晴走雨楽(せいそううがく) 風の又三郎

晴れている日は山やロードを走り、雨の日は音楽や楽器演奏しています。風の吹くまま、気の向くまま・・・。

プロレスラー / 木戸修選手「思い出のアルバム」 1954

2023年12月19日 00時28分42秒 | 昭和のプロレス
2023.12.18(月)
本日は、先日亡くなった「木戸修」さんのプロレスラー時代の
アルバムをアップします。

■プロレスラー/木戸修選手「思い出のアルバム」
木戸修選手は、新日本プロレス時代、まさに技巧派
テクニシャン、腕や足の関節技、返し技など、楽しみでした。

01:
日本プロレスの前座を沸かせた戸口正徳(タイガー戸口)と
木戸修のファイト。

※若い、選手。

02:
娘さんが女子プロゴルファー、優勝した写真がヤフーで掲載され
お~! お父さんが木戸選手だと。

03:
プロレス雑誌(レスリング オブ ジャパン) No 14号(表紙)
日本プロレス時代のインタータッグ、BI砲。

04:
時計回りに(右上から)

・国際プロレスの好カードであった「マィテイ井上」対「寺西勇」は多くの
ファンを沸かせる好ファイトであった。レフリーはマンモス鈴木。

・日本プロレス時代のアントニオ猪木と上田馬之助のタッグ。
レフリーはユセフ・トルコ。

・中央 闘志むき出しの大熊の面がまえ。横はクツワダ(サムソン・クツワダ)。

・「高千穂明久(後のグレートカブキ)」対「田中忠治」戦。なかなか渋いファイト
を展開していた。

・戸口正徳(タイガー戸口)対「木戸修」のファイト。

05:
新日本プロレス旗揚げ。左から「ユセフ・トルコ」「アントニオ猪木」「木戸修」
「山本小鉄」「藤波」

06:
右上、新日本プロレス旗揚げ直後。

07:
現在、スターである藤波もこの頃は、その他大勢の中の一人にすぎなかった。

左から、「山本小鉄」、「木戸修」、長髪のブレザーを着ている人は、リングアナの
「倍賞鉄夫」かな、「藤波」、そして「関川哲夫(ミスター・ポゴ)」。
リング上を見つめている。スパーリング(練習)の選手は「アントニオ猪木」かな。

08:
プロレス雑誌(レスリング オブ ジャパン) No 12号(表紙)
25歳でWWW世界ジュニア奪取(1978年1月23日 米ニューヨーク、MSG)
日本でまだ無名の選手が、世界の檜舞台で成し遂げた快挙。

09:
右上から時計回り

・「上州力」 藤波のかげにかくれたが、Jシンとの試合は心に残る。

・「木戸修」 味のある中堅レスラー

・中央 「永源遙」 もうひとつパットしない

・「山本小鉄」 新日本の根性男

・「星野勘太郎」 ヤマハブラザーズ健在。

10:
「木戸修」 黒いパンツと黒いリングジューズがマッチ
(ストロングスタイル)している。


★試合中は、大きな声をあげず、派手なポーズをとらず、黙々と
レスリングをしている、一見地味ですが、それが良い。
選手には、人それぞれの役割分担があるのでしょうね。
木戸選手ありがとございました。合掌。
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アントニオ猪木選手「思い出のアルバム」 <追記>   1842

2022年10月02日 23時47分02秒 | 昭和のプロレス
2022.10.02(日)
本日は、10/01(土)アントニオ猪木さんが亡くなりました。
古いプロレス雑誌ですが、思い出のアルバムを。

★2022.10.09:新日本プロレスのチケット(スキャナー読込み)を下部に添付。

■アントニオ選手「思い出のアルバム」
・カラーの表紙は、日プロ時代のBI砲


●カラー表紙はルーテーズ「思い出のアルバム・パートⅠ」

・日プロ時代のBI全盛期(猪木選手は黄色いトランクス)

・絶妙なタッチワーク



・若かりし頃の猪木選手

・第12回Wリーグ開幕式

・日プロ時代の「ゴッチ教室」

・この闘志むき出しの顔



●カラーの表紙は、日プロ時代のBI「思い出のアルバム・パートⅡ」

・新日時代、ハンセンのデットドライブ気味のボディースラム

・日プロ時代の「ゴッチ教室」

・日プロ時代の上田馬之助とのタッグ

・バトルロイヤル(日プロ四天王の顔も見える)
・バトルロイヤル(ジャック・ブリスコの顔が見える)

・珍しく、猪木レフリー

・大木金太郎とスパーリング

・新日時代、若き藤波選手

・日プロのタイトルに未練を残さなかったA猪木



・藤波選手とのタッグ

・A猪木選手のマイクパフォーマンス


★新日本プロレスチケット

●NWFヘビー級選手権試合
 A猪木 VS ハルクホーガン

●戦国合戦シリーズ 
 長州力 


★50年前、日プロ時代のA猪木選手の試合は、山口県の徳山市
体育館で観戦しました。対戦相手は、カナダ出身のジェーク・スミス
(Gパンを履いていました)。速攻ボストンクラブでギプアップ快勝。
A猪木さん、夢をありがとうございます。合掌。
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ストロング小林選手・過去の米国プロレス雑誌の掲載等  1767

2022年01月08日 23時33分02秒 | 昭和のプロレス
2022.01.08(土)
本日は、ストロング小林さんの訃報を受け、久しぶりにプロレスの記事
(ストロング小林選手)をアップします。






■米国プロレス雑誌
50年前の高校生の時、アメリカの知人からエアーメールを。
レスリング 1972年
○表紙には、カンガルーズとマネージャーのカノン(泣き虫)

※国際プロレスによく登場(来日)、試合前のウォーミングアップ

○AWAのガニアランド(ミネソタ州)

○パワーファイターのボディースラム

○力強い、小林選手

○ハイキックやパワーパンチ

○国際プロレスの至宝 IWA世界ヘビー級チャンピオンベルト

マネージャーは“ビックK” 宮尾建設の半纏(はんてん)を着ている。

※1971.06.19 ミネソタ州でビルミラーからIWA世界ベルトを奪還
※凱旋後、ストロング小林選手は国際プロレスのトップ選手となる。

過去のブログ記事


■レスリング オブ ジャパン(No 14) 昭和55年(1980)12月30日発行
○表紙 インターナショナルタッグチャンピン 黄金コンビ G馬場 A猪木

○日本初の覆面レスラー

※国際プロレス 覆面太郎としてデビューしたストロング小林選手。
この頃は、連戦街道を突っ走っていた。

○おまけ

※国プロ退団の・・・・、この頃の草津選手は、G馬場選手のカバン持ち

■レスリング オブ ジャパン(No 12) 昭和55年(1980)10月30日発行
○表紙 藤波辰巳選手 ニューヨーク MSG エストラーダを破り、WWWF
ジュニアヘビー級王座を獲得。

○新日本プロレス時代のストロング小林選手

※坂口征二選手とのノースアメリカン・タッグ チャンピオン

■レスリング オブ ジャパン(No 13) 昭和54年(1979)9月30日発行
○表紙 NWA世界ヘビー級 チャンピオン 鉄人ルーテーズ

○三団体を考える(阿修羅 原選手)

プロレス愛好会 在京大学生座談会
宮本(一橋大学生)が良いことを言っています。

国際プロレスが果たした役割は大きい。
外人同士の対決、日本人同士の対決など今のプロレスの流れの
切っ掛けを国プロは作った、地味だけど立派。

★ストロング小林選手のご冥福をお祈り申し上げます。
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昭和は輝いていた 「伝説の空手チョップ 力道山」        737

2014年03月02日 21時00分15秒 | 昭和のプロレス
■本日(2014/03/02<日>)は、昭和のプロレスを再生したので紹介します。


■昭和は輝いていた 「伝説の空手チョップ 力道山」
久しぶりに “昭和のプロレス” の記事をアップします。

○放映日時 : 2014年2月4日(火) 21:00~21:54
○放送局  : BSジャパン (BSテレビ)
○番組名  : 昭和は輝いていた <力道山~伝説の空手チョップ>


【司会】 : 武田鉄也矢 須黒清華(テレビ東京アナウンサー)



▼伝説の空手チョップ



【ゲスト(お客さま)】 : なぎら健壱さん

※この方は、フォーク界のレジェント、アマチュア時代のなぎらけんいち
(昭和青春グラフィティ 伝説のフォークソング)

【ゲスト(お客さま)】 : 志生野温夫 (スポーツアナウサー)



▼力士時代の力道山(二所ノ関部屋)

昭和25年(1950)9月 廃業 西関脇
通算成績135勝82敗15休


▼ハワイへプロレス修行  昭和27年(1952)2月


・トレナーは、日系レスラー 沖 識名

・ワイキキビーチの砂浜、遠くの山はダイヤモンドヘッド


アメリカ修行中の戦績、300戦、295勝5敗。



※沖識名のアイバイスにより、空手チョップを使いと黒タイツを履く。


▼日本プロレス協会設立  昭和28年(1953)7月




▼旗揚げ興行開催  昭和29年(1954)2月

力道山・木村政彦 対 ベン・シャープ マイク・シャープ



※世界タッグチャンピオン(NWA世界タッグ)のシャープ兄弟を招聘、初興行は
テレビ放送が始まったことを受け、全国民の支持を受けて大ブームとなる。


▼力道山の主演映画

親しみある笑顔




▼WWA世界ヘビー級選手権  昭和37年(1962)3月 ロサンゼルス
※カリフォルニア州ロサンゼルスのオリンピック・オーデトリアム。

王者 フレッド・ブラッシー 対 挑戦者 力道山


1本目 力道山がブラッシーの首元に空手チョップを打ち、リングアウト勝


2本目はブラッシーの噛み付きやクローホールド攻撃で反則負け

2対0でWWA世界ヘビー級チャンピン

※ベビーフェイス時代の赤毛の髪のブラッシー。
(昭和TV 「黄金のプロレスラー列伝」を観て①)


▼ワールド・リーグ戦  (昭和34年(1959)~38年(1963))
年に一度 世界各国から強豪を招きリーグ戦を開催
力道山が5連覇 プロレス人気に拍車がかかる。

「吸血鬼」 フレッド・ブラッシー

「白覆面の魔王 ザ・デストロイヤー

※ベビーフェイス時代の素顔のデストロイヤー(デックベイヤー)
(昭和TV 「黄金のプロレスラー列伝」を観て②)

「鉄人」 ルーテーズ

「タックル王」 レオ・ノメリーニ

「お化けカボチャ」 ヘイスタック・カルホーン

「赤覆面の怪人」 ミスター・アトミック

「密林王」 グレート・アントニオ バスを引いていいる



▼家庭での父の素顔

【ゲスト(お客さま)】 : 力道山の次男・百田光雄

力道山の次男 現役最年長(65歳)プロレスラー

インターナショナル チャンピオンベルト時計

※ちなみに、有限会社リキエンタープライズ 98,000円で発売しています。

自分にも家族にも 厳格だった力道山




▼受け継がれる力道山の遺伝子

池上本門寺に眠っている力道山の墓の前で孫 「百田 力」


★百田 力選手、頑張って欲しい。


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1970年代 昭和TV「黄金のプロレスラー列伝」「米国レスリング雑誌」の紹介         602

2013年03月12日 23時59分39秒 | 昭和のプロレス
■震災後、2年が経過しました。自粛ムードに包まれた時、雑誌や放映を紹介して
いましたので、ジャンル「昭和のプロレス編」を再度紹介します。


■1970年代 昭和TV「黄金のプロレスラー列伝」「米国レスリング雑誌」の紹介
▼「黄金のプロレスラー列伝」特集
○黄金のプロレスラー列伝①
・NWA世界ヘビー級チャンピオンに君臨する 鉄人 ルーテーズ 対戦相手は
華麗なる空中殺法を武器にする アントニオ・ロッカー
・黒い魔人こと、ボボ・ブラジル 対 鉄の爪 フリッツ・フォン・エリック
・ベビーフェイス時代のフレッド・ブラッシー など

黄金のプロレスラー列伝①

○黄金のプロレスラー列伝②
・ザ・デストロイヤーの素顔時代の ディック・ベイヤー
・フリッツ・フォン・エリックとホイッパー・ビリー・ワットソンの試合に乱入する
荒法師こと ジン・キニスキー
・東洋の神秘 ザ・グレート・カブキ など

黄金のプロレスラー列伝②

○黄金のプロレスラー列伝③
・G馬場選手のアメリカ修行時代の鬼コーチ フレッド・アトキンス
・ミネソタの猛虎 バーン・ガニア 対戦相手は 地獄の調理人 ハンス・シュミット など

黄金のプロレスラー列伝③

○黄金のプロレスラー列伝④
・GIカットの似合う、若きウイルバー・スナイダー
・アメリカでの日本人同士の試合 カブキとヤツ
・エリックの長男 ケビン・フォン・エリック など

黄金のプロレスラー列伝④



▼「米国レスリング雑誌」特集
○米国レスリング雑誌①
・実妙なタッチワークを得意とする ザ・カンガルーズ
・ミル・マスカラスの覆面を剥がすゴールドマン
・AWA地区を転戦中のストロング小林 など

米国レスリング雑誌①

○米国レスリング雑誌②
・黒い魔人 ボボ・ブラジル と アラビアの怪人 ザ・シークとの抗争
・フレッド・ブラッシーとラテンの魔豹 ペドロ・モラレス など

米国レスリング雑誌②

○米国レスリング雑誌③
・各団体別のランキング
・フランスからアメリカに移った、若き日のジーン・フェレ(アンドレ・ザ・ジャインアント)
・NWA世界王座に就く前のジャック・ブリスコ ほか

米国レスリング雑誌③


 ★この時代のプロレスはTV放映が楽しみでした。

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