つじつまが合うとは言いますが、そもそもつじつまってなによ。
「つじつま」とは何かとネットで知らべると。
漢字では「辻褄」。
物事の道理。筋道、和服の辻と褄とのように合うべき所のこと。
「辻」と「褄」とはどこかというと。
まず、着物には、体の中心を走る「衽(おくみ)線」という縫線がある。
肝は、腰のあたりで折り上げて長さを調節します。
着物と着る人の実幅が合っていると、「衽(おくみ)線」の上下が合うようになっていて、逆に、身幅と着物が合ってないと、下半身の中心線をずらして着付けるため衽線は上下が合わないように出来ているのだそう。
背の高さが着物のサイズ合わせということですね。
この衽線が十字に交差する腰辺り部分を「辻(つじ)」と呼びます。
「褄」は、着物の裾の合った部分と呼ぶそう。
着物には、長さ(高さ)の「辻」と、幅(腹の膨らみ)の「褄」という体のサイズの合わせがあるということ。
つまり、「辻褄」とは、着物のサイズ合わせしている部分のこと。
そうすることで、着物を着たとき、着てる人の体と着物が合っている状態を示す指標でもある。
そのことから、道理が合うことを「辻褄が合う」、ちぐはぐなことを「辻褄が合わない」というようになったわけです。
ほかに、「辻」を法制で、縫い目が十文字に合うところ、縦の道と横の道が合う十字路のことを指している、というのもありましたが、逆につじつまが合わない気もします。それだと、文章だと「辻や妻が合う」になるので。
十字になっていると合っているというより会っているとか重なっているだけで、道理とはつながりにくい。
もちろん、90度に正確に合っているのをよしとするなら、そうとも言えなくはないけれども着物の辻褄よりは弱いよね。
着物を辻で合わせて、褄で合わせると、着物と体が合うので、それこそまさに道理が合うということだろう。
つじつまの語源さえ、つじつまが合わないし、着物はすたれているわけだから、現代日本のつじつまがあってないわけだ。
で、辻褄が合わないことで辻褄が合わない国になっているということは、ある意味では辻褄が合ってるという道理だったり。