くじびき はずれ の 見た世界

シニア初級者というのに世間知らず。
少年のようなつぶらな瞳?
そろそろ大人の記事を書きたい毎日です。

東山散歩

2019年12月10日 23時29分02秒 | ソウダKyotoへ

いきなりですが令和元年の最後の満月は12日(木)です。

今日は天気予報によると17度くらいまで赤る予想で身構えていました。
ところが昼を過ぎても仕事をしていても温かくならない。
肩透かしを喰らわされたと諦めていたら2時を過ぎたとたん妙に蒸し暑い。
結局は着ていたベストを15時を過ぎて脱ぎました。


ネタも無いので京都の話はそろそろ終わり。
産寧坂・霊山の中腹にあるウチの御廟の風景写真で締めくくり。



御手洗。



会館前のモミジ。



納骨堂ま前の花束。


白のさざんかの花



これは何でしょうね?  馬酔木の親玉みたいな白い花でした












追い込み

2019年12月09日 23時09分05秒 | ソウダKyotoへ

年末の追い込みでちょっと張り切って全身筋肉マン いや脳が筋肉痛 (-_-;)

先週は美術館だけ行ってりゃいいものを墓参りは良しとして、将軍塚や
産寧坂を杖をつきながらも歩き回ったり、調子に乗ってはしゃいだ罰かも?

と言うわけで産寧坂の画像の羅列でお茶を濁す言い訳です。


 

平日と紅葉の流れも有名な場所に流れたか? 二年坂・産寧坂は少し空いていた
ように見えました。  いきなり立ち止まり道を塞いでしまう外人客を除いては。

 

 

修学旅行もこの時期は二学期の期末試験前で少ないだろうと思いきや ・・・
ドッと学生服姿の修学旅行生が清水坂を上り下りする姿が普段通りに。

 

 

あ、これは日本語グループではありません。

 

 

 

京都は外国人観光客の急増にいろいろ策を練っているそうですね。
バスの大混雑、個人の敷地や公共の施設での写真撮影、路上での食べ歩きなどなど。

日本人観光客でもインスタ映えの名所の混雑。 
永観堂(東山)・瑠璃光院・宝泉院・三千院など有名箇所は入山に3時間待ちなんて
普通みたいですね。 でも精々10か所ぐらいで混雑しているだけだそうな。

ネット社会なんだからもっと分散して回ってもらえるように情報操作すればいいのにと
バス停でいつまで待っても満員のバスに取り残されている人達を見ると気の毒になる。

 

 

飲食物も高い高い。 京都と言うだけで同じものでも30%は高くなるのが不思議。
はい、私はランチに1000円程度までしかよう出しません。

 

 

何故か周りはベトナム語とかタイ語のお客ばかりでしたけど。
意外と外国語の観光ガイドの方が『食』もリーズナブルなお店が紹介されて
いるのかも知れません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


将軍塚

2019年12月07日 23時41分06秒 | ソウダKyotoへ
妻の実家の墓所からウチの菩提寺の本廟まで車で混み具合で5~10分。
でもまあせっかくの紅葉の時期なのに寄り道もしないなんて信条に外れます
ので、いつもは五条方面に下るのをそのまま東山を北へ。

丁度、高台寺(寧々の寺)の真上辺りに当たるところに『将軍塚』という処が
あって、以前に来たことはあったのだけど真夏だったので早々に引き上げ
ました。  真夏の京都はとにかく蒸し暑い。

で、このシーズンならバッチリかと。


この先には京都市内南部を眺める場所が無料駐車場と展望台 。


真ん中は京都タワーですね。



これはほぼ四条から西へ延びるような感じ。
其処より少し北側に行ったところに桓武天皇が平安遷都の折、この地に和気
清麿呂の案内で登られ、下界をご覧になって都を定める決心をされたと伝え
られ、その後天皇が都の安泰を祈念されて将軍の像(征夷大将軍の坂上田
村麻呂)に甲冑を着けて埋めたと伝えられる将軍塚があります。 



門跡寺院(天皇家所縁の寺院)青蓮院の飛地境内にあるのですが ・・・
寺院散歩は明日の話題に残しておいて



東山を背にしてほぼ180度、北は比叡山から南は山城辺りまでバッチリ。





この凄い展望をほとんど一人占め。 
周りには3~4組の観光客しか居ませんでした。












京都は

2019年12月06日 23時41分04秒 | ソウダKyotoへ
偶然にも高麗美術館の招待券をもらったのはラッキーでしたが金額にして
一人500円のペア。
ある印刷会社が運営している京都の情報サイトで時々あるプレゼント企画。
もう何年もになるけれど今までも南禅寺近くの野村美術館、下京区の龍谷
ミュージアム、中京区三条の茶釜の展示で知られた大西清右ヱ門美術館など
何回か当選して、なかなか自分では行かないだろう美術館に行かせても
らっている。

今回はそれもあったけれど、京都の墓に次男の処の孫の誕生報告も妻と
年内に行きたいと話していたところだったので、ちょうどきっかけになり
或る意味ラッキーでした。

ですから順番としては墓参から。
本来はウチの菩提寺からと言うものだろうけれど、義母の処が東山でも
一旦東へ抜けて高速の山科インターから行くのが便利で、そこから清水
五条へ降りて産寧坂に上がるとウチの霊山本廟があるので、周る都合で
どうしても妻の方から周る。
義弟のお嫁さんの実家の墓も義母の墓所と近くなので、一緒に合掌しに
寄ってきます。



東山でも山の上なので住所で言うと山科区上花山旭山町となります。



流石に上は銀杏も半分は落ちていました。


モミジは丁度良いグラデーションだったと思います。



流石に観光客など全く来ないので紅葉を独占です。













高麗と書いて

2019年12月05日 23時55分18秒 | ソウダKyotoへ
ひっさしぶりに京都へ。  9月20日以来76日ぶりになります。



北区紫竹上岸町にある高麗(こうりょう)美術館で開催中の
『石の文化と朝鮮民画』(9月1日~12月10日)の招待券を頂いて
観に行って来ました。


堀川通を北へ、北山通を越えて鴨川・上賀茂神社のすぐ手前辺りになります。



展示は多くの美術館がそうであるように館内撮影禁止でしたので
当然画像はありません。
フライヤーの裏面に書かれていることが全てだと思います。
食器、硯、香炉、刀などの全てが石で作られている文化でした。

あの硬い石を良くもここまで細工できたものだと感心させられたと共に
街の壁などに描かれた絵を剥がして日本で掛け軸様式に表装したもの。

建物の庭には大きな石造物が




東堀川通の銀杏もかなり散っていました。

















京・東山 土産考

2019年09月21日 23時29分30秒 | ソウダKyotoへ

雨予想で、朝の空もそのまんま

 

 

山の麓が霧で翳んで見えません。
気温は相変わらず26度で止まりましたし、おかしなことに一滴の雨も
降らず、午後には晴れ間も出ました。
傘を持って出たのが邪魔になりました。

 

さてさて京都の話題を少し続けます。

高校生の修学旅行はどんな移動手段でどういう処を見学するのか
少々リサーチしてみると、タクシーを利用している学校が多かった
ように感じました。

料金までは分かりませんが運転手が観光案内人を兼ねていて、希望の
名所に的確に連れて行ってくれる。  なるほどですね。
どうも聞いていると昼食を摂った後は「銀閣」「金閣」「嵐山」と
周る予定の組もあったようです。 観光バスや公共交通機関では
かなり無理があります。 グループによっては他のルートもいくつか
あるようでしたし、もちろん学校によっては観光バスでサッと周る
所もあったようで、メインはUSJや海遊館ですもんね。

 

お土産屋を覗いてみました。



雑貨・工芸館を覗いてみたところ。 さあて売れるのかなぁ?




こういうのもちょっと疑問です。




関西人、特に大阪の人なら笑い飛ばすだろうけど他の地方の人は?
抹茶系もいろんなものが増えました。





京都駅や主要観光先で売られている『京ばあむ』は「生八つ橋」の
株式会社美十(旧社名「株式会社おたべ」)と観光協会の企んだ
元々伝統も何もない無いものでしたが、既に銘菓になっているから


こんなのも出来てるんですね。










電車で京都

2019年03月31日 23時56分18秒 | ソウダKyotoへ

早くも3月末、四半期が去ろうとしています。
そしていよいよ明日、新元号の発表日ですね。
アチコチで予想の話題が取りざたされていますが、穏やかに見守れないものでしょう
かね。

たぶん高校野球のトトカルチョみたいな雰囲気があるのでしょうが、ギャンブルは
からっきし苦手というか嫌いな部類なので鬱陶しい気がします。

昭和から平成への改定を経験した者としては、天皇陛下にご崩御がない明るい改定
なのが嬉しいです。
あの半旗の中での行事は気も滅入りますもん。

 

さて先日のsararaさんのコメントで知った阪急電車の新型特急「京とれいん」

通常は大阪・梅田から京都・河原町を結ぶ『快速特急雅楽』と『快速特急A』の
2種類なのがこの時期特別に西宮北口から嵐山を直接結ぶ運転日限定の臨時列車

が走ると知り、先週の仕事がポカッと途切れた日に乗り鉄チャンしてきました。

車両によって内装や装飾が違って、それも特急料金など無しで楽しかったです。

車両の連結部分には暖簾が垂らされて横並びの展望車両や窓の形がそれぞれで

所々に和風・京風のデザインを取り入れて、ドア上の表示も

車両は6両編成で

右下の画像のように車両によって座席シートの柄も違いました。

流石に宝塚歌劇団を抱える阪急だけに、他のラッピング車両もなかなかモダンで

もう見る物見る物、ワクワクが止まりませんでした。

 

 

 

余談ですがsararaさんのご質問に対するコメントとして書き込みにくかったので
ここに補足しておきます。

本当は健康やメタボも考えて「すーサン」のように毎日15000歩~30000歩
は歩きたいのですが、足底筋膜症や踵骨棘(しょうこつきょく)のために痛みで
そんなに歩くことも出来ず、慢性腎炎にも無理がかかるので一応6000歩/日を
最低目標にしています。

仕事で現場であまり動かない日もありますが、押しなべて週単位でみるとまあまあ
平均値でクリアしていると思います。



 


静かな京

2018年12月20日 23時10分25秒 | ソウダKyotoへ

昨日はめちゃめちゃいい天気でしたが今日は昼前には雨粒が落ちてきて、京都府との
府県境はかなりの降りで茶処特有の霧(?)に包まれて視界がグンと落ちました。
奈良と京都の境目は交通標識で一目瞭然。

左が奈良で右が京都に入ったって、誰にでも分かりますよね。

そういうわけでほとんど雨の景色しかないので昨日の3時間を潰した【高台寺付近】
の模様を続けます。
--その前に 昨日の日記に八坂の塔のシルエット画像が抜けていて追加しました。--

 

寺の入り口はこの駐車場からそのまま真っ直ぐなんだけど、まずは腹ごしらえに
美術館へ向かう坂道を下りました。



 

  

 

まだギリギリで紅葉が見れました。
ねねの道も流石に平日で日本人は勿論、外人さんもかなり少なかったです。

路地も人影が少なくて、昭和の中期の本来の京都の風景みたいでした。
大黒天も落ち着いてお参りできました。

 

大雲院祇園閣(銅閣)

 

蕎麦屋さんにあった天秤にも何となく癒されたれして。
お庭の苔なんかもホッとさせてもらいました。

 

そばを食べても予定の時間までは2時間ほどあったので、明日は高台寺の庭園を
取り上げようと思います。

 

 

 

 

 


いきなり京都

2018年12月19日 23時08分54秒 | ソウダKyotoへ

ええお天気でした。

急に京都は東山区に行かなければならない用事が出来て朝から走りました。
取り敢えずお昼前に用事は終わって、3時間ほどしてもう一度行かなければならない
ので菩提寺の廟所にお参りに行って、高台寺辺りで食事&時間つぶし。

京都タワーが真っ直ぐ見渡せてその向こうに長岡京辺りから西区、北へぐるり

嵐山辺りまで薄っすらと見渡せました。 
お昼はまたまたニシン蕎麦を候補にしましたが、鴨なんばがとても美味しそうに
見えてしまって、向かいのテーブルに座っていた中国人のお嬢さんをおかずに
頂きました。

八坂の塔も逆光ながら美しく、向こう側の京都タワーにも周りの竹林とも映えて
急に強くなってきた風にも、寒さに震えることなく見て来れました。

 

今日食べたものではありませんが、京都の話題を書く機会があったら以前に
食べたものの挙げ忘れ画像を撮っておいた物もついでにアップしておきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


15日は葵祭

2018年05月07日 23時27分51秒 | ソウダKyotoへ

雨だ雨だと言われていましたが大和盆地の南西の隅っこは、本当に護られた地域なんだなと
つくづく感じさせられた1日でした。

午後に大和郡山を通って奈良市
それから京田辺市へと抜けて
用事を済ませ

それから城陽市に寄ってササッと
用事を済ませ

宇治市を抜けて京都市南部の
伏見区へ向かいました。

奈良市から府県境を越えて京田辺
同志社大学の田辺キャンパスを
過ぎたころから暗雲が立ち込めて
強めの雨になりました。

城陽市に入ってから雨脚がいっそう
強くなって宇治市では土砂降り。

名神高速の京滋バイパスと第二京阪
道が交差する巨椋辺りがピークに
なりました。

帰りは逆に雨雲を連れて帰ってきた
感じで、雨の域が南下してきて
大和郡山市まで激しい雨でした。

ところが大和郡山市を抜け切ると
またワイパーを動かさなくても走れる程度と小雨状態。  不思議でした。

 

伏見区へ行ったのはブログ友達の”すーサン”に『上賀茂神社のフタバアオイ』を分けて
もらうため。

京都三大祭の「葵祭」で使用されるフタバアオイが激減しているために、上賀茂神社に
「葵の森」を再生すべく、小学校を中心とした教育機関や企業・団体・個人等の参加を
促し、「葵再生プログラム」にて葵を育てる取り組みが行われています。
それが葵プロジェクト

すーさんも何年か前にその葵プロジェクトで葵を手に入れてからどんどんと増やされて
いるそうです。
去年もいただいたのですが越年を失敗してしまいました。
一旦、地上の草は冬に刈れたようになり、翌春にまた地下から芽が出てきて育つのです。
水が多すぎると根腐れし、乾いてしまうと本当に死滅する湿気に敏感な草です。

今回は去年の1.5倍ぐらいのを頂きました。
頂いたときに、たった一輪咲いていた花が落ちてしまいました。

あ、これでは大きさが分かりませんね。

    

どちらも1円玉と比較してみました。  ちっちゃな花です。

「ついでに」とユキノシタも分けてくださいました。

これは背丈が40cmぐらいです。
こちらはこれから花が咲くように蕾が膨らんでいたのをくださいました。

                  

スマホカメラではこれだけ寄って写すとピントがうまく合いません。

去年は8月半ばから12月末まで大規模修繕工事となり、ベランダに出せないことも
失敗の微かな要因になっていたかも知れません。

帰宅して、この子達を定位置に置いたころに外は大雨になり、大阪府の各地でも大雨の
警報が出るほどになりました。

夜になってからは小康状態を保っているようです。

 

今はまだ一人しかいない孫の名前が 「葵」ということもあって、なんとか増やしたい
気持ちでいっぱいで、無理をお願いしました。

 

 

すーサン、ありがとうございました。


京都に着いて

2017年12月12日 23時56分28秒 | ソウダKyotoへ

口癖になってきました。 寒いですね~。

まあまだ序の口だとはわかっているのですがついつい。
1℃~6℃と日格差は小さかったけれど風が強くて冷たかったです。

京都へ行った日はちょうど妻の誕生日で能の観賞が第一目的でした。
その5日ほど前にFM京都(α-staton:89.4MHz)で
美術館「えき」Kyoto & 朝日新聞社 主催で 『ガラスの仮面展』が開催中と
知りました。

なんのこっちゃら分からない方々がほとんどだとは思いますが、美内すずえという
漫画作家が白泉社の「花とゆめ」という漫画雑誌に不定期ながら連載している
漫画のタイトルです。

たかが漫画、されど漫画で2016年に連載40周年を迎えた演劇漫画の金字塔。
知る人ぞ知るでファンの数も相当数の根強いファンが多い作品です。
妻もご多分に漏れずその熱烈ファンの一人で、FMラジオを聞いてすぐに教えて
あげると「行かなあかんわ!」の一声でした。

偶然にも上洛の予定があって京都駅のJR伊勢丹7階に隣接する美術館で、10時の
開館には平日でも列が? と思って行ってみたら入り口はこんな感じで拍子抜け。

ところが中に入ってやっぱり、いっぱいの人たちが真剣に展示に見とれている姿を
目にすることになりました。

単行本としても49巻出ていて、我が妻も全巻保有していて、私も見せてもらっています。

この展示を知らせたのも一つの誕生日プレゼントになりました。

さてさて、「能」は正午の開演で16時半ぐらいまでを予定されているので、まず
ハラの虫養いを入れてから会場に向かわなければ持ちません。
駅ビルはお昼前といっても11時近くになるとレストランも混み出すので急いで
京都駅北地下のポルタへ。

そこのプラザ広場でヘンテコリンなものを発見しました。

これはタイトルを -そらつなぎの庭- と言い、京都駅ビル開業20周年を記念
して、プラントハンター/そら植物園 代表の西畠清順氏が
京都の伝統的な北山杉
20本を使った庭園をプロデュースしたのだそうです。

その昔、コロボックルというものがありました。(アイヌの伝承に登場する小人
なんだかそんな感じがしました。 

NHKの大河ファンタジー『精霊の守り人(せいれいのもりびと)』と言う物語を
見ているのもあって、とても不思議な雰囲気を感じました。

今日は広島でも積雪を記録したのだとか。 北山も奥深く入るとこんな風に雪が
積もったのかも知れません。

うぅぅさぶっ!

 

 

 



わくわく 

2017年12月11日 23時48分46秒 | ソウダKyotoへ

冬とはいえ、どうも寒気の状態がまだ不安定な状況のようで午前中から正午にかけて
寒冷前線が通過して、午前中は小雨が降ったりやんだりして、午後はたまに晴れ間も
出たりしましたが風がめっぽう強くなりました。

朝の内は冷たいというより冷やっこい風で、午後はさすがにチベテ!という風に。
日暮れとともに寒さがしみてきました。

昨日の京都は折り畳み傘を持って行ったものの一滴も降るどころか晴れ間がバッチリ。
結局要らなかったでした。

 

このところ電車のダイヤが人身事故やトラブルで遅れることが多いので、正午の開演に
早めに家を出ることにして、10時前には京都駅に着いていました。

近鉄電車の売り物のひとつの豪華特急『しまかぜ』が京都を出発して三重県の賢島へ
向かう時間がちょうど10時でホームで待機しているのに遭遇しました。

      

プチ鉄ちゃんとしてはラッキーでウキウキです。

  

窓が大きくて座席も3列シートと広々しているのが見えました。

   

3人向かい合わせでの6人掛けのシートはテーブル付きで和気藹々と言った雰囲気。

洋室個室も解放されていたので撮らせてもらいました。

食堂車の中は反対側からしか見えなかったのでお弁当販売の並んでいる風景のみ。

先頭の運転席も

      

フロントノーズにはテレビカメラ(赤丸内)もついていて宇宙船の操縦席みたい
でした。

乗ってみたいなぁ。

 

 


 


古典って素晴らしい

2017年12月10日 23時39分42秒 | ソウダKyotoへ

天気予報では曇りのち雨。
気温は0℃~13℃と、この数日にしたら高めでした。 
いつ降るのか分からないので折り畳み傘を持って出かけました。


連日のコメントのやり取りしていただいている『すーサン』のお嬢様が能楽に関わっておられるということを知っておねだりして、年に4回の定期公演をされて
いる浦田定期能楽会主催のチケットを頂いて、一番混んでいるかも知れないと
言われた今年最後の4回目の能楽会に行かせてもらいました。

正午の開演予定で自由席ということなので少なくとも11時半よりは早めに行かないと
と思って、それでも11時20分頃に能楽堂京都観世会館に着いたのですが、そんなに
混み合っているほどでもありませんでした。

でもまあ一番の舞台正面はほぼ埋まっていて、席に人が居なくてもパンフレットや
荷物などが置かれて席取りをされていました。

写真のカメラの位置辺りは余裕で席が空いていたのですが柱が気になるのでパス。
それなら却って真横から舞台を見てやろうと思って着いた席が

でもそこに座って上を見上げたら2階席がガラガラ。
それなら2階席の舞台正面の一番前が舞台全体を見渡せて、演者の身振り手振りも
足の運びも逃さず観れると大急ぎで移ったのが

大正解でした。

さすがに開演10分前には全ての席が埋まり、補助席もいっぱいで立ち見まで出たぐらいでした。

太鼓や鼓、笛などの後座も後見が出入りする切戸も揚幕から橋掛かり(廊下)まで
バッチリで前の人の頭なんかも無いから気にならなくて最高!!

               

正午から始まって2回の15分休憩を挟んだものの4時40分に会場を出るまで
ドップリ楽しませていただきました。

小鼓のポン! 大鼓の拍子木を叩くようなカン!という響き、和楽のジャズセッ
ションのように音が飛び跳ねる笛、腹から響く演者の声、いい塩梅に揃った地謡。

絶妙な間合いが洋楽にはない魅力です。

 

素晴らしかったです。

 

 

すーサンのお嬢さん、ありがとうございました。

 


葵祭(後半)

2017年05月16日 23時52分51秒 | ソウダKyotoへ

午前中の前半が御所を10時半に出発して11時40分に下賀茂神社着。
午後の後半は下賀茂神社を14時20分に出て15時半に上賀茂神社着の予定でした。

前半だけ見て帰るつもりでしたが、やっぱりなんかもったいない気がして鴨川べりを北上。
賀茂大橋(今出川通り)の北側では飛び石を渡る人も多いこと。

途中の張り出しているところは府立鴨川公園の鴨川デルタでそのまま北へ行くと下賀茂神社にもつながります。 足元がおぼつかない私たちはそのまま川沿いを上り葵橋を渡りました。
葵橋からは上賀茂神社方面が一望できました。

橋を渡って信号を一つ行けば

糺(ただす)の森で下賀茂神社の境内となります。(ただしすぐにあるのは河合神社)
手前の鳥居越しに参道を覗き見たら凄い列になっているのが見て取れました。

一番奥の拝殿まで行くには日が暮れそうです。
側道を上がって行っても竹藪の向こうは長蛇の列でした。

直接は表参道には柵やロープで入れませんがカメラを望遠にすればなんとか様子が見て取れました。

馬の列が一通り過ぎると南口鳥居まではスッと行けましたのでそこで参拝。

笠や控えの人(門前のピンクの衣装)達はそこで待機していました。

待ち時間がたっぷりあったので猿屋で名物の猿餅(ほうじ茶付)を頂きました。

お守りも、まあー可愛い綺麗な物を売っていました。

妻が孫のために葵祭限定の、1年のうちでこの日この場所でしか授かれないという葵守を買いました。

さてさてここからは行列の写真の羅列として、サボらせていただきます。

取材の減りも。   朝日新聞のマークかな?

ちなみに今回の斎王代はこんな人でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


葵祭(前半)

2017年05月15日 23時31分39秒 | ソウダKyotoへ

2週間ほど前から今年こそは行ってみたいと思って密かに企てていた葵祭

初孫の名前が何故か去年・一昨年に出生した女児の名前No.1のあおい。 
文字は葵・蒼・藍などあるようですが読みはみんな「あおい」チャン。
幼稚園にでも行けばクラスに3人ぐらいは居そうな感じです。

そんなことも脳裏にあって、去年ダメにしたフタバアオイが手に入ればリベンジと
言う気持ちもあってのことでした。

久しぶりに近鉄電車から「おけいはん」(京阪電車)に乗り継いで神宮丸太町まで。
御所を出発するのを見るなんて他人の頭や背中を見るのに等しいだろうし、初めてで
様子が分からないので、巡行コースの河原町丸太町交差点辺りでと見越してのこと。

北行き2車線を通行止めにして南行を1車線ずつに交互通行にして、巡行が通るまでは
路線バスぐらいしか通さなかったので、人混みを避けて反対側の歩道にも幼稚園か保育
園の園児が陣取ったりしていました。

 

先頭というか先導というか、京都府警の平安騎馬隊の2頭の馬が歩き出します。

馬の列がどんどん続きました。
写真はいっぱい撮ってありますけれど、罰当たりだとは思いますがオジサンやオジン
ばかりで、それも無愛想なので私の記録だけにとどめておきます。

そんな中でも可愛らしい子供の姿も。

飾られた傘も綺麗でした。

牛車の音も歴史を感じます。

いやぁ~美しい 着物です。  

気温は25℃くらいでしたが風があったので暑いというまでの感覚はありませんでした。

いよいよ斎王代

長い葵祭の歴史の中で、16世紀はじめの室町期と、19 世紀中ごろの幕末、太平洋
戦争末期の1944(昭和19)年に祭が途切れたことがあるそうです。

周りの観客も言っていましたし噂にも聞いていますが、この斎王代はよほどの資産家
のお嬢さんでないと務まらないのだそうですね。
なんでもいろんな費用が自腹で3千万円ほど必要なのだとかと聞き及びます。

 

一通りの行列が通過するのに一時間少々かかったように思います。
「時代祭はもっと」とか物知り顔のオジサンがおっしゃってました。