菱沼康介の、丸い卵も切りよで四角。

日々の悶々を、はらはらほろほろ。

俺を殺そうとしているのは誰だ?もしや・・・俺か?   『スキャナー・ダークリー』

2007年01月13日 00時24分18秒 | 映画(公開映画)
『スキャナー・ダークリー』を観た。


世界を作り物と感じている向きには、自分について描かれた映画と言いたくなる映画だろう。
『陰謀のセオリー』とかもそうでしたね。
でも、なんといっても、この映画は、実写の上にペイントするロトスコープの手法(古くは『シンデレラ』でディズニーが使用)をデジタル化(ロトショップというソフトを使用)した方法で、アニメになっており、より作り物感を倍増させている。
(今回のデジタル・ロトスコープは、1分間の映像を作るのに30人がかりで約500時間かかるともいうエラク手間のかかる方法だそうだ)
勘違いしやすいが、『ファイナルファンタジーthe movie』や『ポーラー・エキスプレス』とは違う。
こちらは、3DCGキャラを実際にキャプチャーした俳優の動きで再現するもの。トム・ハンクスが子供など10以上のキャラを演じている。
(アニメ版『指輪物語』や『AKIRA』のプレスコとどう違うのかは、おいらもちと不明)
似た様な手法で、わざとCGっぽく画面加工してという映画も面白いかもしれない。
形式上は、『ゴッド・ディーバ』とか、すでにいくつかあるが、その映像の感触自体にテーマを持たそうとしたものは記憶に無い。
油絵をのせた『奇蹟の輝き』や色を完全にコントロールした『オー・ブラザー!』や『カラー・オブ・ハート』なんていう作品はあるが。


で、この映画は、
・強迫観念。
自分は監視されている。
出来事は何者かに仕組まれている。
・人格破壊。
人格の分裂、統一がコントロールできない。
自分さえも自分では分からない。
・幻覚。
認識障害。
虫が体からわいてくる。
記憶の錯誤。
などなどの、知識として知っているドラッグの恐怖が、時にあからさまに、時に巧妙にぼやかして描かれる。
しかし、この映画、ドラッグの障害だけを描くのではなく、最低3人の自分を監視している人物がいるという事実があり、これにより、監視し合うという状況が生まれ、実は、世界そのものが、人間そのものが、強迫観念に取り憑かれているのではないかと疑いたくなる。
SFが未来を予見しえた瞬間をまた見せられた思いだ。


3人の監視者は、自分の上司、友人バリス、自分。
そう、これは、自分で自分を監視するハメに陥った男の話なのだ。
だから、同じように誰かが自分を監視しているということも実体験として、彼は実感している。
もうあらゆる出来事を信用することは出来なくなる。
誰かが俺をはめようとしている。
世界のすべてが、作為にしか思えなくなる。
しかも、謎の組織も監視をしている可能性を感じている。
何から疑っていいかすら分からない状況で過ごす日常。
日常さえも演じているかの様なパラノイア的状況で生きるということ。
ゆえに、基本的には、ほとんど日常描写によって、物語は進み、物語の仕掛けは裏に潜ませてある。
なので、表面だけをなぞると、奇妙なアニメにしか見えないかもしれない。
だが、真の恐怖は、劇的にではなく静かに忍び寄ってくるものなのだ。


原題では『A Scanner Darkly』で、Aとついているから、監視者は一人(スキャナーは、監視者)。
映画には、3人の監視者が描かれているのに、一人とは?
これが、この物語の肝なのかもしれぬ。
たった一人のダークリー(闇のような、得体の知れぬ、おぼろげな)な監視者とは誰か?
監視者を、いつでも観ているものとすれば、キリスト教的には、神ともいうことも出来るかも知れない。
だが、神を存在たらしめているものは何か?
それこそ、このおぼろげな監視者の正体ではないだろうか?
それは意識と無意識という自分でもコントロール出来ない複合的な自分自身であるともいえるかもしれない。



一応、最後まで物語を解説しておく。
今とほとんど変わらない7年先の未来のアメリカ。
麻薬“物質D”が幅をきかせていた。その蔓延を防ぐために政府はホロスキャナーというシステムで、あらゆる人物、場所を監視している。
麻薬捜査への資金援助をしているのが、ニュー・パスという組織。組織は麻薬中毒治療を行っている。
潜入捜査官フレッドは、“物質D”の密売ルートを探るため、麻薬中毒者ボブ・アークターを装って捜査中。
今のターゲットは、密売人のドナ。しかも、フレッドはドナと付き合い始めていた。
潜入捜査官は、ホロスキャナーから身を守るために、スクランブル・スーツという150万人分の画像を逐次投影出来る服を着込み、外見も人格も装っていた。
自分も上司もスーツの下は誰か分からない、自分を証明するのは、身分証や機械だけ。
だが、フレッドは、上司のハンクから、ボブ・アークターこそ密売組織の重要人物だというタレコミ情報があったと告げられる。ボブの友人バリスが、その情報提供者だった。
そして、彼は、ボブの監視命令を受ける。
フレッドは、自分自身を監視するという任務に就くことになってしまう。この異常事態。
だが、この事態に、フレッドは、自分が警察を裏切ったと疑われているのかもしれないという判断から、任務を遂行することで嫌疑を晴らそうとする。
それは、違法に常用し始めている物質Dに中毒になりつつあることも理由だった。
フレッドは、警察、友人、自分自身の監視を受ける羽目に。
彼が安心して出来る時間は、スクランブル・スーツを着ている時以外にはなくなる。
だが、それは偽りの自分。
そのストレスから、物質Dの摂取量が増えていく。
フレッドは、じょじょに物質Dの生み出す精神障害に蝕まれていく。
だが、それこそが上司ハンクの狙いであった。
ハンクら麻薬課は、ニュー・パスこそ物質Dの供給元だとニラんでいた。
だが、ニュー・パスは麻薬捜査のスポンサーであり、おおっぴらに捜査は出来ない。
しかも、その手口は巧妙で、内部潜入して、決定的な証拠をつかまねばならい。
麻薬中毒による障害者しか、ニュー・パスの奥深くに潜入出来ない。
そのため、麻薬課では、選ばれた潜入捜査官を麻薬中毒による精神障害者にし、ニュー・パスに送り込んでいたのだ。
そう、フレッドの生活は、すべて仕組まれていたのだった。完全に壊れても任務が出来るように刷り込まれていた、道具となるように。
バリスのタレコミがあったせいで、フレッドが選ばれたのかもかもしれない。
そして、恋人ドナこそ、実は上司のハンクであったのだ。
フレッドこそ、幾人目かの作られた正義の奉仕者であり、犠牲者であった。
すべてに裏切られ、道具となったフレッド。彼は精神障害者となり、麻薬課の思惑通り、ニュー・パスの奥深くへ送られる。
そこで、フレッドは、まさに道具として刷り込まれた通り、壊れたまま、物質Dの元となる花を見つける。
ニュー・パスはやはり物質Dの供給源だったのだ。しかも、彼らは精神障害者達を使って、その元となる花を栽培させていた。
フレッドは、監視の目を盗み、その花を摘み、恋人へ送ろうと、靴下に隠すのだった。

フレッドは、潜入捜査官であり、容疑者。
ニュー・パスは、麻薬を産みだしていながら、中毒者を治してもいる。
ニュー・パスに入った麻薬中毒による精神障害者たちは、自分で自分を壊した麻薬を作る。
警察は、麻薬を撲滅しようとしつつ、捜査官を麻薬漬けにする。
政府は、監視しつつ、監視されている。
フレッドは、麻薬を撲滅するために麻薬に溺れ、自分で自分を監視しながら、誰かを監視しつつ、誰かに監視されている。
この救い無きいたちごっこ、相反する二つの行為を一つの集団、個人が自家中毒のように行い続ける。
まるで無間地獄。
フレッドが、麻薬に溺れたのも自分の心のバランスを取るためだったはず、だが、その行為は自分を殺す行為であった。
この矛盾を同時に抱えて行い、自らが自らを裏切る状態は、人間と人間社会の本来持っている資質なのか?
そして、まさに緩やかな死へと向かう道なのか?

政府も会社も友も愛も信用することも出来ない、この圧倒的な理論的で不条理な世界で、危うい綱渡りをしながら、どうやって自己を保てばいいのだろうか?
そのバランスを取る道具は、愛ではなく、自虐的ともいえるユーモアだと、この映画は語るのだ。


カフカ的な世界を、道理に押しこめてみせたのになおも浮かび上がるのが、不条理であったと書いたフィリップ・K・ディックの世界の一面を、そのユーモアも悲劇も不可解も、清濁合わせて、真っ向から描き出そうとしたR・リンクレイターとスタッフの意地には頭が下がる思いである。


見ている最中、なんども幻惑する瞬間に囚われる。
手持ち映像に酔うのとはまた違う、揺れる映像に酩酊する映画。
出来れば、映画館の暗闇で味わっていただきたかったが、あえて、真夜中に一人、部屋を暗くして、酒(ドラッグ見ながら見る必要がない)でもタシナミながら観るのもいいかもしれないなぁ。

ダークリーな世界へ、どっぷりつかりたい時にオススメの一本。
その救いの無さは、逆説的に、この世界に留まるためのクスリとなる一本ともいえるだろう。















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