これは『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』の監督の物語。
そりゃ、ティム・バートンだろうって?
そりゃあ、『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』は、宣伝時には「TIM BURTON'S 『THE NIGHTMARE BEFORE CHRISTMAS』」、つまり、「ティム・バートンの『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』」と銘打たれた。
(3Dリバイバルバージョンは正式にタイトルも『TIM BURTON'S THE NIGHTMARE BEFORE CHRISTMAS IN DISNEY DIGITAL 3-D』になっている)
『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』の予告編。
https://www.youtube.com/watch?v=wr6N_hZyBCk
確かに、『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』はティム・バートンでしかつくりえない世界だ。
ティム・バートンは原案・キャラクターデザイン・製作でクレジットされている。
そう監督はティム・バートンじゃない。
別の人が単独で担当している。
監督の名は、ヘンリー・セリック。
今ではストップモーションのジャンルでは知られた名前ではある。
ティム・バートンとはディズニー社員時代の仲間で、当時一緒に『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』の企画の背中を押した一人だった。
だが、ディズニーはこの企画に全く理解を示さず、倉庫にしまわれた。
その後、バートンもヘンリーもディズニーをやめて、それぞれの道を歩き出す。
バートンは実写映画の監督になった。
ヘンリーはストップモーションのスタジオをつくり、TVやCMでアニメをつくっていた。
数年が過ぎ、バートンは『バットマン』の大ヒットで一流監督となって、自分の企画『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』を買い戻そうとする。
権利はディズニーに残ったままだった。
ディズニーに買い戻しを提案すると「1800万ドルの予算でいっしょにつくろう」と言い出したので、バートンは承諾する。
これはなかなかの予算だ。
しかし、公開は2年後に決まってしまう。
なんと、製作スケジュールが当時取りかかっていた『バットマン・リターンズ』と丸々かぶってしまう。
だが、この機を逃せば、映画はどうなるかわからない。
だって、ストップモーションの長編映画はアメリカでは埋もれたジャンルだったからだ。アメリカのメジャー会社で作られたことはほぼないと言っていい。
そこで、ティム・バートンはかつての盟友ヘンリーに連絡し、代わりに監督をやってほしいと申し出る。
ヘンリーは驚いた。
なにしろ、長編の監督はしたことがない。
しかも、長編を2年後には完成させなければならない、通常のアニメよりも短い時間だ。それよりさらに時間のかかるストップモーション映画なのに。時間は全然どころか完全に足りない。
だが、ヘンリーは承諾する。
ヘンリーはこのストップモーションアニメという形式を愛していたから。これは、このジャンルを救う、めったにないチャンスだった。
それはとんでもない旅の始まりだった。
ヘンリーはチームを集め、準備を進める。デザインはどんどん上がってきて、人形はできていくが、半年経っても依頼したマイケル・マクダウェル(『ビートルジュース』)から脚本が上がってこないのだ。
脚本がなければ、絵コンテをつくることができない。
ストップモーションは一日2秒ずつとかのペースなので、とにかく早くつくりはじめないとならない。すでに時間は足りないのに。
ヘンリーはバートンに催促する。
突き上げをくらったバートンはダニー・エルフマンと歌を先行してつくることで対応した。
それを受け取ったヘンリーはさっそく絵コンテをつくり、ミュージカルシーンをつくりはじめる。
ようやくアニメ制作が始まった。
脚本家もキャロライン・トンプソン(『シザーハンズ』)に交代した。
彼女は時間がないといわれ、休みなく書き、初稿をすぐに書き上げる。すでにあった歌が助けになった。
だが、ストップモーション作品を初めて書くキャロラインの脚本ではアニメに出来ないとヘンリーは絵コンテでかなり改変を加えていく。いちいち会議していたら、間に合わないのだ。
だが、そのことで、キャロラインが怒り狂う。
話し合いの末、バートンにより「アニメーションの脚本はタイプライターと絵コンテの両方でつくられる」という裁定が出され、ヘンリーの改変が許可されることになった。
新しい脚本で、キャロラインはバートンのイメージのサリーを全く書き換え。新しいキャラにし創造し直した。
バートンはそれを却下しようとしたが、ヘンリーがキャロラインに賛同したことで、新しいサリーは守られた。それはキャロラインそのものの自立した女性像だった。
残り期限は1年とちょっとしかないが、ようやく制作は軌道に乗り始めた。
しかし、スタッフの多くは、この独特過ぎる世界観をつかめずにいた。
ヘンリーは困惑するスタッフに世界観を説明し、制作し続けた。
その上、バートンの要求は高く、絵コンテは何度も直され、撮り直しを要求される。
それでもヘンリーは放り出さず、ひたすらチームとともに働いた。彼とバートン以外では、この短期間にバートンの独特のイメージ、あの手足の長いジャックと丸々とした奇妙な仲間たちのおかしな二つの世界をあのハイクオリティでフィルムの上で命を吹き込むことはできなかっただろう。(バートンはその間、蝙蝠男と人鳥男と猫女の世界にいたのだから)
ついに完成した『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』だったが、子供向けの試写の評判は最悪だった。この新しさをどう受け取れなかったのだ。この映画は新しい発明だった。
そこで、宣伝部はタイトルの前に「ティム・バートンの」とつけることにし、ディズニーではなく、実写部門のタッチストーンの配給で、若者向けアニメとして公開することになった。もう大ヒットは期待されていなかった。
公開をしてみると、予想通りヒットはせず、興行は赤字が出ない程度に収まった。
ストップモーションは割に合わないというイメージになってしまう。ヘンリーは落ち込んだ。
この映画も多くの映画のようにベルトコンベアーに載せられ、過去へと運ばれて……いかなかった。
ご存じの通り、『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』はクリスマスを迎えるたびに盛り上がり、ソフトとグッズは売れ続け、ストップモーション映画を代表する一本となり、ストップモーションでのメジャー長編映画がつくられ続ける道を切り開いた。
それはティム・バートンとヘンリー・セリックによる魔法の仕業だ。
ティム・バートンは、ディズニーから続編を3DCGでつくろう、という話が来たとき、こう返事をした。
「ジャックは感謝祭の町を訪れるべきじゃない。あの映画は映画を愛する人々の純粋さに愛されているのだから」
バートンもその10年後、ストップモーション映画の『コープス・ブライド』を監督(マイク・ジョンソンとの共同監督)しているが、出てくるキャラクター数とファンタジー濃度は『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』と比べ物にならない。
ヘンリー・セリックはその実力を認められ、続けて『ジャイアント・ピーチ』をバートンのプロデュースでつくり、ライカ社で『コララインとボタンの魔女』(脚本も)を独自のデザインでつくりあげ、アカデミー賞の長編アニメ部門でノミネートを果たした。多くの賞を受賞し、高い評価を得て、今も新作が待機している。(ライカ社はこのジャンルでのトップスタジオとなった)
彼は、愛するストップモーションの世界で誰もが認める巨匠となった。
でも、いまも『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』でのヘンリー・セリックの話をする人はほとんどいないんだけどね。
引用:『ボクらをつくったクリスマス映画たち』、Wikipedia、ネットの情報