生、こんな所で終わるのだろうか?

 『ジュディ』『チェルノブイリ』等で印象を残してきた新鋭ジェシー・バックリーはそんなヒロインを魅力的に造形している。激しく生きなければ人生じゃないと言わんばかりの破天荒さは愚かさと紙一重だが、グラスゴー訛りのがらっぱちさと美しい歌声は見る者の心を捉えるだろう。今後が楽しみな注目株だ。

 トム・ハーパー監督は本作を胸のすくようなサクセスストーリーではなく、“なぜ歌うのか?”というアイデンティティへの問い掛けとしていく。前半のセットアップに対して後半は駆け足な感が否めず、シングルマザーの社会的孤立など、女性に課せられた格差社会への目配せは足りていない。特に支援を申し出る上流女性との関係性はもっと掘り下げるべきだったろう。あれだけ溝が出来てしまった子供達との関係も終幕であっさり修復してしまっている。彼女の目を見開いた(おそらく人生初の)海外旅行となる後半のナッシュビル編をもっと見たかった。

 
『ワイルド・ローズ』18・英
監督 トム・ハーパー
出演 ジェシー・バックリー、ジュリー・ウォルターズ
 
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『WASPネットワーク』

2020-07-03 | 映画レビュー(わ)

 フランスの監督オリヴィエ・アサイヤスは今、最もユニークなフィルモグラフィを形成している映画作家だ。クリステン・スチュワートと組んだ近作『アクトレス』では女優の心理を描き、その奇妙で夢幻的ラストはポストモダン心霊ホラー『パーソナル・ショッパー』に繋がった。かと思えば本作は1990年代にマイアミで活動したスパイ組織“WASPネットワーク”を描く実録映画であり、エドガー・ラミレス、ペネロペ・クルス、アナ・デ・アルマス、ガエル・ガルシア・ベルナルらラテンスターの揃ったオールスター映画である。

 90年代初頭、キューバのカストロ政権転覆を目論んだ反共テロが激化。テロ組織の大半はCIAの協力やFBIの黙認の下、マイアミを中心としたアメリカ国内に拠点を持っており、キューバは政治亡命と見せかけたスパイをアメリカへ送り込んで対テロ活動を行っていった。諜報員の多くは後にアメリカ政府によって逮捕され、長期刑を言い渡される事になるが、2000年代中半以後、ブッシュ政権による対テロ戦争への批判が高まるにつれて減刑を求める声も大きくなっていった。本作に登場する5名はとりわけ社会の注目を集め、“キューバン・ファイヴ”と呼ばれている。

 この題材で上映時間2時間10分は短過ぎるだろう。アサイヤスは不格好なまでの早口で語りを進め、キャラクターもドラマもオミットしていく。スパイ映画としてのダイナミックな空撮にこんな技まで持ってるのかと驚かされ中半、突如として挿入されるナレーションに彼らしい飛躍を見るが、ラストシーンのカストロのコメントからもわかるようにテーマがアメリカの対外政策批判である以上、もっと時間をかけるべきだった。長尺版が存在するかのような編集リズムなのだが…。

TVドラマの隆盛によって長尺のストーリーテリングが可能になった昨今、題材に対して詰め込み過多な劇映画のミスマッチはより明らかになっている。これでは前時代的過ぎるだろう。


『WASPネットワーク』19・スペイン、ブラジル、仏
監督 オリヴィエ・アサイヤス
出演 エドガー・ラミレス、ペネロペ・クルス、ワグナル・モウラ、ガエル・ガルシア・ベルナル、アナ・デ・アルマス
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『ワン・オブ・アス』

2020-02-09 | 映画レビュー(わ)

 ユダヤ教で最も厳格で排他的とされる宗派ハシディズム。女性は人前で地毛を見せる事を許されず、カツラの着用を義務付けられる。毎週金曜日には互いの意思とは関係なくセックスを強要される。強固なコミュニティが互助社会を形成し、医療や教育サービスまでもが自営で運営されるが、一般社会に必要な義務教育は行われず、インターネットの使用すら禁じられている。ここから脱出した3人の若者を追うドキュメンタリーだ。

3人に共通するのはハシディズムによってコミュニティ外での社会的自立が困難な状況に追い込まれている点だ。取材対象となる女性エティは2度のお見合い後19歳で結婚し、7人の年子を生む事になる。間もなく夫が暴力を振るい始めた事で家出するが、コミュニティは全力を挙げて法的に彼女を叩き潰し、親権を奪い取ってしまうのだ。

 こんな非人道的、前時代的価値観が現在のNYで今も続き、巨大な社会を形成している事に驚かされる。だが彼らのルーツを辿れば第二次大戦時にナチスによって国を追われた移民であり、この強固なコミュニティは異国で生き延びるためのいわば自衛手段なのだ。

 苦難の道を歩みながらも本当の世界を知った彼ら若い世代が、時代と共に社会の宗教観を更新してくれれば願ってやまない。


『ワン・オブ・アス』17・米
監督 ハイディ・ユーイング、レイチェル・グレイディ
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『ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!』

2019-09-16 | 映画レビュー(わ)

ジャンル映画への多大なリスペクトを『ショーン・オブ・ザ・デッド』や『ホット・ファズ』としてリツイートしてきたエドガー・ライト監督の作品にはエールを送りたくなってしまう愛嬌と熱意があるが、そこにはボンクラ映画特有のグダグダ感もあり、それが時に打算に感じられてしまう事もままあった。

今回は『遊星からの物体X』や『光る眼』といったジョン・カーペンター監督作に“パブクロール”という英国文化をマッシュアップしている。エイリアンの地球侵略が進む田舎町を舞台に、意地でも12軒のパブをハシゴしようとするサイモン・ペッグは確かに可笑しい。しかし、終盤にはそのアイデアの樽も枯渇し、開栓時のフレッシュさは失われている。

注目はサイモン・ペッグ、ニック・フロストのおなじみコンビに加え、その同級生役でマーティン・フリーマン、パディ・コンシダイン、エディ・マーサンら英国の中堅陣を揃えたアンサンブルの楽しさだ。この俳優の魅力を引き出す演出手腕は続く『ベイビー・ドライバー』へと結実し、ライトはようやくボンクラ映画監督からオリジナルな映画作家へと進化を遂げる事になる。


『ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!』13・英
監督 エドガー・ライト
出演 サイモン・ペッグ、ニック・フロスト、マーティン・フリーマン、パディ・コンシダイン、エディ・マーサン、ロザムンド・パイク
 
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『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』

2019-09-07 | 映画レビュー(わ)

クェンティン・タランティーノの映画は数々の元ネタを事前に知っていればより楽しめる事がままある作りだが、中でも本作は事前の予習が必須だ。あなたはシャロン・テートを知っているだろうか?彼女は1960年代『サイレンサー 破壊部隊』等に出演していた新進女優であり、『ローズマリーの赤ちゃん』を世界的なヒットに導き、人気監督となっていたロマン・ポランスキーの妻である。そして1969年8月9日、妊娠中だった彼女はチャールズ・マンソン率いるカルト集団マンソンファミリーによって惨殺されてしまう。カウンターカルチャーの象徴的存在とも言えたヒッピーによる凶行は社会を震撼させ、反体制の時代は終焉。当時、ヨーロッパで新作準備中のため難を逃れたポランスキーの人生にはホロコースト体験に次ぐ、暗い影を落とす事になる。この事件はその後も本や小説等で度々取り扱われ、最近もデヴィッド・フィンチャー監督によるTVシリーズ『マインドハンター』の1エピソードに登場した(本作でマンソンを演じたデイモン・ヘリマンが再びマンソンに扮している)。

映画館へ行く前にぜひともこれらの概要を頭に入れておいて欲しい。単なる殺人事件に留まらず、時代を終わらせてしまったこの事件に対するタランティーノの想いがよくわかるハズだ。
映画は1960年代末のある3日間を描いていく。主人公は落ちぶれたTV俳優のリック・ダルトン(レオナルド・ディカプリオ)と、その相棒であるスタントマンのクリフ・ブース(ブラッド・ピット)。タランティーノはほとんどCGを使わずに当時のハリウッドの街並みを再現し、カーステレオからはラジオをガンガン流して執拗なまでにディテールにこだわるが、リックとクリフの2人は架空の人物だ。物語と言えるストーリーラインをほとんど放棄し、この2人にハリウッドを歩かせる事でかつてあった夢の都を僕達に追体験させるのである(それはある種、デヴィッド・リンチの『マルホランドドライブ』にも似た夢見心地である)。シャロン・テート(マーゴット・ロビー)は映画館で観客と共に『サイレンサー』を見て歓声を上げ、リックは天才子役に励まされて演技の高みに達する(面白い事に「カット」の声がかかるまで撮影スタッフ、カメラが一切映らない)。そしてクリフがのらりくらりとハリウッドを周遊すれば、ヒッピー娘(キュートなマーガレット・クアリー)が先導する先にはマンソンファミリーが根城とした牧場が現れ、映画には緊張感が出始める。

俳優陣はいつも通り皆、好演だ。オスカーを獲ってようやく肩の荷が下りたディカプリオがコメディ演技で笑わせ、マーゴット・ロビーは短い出番ながらも映画のスピリットを体現する“激マブ”の輝きである。そしてブラピはこれまでにない儲け役だ。訛りがある三枚目路線のキャラクターだがいつものような照れ隠しのやり過ぎには陥らず、一本気で頼りになる男を飄々と好演し、ほとんど守護天使のようである。今年はやはりオスカー候補の呼び声が高い『アド・アストラ』が待機しており、当たり年となった。

『イングロリアス・バスターズ』『ジャンゴ 繋がれざる者』とこれまでのタランティーノ作品による“歴史改善”を見ていれば本作のクライマックスは概ね想像がつくだろう。ユーモアたっぷりのバイオレンスに爆笑し、映画の力を信じたタランティーノの優しさに泣いた。ちなみに僕の妄想ではこの事件をきっかけにリックはポランスキーの目に止まり、『チャイナタウン』に主演って事になってるんだけど、どうだろうか?(最近のディカプリオはジャック・ニコルソンに似てきたのよ)。


『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』19・米
監督 クェンティン・タランティーノ
出演 レオナルド・ディカプリオ、ブラッド・ピット、マーゴット・ロビー、マーガレット・クアリー、エミール・ハーシュ、ティモシー・オリファント、ダコタ・ファニング、ブルース・ダーン、アル・パチーノ
 
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