今朝、軒先の鉢植えに水をあげていたら蝶がふうわりとよってきて舞い上がっている。
その姿を見て「意図をふわっと軽くしておくというのはこういうことか」と合点がいく。
お金とか高額当選とか、過去に放った意図はとても重い。
意図を現実化したいのなら、それらの意図が蝶々一匹でもちあげられるくらいの軽さになるのが望ましい。
イメージの世界、半非物質や非物質の世界には「時間」が存在しない。言うなれば、過去の意図にくっついた感情エネルギーを「今」変えることができる。
過去に放った意図にくっついている重い感情エネルギーを、「今」の自分の意図で解放し、なくしてしまえば、その意図自体は蝶々一匹がふぅわりと持ち上げて高次元に持ち運び飛び去っていくくらいに軽くなる。
たまに、飛び上がった蝶が途端に蜻蛉に姿を変えて、光の速さで空の彼方に意図を運び去っていくイメージが見える。
蝶々は魂や霊のシンボルともされるが、それは彼ら彼女らのように、軽く軽くはばたき舞い上がれるくらいの気分、機嫌、感情で意図を放てば良いという道先案内なのかもしれない。