9月26日 読売新聞「編集手帳」
人柄を端的に言えば、
ゲーテは前向き、
カフカは後ろ向きな人だったという。
翻訳家の頭木弘樹さんが著書の中で、
ふたりの文学者の言葉を比べている。
<人の感情で最も高貴なのは希望です。
運命がすべてを無に返そうとしても、
それでも生き続けようとする希望です>
ゲーテ。
<僕は自分の状態に果てしなく絶望する権利がある>
カフカ。
どちらが心に響くでしょうかと、
頭木さんは問うている。
(『絶望名人カフカ 希望名人ゲーテ』草思社)
苦しい思いをした人には答えづらい問いだろう。
希望が胸を膨らませたからといって、
絶望が消えるわけではない。
東日本大震災の被災地、
岩手県釜石市でラグビー・ワールドカップの試合が行われた。
会場の「釜石鵜住居(うのすまい)復興スタジアム」は津波で全壊した小中学校の跡地に建てられた。
肉親を奪われ、
泥砂をかきわけ遺品を探す――
無慈悲な災害に絶望の底に落とされた街の記憶をまといながら、
きのう午後2時15分、
緑鮮やかな芝の上でホイッスルが鳴った。
活気づく街の人々の笑顔をテレビで見た。
先の問いであれば、
むろん響き渡るのはゲーテの言葉だろう。