専攻は理工学部の土木工学科でした。別に好んでこの方向に進もうかと思ったわけではありません。生まれた環境が代々続く呉服商を営んでいましたので、親たちは当然その道を継がせたかったのでしょう。
若かったのでしょう。そんな雰囲気に反発して、真逆の建築か?または土木の道を選んだのです。これからは首都高速など橋梁の時代だと思い、橋梁工学を専攻しました・・・。東名高速が完成していないころ、静岡の山中の工事現場で作業員と半場(労働者の宿泊所)に住み込み渡米する資金をつくるためアルバイトをしていました。渡米中は仕送りなどはもちろんありません。
高校生時代から単独山歩が好きで、奥多摩の山々はほとんど行きましたね。返還前の沖縄(18歳)も一人です。米国生活(21歳~)も一人です。ベルリンの壁が崩壊した時も一人で行きました・・・。
前段が長くなりました(スミマセン!)
・・・・
当然、せせらぎの水を流すには下流が必要です。
急こう配な階段も塩ビパイプの半割で側溝をつくり(初狩のナイトー建商さんの出羽さんにお世話になり半割に切断してもらい)、通路脇に水路を設置しました。土が崩れないよう土留めもしました。
仮に塩ビパイプなどを設置したところです。最後はプラの池を泥溜めにします。その後は大きな浸透ますにつながります。
このころは寒い時期だったかと思います。
同じく防水シートを張り、両サイドは角材で固定します。
一応、この段階で流れ道は完成しました。
小石を拾い集めてサイドに形をつくります。中にはまた砂利を敷きました。
脇にはチューリップの球根も植えて、春先には咲いてくれました。
また、ワサビも植えましたが、底が浅かったのか上手く育たずに失敗です。
これが今の状態の完成した場面です。
晩秋になれば落ち葉で通路も水路も埋まってしまいます。
水源(湧き水の水道栓)、蓋もこれまでに二度直しています。
前任者が作られたものを残して、部分改修です。
作った当初は水源からの水道も、まだ新しさを感じます。
やがては水草が生えて落ち着いて来ました。
このように、水源からのせせらぎは完成しました。構想から春~夏~冬~また春になりました。
ワサビの花です。
結局、水源の下はワサビ田。
次に生け簀(イワナやマス)。2週間くらいエサなしでも生きています。
クレソンが植わっている池が2か所、そして下流の水路になります。近くのキャンプに来た方が、クレソンを収穫してくれています。出来過ぎて、伸ばし放題になっています。
ニゲラの花
菖蒲やアヤメも咲いています。
よく、ここまでやりました。自己満足の世界です。
あちこち、傷も絶えません。打身や切り傷、虫刺されなど・・・。
育てたワサビを擦って・・・。
クレソンをタマゴでとじって・・・。
広いデッキや薪ストーブの火を見ながら過ごす・・・。
贅沢な環境で(このような環境にして)通い生活している私です。
あと何年いられるか分かりませんが、山道の運転と体力・気力がいつまで続くかです。手放す時もそんなに遠くは無いかと思っています。
今日はこれから道志に入る準備をしています。
Hiro