今回「飽きると疲れたは違う」というのに気づいた。
かぶさる部分はあるけど。
でも、この2つを混同していたなと気づいた。
だから、飽きないことが、疲れないこと。
長くやる、たくさんやるには、飽きないこと。
でも、長時間がんばってまでやりたくないと言うか。
そこまで人間時間のなかで、睡眠時間を削ってまでやりたくはない。
そこのバランスが重要だな。
今後の課題。
今回「飽きると疲れたは違う」というのに気づいた。
かぶさる部分はあるけど。
でも、この2つを混同していたなと気づいた。
だから、飽きないことが、疲れないこと。
長くやる、たくさんやるには、飽きないこと。
でも、長時間がんばってまでやりたくないと言うか。
そこまで人間時間のなかで、睡眠時間を削ってまでやりたくはない。
そこのバランスが重要だな。
今後の課題。
「意図のパイプラインを多元的に頑なにする」という言葉が気になったので、さらにエンゼルさんに聞いてみる。
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「今のあなたの場合、恒星探索やヘミシンクの探索など、すべてが意図を多元的、多次元的に頑なにさせるために動いているんですよ」
「なるほど」
「それはもちろん、そう意図していたからですけどね。
恒星、ヘミシンクCD、タロット、生命の樹、その他気になった言葉やイメージを<扉>として行った探索。
それぞれが直接的な情報ではありませんが、それをおこなったことで、より地上に具現化されやすくなっているんです。
だから今、このタイミングが重要なんです。
いま、いろいろな側面で成功するのに幸福になるのに急速に波に乗ってきているんです。
倍数ではなく乗数的なスピードも可能なんです。
だから、この波を作り出すことを休んではなりません。
もう、どんな高波であっても、それに乗りこなす準備はできました。
今までは、そもそも高波にのるための練習をしてきたのです。
いくら素晴らしい波を起こしたとしても、それに乗って、ずっとそこで楽しめる技量と覚悟がなければ意味がありません。
中途半端な波に乗ると、地球での時間を失います。
また、高い波を起こしても、それに乗り切れず落伍すれば「失敗した」という経験を癒すのに、また時間がかかるでしょう。
だから、今なのです。
今、あなたが必要だと思うこと、思う量をやりきるのが重要なのです。
それは結果的にあなたの幸せに跳ね返るんです。
もう、過去を解釈したり分析したり、感情に囚われて動けない・動かないという時期は過ぎ去りました。
あとは、あなたの圧倒的な行動で、圧倒的な高さの波をつくり、すかさずそれに乗る。
乗ってさえも、その波の高さを上げることができますし、自由に波を操作すればいい。
波は、クジラ・海獣・ケートゥスとも同義であるとも言えるでしょう。
海の獣を乗りこなす手綱をもつものは、人の世界を渡る高波ごとき、乗りこなせるに決まっているのです」
そばにいるクジラが進化した。
ミニクジラの妖精から、マッコウクジラになった。2回りくらい大きくなった。
自分が不用意に低い感情に支配・囚われていたら、このクジラにとっととその感情を食べさせればいいと言われる。
クジラが食べれば、それは消えたりリセットしたり意味が反転した感情になる。
感情を、スピーディーに対処する。それが今は大事。
せっかく非物質的なスキルが育っているのだから、それを使わなきゃもったいないと言われる。
たしかにスピードを早めることは、各ガイドに言われていたし。
それをスピード上げてやることで、自分の幸せや楽しさにより繋がるならそれにこしたことはないなと思う。
昨日ラブクラフトの話題をだしたので、そこの探索をしてみる。
ラブクラフト、クトゥルフ、宇宙的恐怖(コズミック・ホラー)への探索
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キリスト()おじさんがでてくる。
「なんであなたがでてくるんですか」
「今日は私が適任だからね☆」
「で、探索したんですけど真っ暗な背景と灰色の放射光のイメージしかでてこないので言葉にできません」
「それでいいとおもうよ☆」
「でもなんか、なぜか元気になる領域ですが」
「言えないことが多いんだけど、今の君には近いというか、必要なところだからね」
「まあでも確かに、この領域の恐怖感や狂気感ってすごいから、ここ受信しながらホラー小説でも書いたらすごそうですね」
自分が、「意図する」という概念を持ち込んで人生を変えていくということをするようになってから暫くたつが、期限を設定して意図したのに、それがそのとおりに達成しなかった、実現しなかったことへの後悔?執着?みたいな感情があるなと気づいた。
なのでそこを洗ってみる。
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胸の奥にあるその感情と向き合ってみる。
胸の奥のそれは「なんで?なんで?」と疑問形。問いを発している。
意図したのに、期日通りに実現しなかったことへの回答がはっきりでていないから、ずっとそこに気持ちを向けてしまっているため、結果的に「執着」みたいな状態になってしまっているようだ。
アルゴルに聞いてみる。
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「これはどう対処しましょうかねえ。
というか、高次存在に聞けばスッキリしそうなんで聞いてみたんですが」
「簡単だよ。
忘れろ」
「wwwwwwww」
「君のその奥の感情は、お子ちゃまみたいな、ただただ問いを発していて、自分で思考していない感情だろう?」
「ええ」
「自分で、この件について思考してみるとどう出てくる?」
「まあケースバイケースで、自分の中で何かが足りていなかったのか、今はそこをつっこんでもしようがないな、という思考しかないです」
「そうだね、思考としてはまさしくその通りだ。
でも、君の胸の奥のそれは、その思考では納得していない。
だからその感情に必要な言葉をやろう。
『君は子供だから、まだ理解できないんだよ。
だから大人になるまで待っててね。
大人になったらわかるよ。
だから早く大人になってね』」
そう言われると、胸の奥の子供が一瞬目をみひらいて驚く。
でもすぐ納得したように「そうかあ」と行って、その像が細かい粒子に変換され、消えていく。
その感情が居たところに、ぽっかりと穴があいたような感じ。これも隙間か?
「小さな子供は純粋だ、と言われる。
そして、その問いかけは本質を突いていて貴いとも言われる。
でも、私の視点からしたら、それは当たり前なんだよ。
地上に生まれたばかりの人間は、天や星、高次の思考や情報をそのまま降ろしやすいものだから。
そんなの、設定さえそうすれば誰だってできる。
別にありがたくもなんともないのだよ。みんなそうだったのだから。
本当に貴いのは、一度地球に生まれ、天や高次との繋がりを地上でほぼなくし
地上でそれぞれのバランスで生きて工夫し思考し、その上で、天や高次とのつながりを回復し
人間の思考と高次の思考をリンクし共鳴させ、人間と高次の二つの顔を併せ持つ。
そういう統合的な人間存在のほうが、真に貴いものだと思うのだけどね」
再度胸の奥に同じ問いかけをすると「いろいろあるんだよね。わかるよ」という返答が聞こえてくるようになる。
クジラ、メンカル、ヨナ、ヨナ・コンプレックスなど「呑み込まれる」話題が多かったけど
そういえば数日前(6/23とか24)のブログにオルフェウスの卵やプタハ、地球を呑むといったキーワードが出てきた。
あと思い出したが、エジプシャン・テクニックの「釈迦が孫悟空をもてあそぶ」のも一緒だ。
自分の内、胎の中、呑む。
そう考えていたらアルゴルが割って入ってくる。
「それはそうだろう。
そもそも恒星存在が<呑まれる>だけか?
<呑む>のだってできるのだよ。
集団無意識くらい、クジラ座だのメンカルだの、それくらい自分が呑み尽くす、飲みほす、主導権を握るくらいのことができなくて、どの口が人間をやめたといえる?
たかが人間の無意識集団くらい一飲みに飲み干せ。
もうそれくらいできるだろう?」
ちょっとお怒り気味のアルゴル様に言われる。
アルゴルと時間について会話。
アルゴルと、私の非常勤ガイドのアルゴルはちょっと違う。
別の側面が混じってる。白黒なかんじ。
あえて分ける必要もないけど、分けたいと思った時は非常勤ガイドのアルゴルを「アルゴルおじさん」とでもよぶ。
別の側面は、あしながおじさん、エネルギー配りおじさんなので。
---
「さっき、地球に物質的肉体をもって生きているには、一方的にながれる地球時間に従う部分もあるといっていたけど」
「そうですね。
地球時間を"時間"、そうではない、一方的に流れておらず、自分が任意で選択できる時間を"非時間"とここでは定義しましょう。
意識が<非時間>に至るのは、非常に重要なことです。
この思想に至ることで、多くのことを成し得ます。
キリストのみわざ、奇跡、現世の願望実現。
生まれつきであれ後天的な努力や習慣や工夫であれ、その人なりの<非時間>の境地にいたるその途中経過すらも賞賛されるべきもの。
そう捉えています。
非時間というのは、そうですね、<今、ここ>の隙間をこじ開ける意識段階でもあるといっていいでしょう。
いま、この瞬間に、全ての事象や可能性がある。
非時間の意識は、隙間をこじあけて、<今、ここ>にそれを具象化、召喚する。
そういったものです。
で、いちいちその時その時具象化が必要なこともあれば
ふわっと、意図を設定することで、<時間>てきに長期的に隙間をつくるという手もあります。
それは、人によって、またケースバイケースで適性が違います。
あなたの場合は、表の仕事ではその場その場で<非時間>の場をもうけながら、<時間>でも解決するという、二面性をもっていたほうがスムーズでしょう。それが、物質的な人間には、一番印象が強く残るのでね。
でも、そうではない、例えば占いとかそれに連なるほうでは、別に<非時間>的なアプローチだけでもほぼ問題ないです。
あと、意図設定の場合は執着しすぎないためにも、あまり何度も<非時間>を作って早く叶えようとしないほうがいいですね。
それをすると、逆に「私は叶っていない」ということを行動で示します。結果的に、行動が意図を汚す」
「時間って、低次エーテル体とか、西洋占星術のホロスコープでいう「月」?」
「まあそう考えるのが妥当でしょう。
月は吐き出すと、<非時間>になりますけどね」
「そうなんだ」
「月と同一化し、月の機械的なプログラムに従って生きてきた人間が、自己に同一化したプログラムを認識して客観視するというのは、実は大きな変化、チェンジ、移相なんですよ。
だから西洋占星術でいえば「月」「かに座」が意味する事には深い注意が必要です」
「ああそうか、ICにも関係するから、集団無意識に否応なしに巻き込まれていたり、同一化してすでにプログラム化している部分もあるのか」
「そうですね。自分個人のものではなく、集団的な月。
蟹というのは「横」です。上、縦ではありません。
自分が所属するテーブルといいますか、仲間が無意識にプログラムしている集団無意識を、自分も勝手にインストールされ、それに無自覚にしたがっていないか。
そうですね、松村潔的な表現としては「法燈明」でもいいでしょう。
もしくは地上に這いつくばった緑。
で、自分の低次エーテル体にある低い感情や、月、もしくは飲まれている不要な集団無意識を認識し、「私はこれに飲まれていたが、これは私そのものではない」と認識した瞬間、それは<非時間>になり、隙間をつくることになるのです。
かぐや姫の迎えが召喚され、地上から天に至り、地上を忘れるということは、これのことなのです」
「なるほど。
なんか、集団無意識うんぬんの話になったな」
「ちょうどかに座新月ですしね」
「茶番だな」
「予定調和ともいうでしょう」
成功の創出をして、松村潔のブログをみたら「ヨナ・コンプレックス」をとりあげている。あとラドンもちょっと気になる。
ヨナコンプレックスをとりあえず変性意識で探索。
BGMは「新しい未来をプログラム」がよさそうなのでそうした。
自分につながる、もしくは関係するヨナ・コンプレックスについて、<今>の私に必要な情報、新しい未来を阻む要因があったら教えて、と意図。
---
アルゴルがでてくる。
「ないよ」という。
先に「ラドン」という言葉が出てくる。
ラドン、グチャーっと肉塊。
「これはラドンでもあるし、ヨナコンプレックスでもある」という。
自己同一化している、とエンゼルさん。
ラドンから、ヨナコンプレックスを引き剥がすと意図する。
引き剥がしたら、透明な殻みたいなもの。
「もうないのに、自分にそれがあると思い込もうとする」というもの。
ないけど、人間の心が弱くなると形成する。
そしてなかったのに作り出して、そこに埋没しようとする。
そういう弱い性根が、正体。
もうないから、作るな。
じゃあラドンは?というと
これはこれで、こういう領域・怪物がいるだけだ。
好きにさせて起きたまえ。
これに自己同一化する存在なんて、君が都合よくつかえばいいだけだ。
と言われる。
成功の創出の具現化をはばむ要因を取り除くには、下腹部に良いことをするらしい。(あくまで今の私に)
チャクラ的にいえば第一第二だけど、あくまで肉体的にアプローチするのが今回メイン。
で、食べ物は貝類か野菜。肉は避ける。小麦粉も避ける。米はいい。カレー粉のようなスパイスたっぷりのものがいい。
スパイスといってもキムチは違う。いまはカレー粉やそれを構成する各種香辛料。
ダウンドッグは1分でもいい。かわりに「本気で」やること。
下腹部の血流をよくしたいらしい。そこがポイント。あと腸を汚さない。
スパイスカレー食べたいけど家でつくれないので、カレー粉を植物油でゆっくり熱して、塩いれて、それを炒めたり生の野菜につけて食べる。生のきゅうりにも意外にあう。たぶんあともう一工夫して、ビネガーでマリネしたりデイルちらしたりするともっと美味しいんだろう。
カレー粉は特別なものを取り寄せてもっているので、それだけでも十分おいしい。
ひさびさに「ゆめにっき」というゲームのことを思い出した。
サクッと探索すると、これは非物質的にさまざまな領域にいけるトランポリンらしい。
ただ、非物質的な準備がない人間が、これを安易に使って非物質探索するとさすがにまずいらしい。
ちゃんと非物質的にガードして、自分が人間として対応可能な領域にまで行く、とアファメーションが必要。
そうしないと、無意識に果てにまで行き、思考や感情が喰われて人間としての存在性が侵食されるようだ。
さっき、具現化について考えたら、なんか自分のなかにチグハグな、ボタンのかけ違いな意識があることに気づいた。
なのでもう一度整理。
---
こういうチグハグな部分がある理由は、自分がこうしたい、ああしたいといってチャレンジしたこと、努力したことが叶わなかったという想いがまだあるから。
だから、自分の力、自力では願望が実現しないという思い込みがある。
でも、今の状況と、あのときとでは、もう整合性がない。
思考や意識が別すぎて、比較もたぶんできない。
たぶん、あの時はあの時で、実現しなかったのはいいことだったのだろう。
そう思っていると、アルゴルから「結果ではない、途中、過程が大切だった」というメッセージがポンとはいってくる。
そういえば、最近アルゴルなど非物質存在には、そういうことをいわれるな。
感情をくっつけない。
隙間をつくる。隙間をつくるために、前倒しで行う。
行動する。ポンと入ってきた直感を疑わず、行動する。
こうやって、過去の結果について考えると言うことは、自分の隙間を逆に埋めてしまうのだろうな。
そして、自分は異常に結果に執着していたのかもしれない。
まあ、この人間世界で、そこそこ教育にうるさい親の元で育てば、そうなるだろうな。
結果が全て。途中の過程や努力や行動は認められない。
結果をださなければ発言できない。人間性が認められない。
でも、最近ガイドたちに言われるのは、むしろ「途中」だ。逆だ。
結果は、意図しろ。意図した結果が必ずもたらされると信じろ。疑うな。
意図した結果が実現することに、余計な疑いや不安、期待など感情をくっつけるな。
そして、その結果がもたらされるまで諦めるな。
結果は、必ず意図したものがやってくる。
条件が細かすぎると逆に叶いにくいから「これか、これ以上」といった、ざっくりした意図・要望のほうが現実化しやすい。
そういえば、「自力での努力」って、なんとなく「頑張らないと、結果が得られない」という前提だよな。
でもそうじゃない。結果は、意図すれば得られる。
そのために、自分が必要な行動をする。不必要な行動はしない。
そして、見えない世界の協力を信頼する。
見えない世界の存在が、自由に全力にうごいて奇跡を生み出すために、常識や当たり前にとらわれない。
時間や空間にもとらわれない。
自分は、今、やらないとなと思ったことをきちんとやっているか?
得たい結果を、未来を、ちゃんと意図したか?
その意図を汚すような失墜させるような、感情や否定的な想念をもっていないか?
もしそういう否定的感情や想念をもっていたら、それを少なくしたり無くしたり上書きするための行動をしているか?
--
ハンターハンターの念能力について考えていた。
参考記事:https://blog.goo.ne.jp/azyoga/e/bc2663f21943096e5f7bf4919a1cce39
で、自分は具現化系のところのパラメーターがとても低いイメージばかりでてくる。
ほぼゼロというくらい。
自信がないからか?と感情をクリーニングしたけどあまり変わらない。
本腰入れて理由を探る。
---
変性意識に入って感じてみると
「地球に具現化する必要すらない」という言葉。
必要性を感じない。
「私が動かなくても、周囲に動いて貰えばいい」と言っている。
ん?
それってある意味具現化だけど・・・
なんかちぐはぐ?
「あくまで自分の力で具現化する」ことが具現化系であって、
非物質存在に動いてもらって具現化させることは、具現化系ではない、と
意識のどこかで思っているようだ。
でも、どっちにしても地上に物質化、具現化するなら、それは具現化系ということでいいのでは?
「それを人が具現化系能力、と呼ぶなら、それならそれでいい」と、意識の奥底が言っている。
そう納得すると、パラーメーターのメモリが、ググーっと回復して普通にMAX値までいく。
「なんかボタンの掛け違いな認識違いだったんだね」
「でもそう言うのってやっかいというか強力ですよ。気づけてよかったですね」とエンゼルさん。
このへんの話って、自力とか他力の話でもある。
自分で頑張って(常識的な努力をして)具現化するのも、
目に見えない世界でガイドとコミュニケーションをとって具現化するのも(非常識な、狂気的な行為)
具現化するなら、どっちも一緒。
過程が違うだけ。
エジプトの原初の神プタハの象で、スカラベと合体したものがある。
これを見ていると色々ざわつくというか気になるのでアルゴルに探索してみる。
---
「この存在の意味としては、すでに君が考えた通りだよ」
「それでスッキリしないというか、まだなんかザワつきがあるんですけど」
「これを、味方にすればいい。呑み込むと言うか」
「オルフェウスの卵と一緒だよ。この存在すらも自分の内にあると思えばいい」
「はぁ」
「意味だけ考えれば、人間はこの存在の下にある。
だが、君たちは違うだろう。
というか、本来、この存在の下にあるものは同時に上にあるともいえる。
<卵>よりも外、卵を内に呑み込むもの。そういう思想に至ってほしい。
一度ここで、このプタハを呑み込んでみるとイメージしてみてほしい」
アルゴルの言う通り、プタハをイメージで呑み込んでみる。
腹のなか、というか子宮?のなかにプタハが収まる。
すると私の腹が膨れてポンと爆発する。
中から、ピンク?色の小さな花がたくさんあふれる。
瞬く間に、周囲は春の日の花畑みたいになる。
私は「自分は腹から出た。自由だ〜」という雰囲気でニコニコ花畑を歩いている。
---
「こんなんでましたけど」
「それでいい」
先の記事でも引用したこの文章
『だからあなたが捨てるべきものは理性と合理的思考です。代わりに狂気を手に入れるのです。合理的に考えたら到底受け入れられないことをし続けるのです。人生は何をしたっていいし、どこへ向かってもいいんです。親も上司も同僚も、みんな他人です。狂気をもって、今までの合理的で正しい人生を破壊するのです。』
引用元:https://jp.quora.com/naze-jinsei-ha-konnanimo-tsumaranai-no-desu-ka
狂気、というと「悪いことだ」みたいな印象もあるかもしれないが
この定義でいうと狂気に善も悪もない。だって、ただ合理的思考を破壊するだけだから。
狂気の先はディストピアだと決めつけるのはおかしい。
むしろ、この世のディストピアは正しさや正論が行き着いた成れの果て、墓場なのかも。
狂気の先はユートピアとは限らないが、ディストピアとは限らない。
狂気によって、どちらに行きたいかは、その人の選択による。
キリストが起こした奇跡も、見方によっては「狂気」だし、もしその場に居合わせたら狂気と思うのではないか?
『なぜ人生はこんなにもつまらないのですか?』という文章を読んだ。
一部引用。
『居心地の良さと人生のつまらなさは両立します。なぜなら、楽だから。何も起こらないつまらない人生は、色んな刺激にいちいち反応しなくても済むから、楽。
あなたはその理性と合理的思考をもって、今の居心地の良い人生を作り上げたのです。(中略)
だからあなたが捨てるべきものは理性と合理的思考です。代わりに狂気を手に入れるのです。合理的に考えたら到底受け入れられないことをし続けるのです。人生は何をしたっていいし、どこへ向かってもいいんです。』
この文章いいな、と思った。で、「代わりに狂気を手に入れる」というのが変性意識探索であり、恒星探索であり、タロットパスワークや生命の樹の探索である。
狂気、という言葉の定義がなんかストンときた。
今まで、狂気というものはホラー映画みたいな怖さ(ゾンビみたいな)、気持ち悪さと定義していたが、こういう「狂気」の定義はありだなと思った。
理性と合理的思考の裏返しが狂気。
常識、世間、当たり前を捨て去るのが、凌駕するのが狂気。
そう考えると、私のこの数年の歩みは立派に狂気だな。
今までやっていたことを全部いちいちここに書かないし、出さなかったけど、簡単に羅列しても狂気だ。
しかし、合理的思考や理性を重ねて重ねて重ねて、積み上げて積み上げて積み上げて至ったのが、ここだ。
常識や理性や合理性をのなかでもがいて、その先端に行き続けたら、気づいたら狂気の山の峰に辿り着いていたというかんじ。
そう考えていたら、ウ”ィ”エ”が、ものすごくいい笑顔でこっちを見ている気がする。