2月22日 編集手帳
詩人の吉野弘さんが実際に目にした光景と思われる。
「夕焼け」という詩に、
電車の中でお年寄りに席を譲った若い女性の姿を描写する。
<…としよりは次の駅で降りた
娘は坐った
別のとしよりが娘の前に
横あいから押されてきた
娘はうつむいた
しかし
又立って
席を
そのとしよりにゆずった>。
ところが二度あることが三度に。
お年寄りが駅で降り娘が座ると、
別のお年寄りが目の前にきた
<可哀想に
娘はうつむいて
そして今度は席を立たなかった
次の駅も
次の駅も
下唇をキュッと噛かんで
身体をこわばらせて>
親切な心の持ち主ゆえの困惑だろう。
かといって譲られる側にも葛藤がある。
東京都内の82歳の女性から最近こんな手紙をいただいた。
<皆さん疲れているのに、
席を譲られると申し訳なく思います。
代わってもらった人の近くでいてもたってもいられなくなり…>
吉野さんの詩の後段に次の一節がある。
<やさしい心に責められながら
娘はどこまでゆけるだろう>。
この娘さんと同じく、
手紙をくれた女性の惑いもやさしさゆえである。
どちらもすてきだと思います。