【掲載日:平成21年10月15日】
・・・うち靡く 春見ましゆは
夏草の 茂くはあれど 今日の楽しさ
【筑波山(左男体、右女体)麓の農村風景】

検税使 大伴卿旅人の下向であった
連日の 歓迎宴
まれに見る賑わいの 常陸国府
「ところで宇合殿
常陸と言えば 聞こえ目出たい筑波嶺
この機会に ぜひとも 登りたいものだが」
「それは それは 是非ともの訪いを
ただ 今は 暑さ厳しき折
少々の覚悟では 適いませぬぞ」
「なんの なんの この旅人を なんと見られる
では 宇合殿と 登り競争と 参りまするか」
衣手 常陸の国に 二並ぶ 筑波の山を 見まく欲り 君来ませりと
熱けくに 汗かきなけ 木の根取り 嘯き登り 峯の上を 君に見すれば
《常陸の国の 二つの峯の 筑波のお山 見たいと言うた
お前さまとの 連れ立ち登り 汗もしとどに 息弾ませて
登り来たった 峯から見たら》
男の神も 許し賜ひ 女の神も ちはひ給ひて 時となく 雲居雨降る
筑波嶺を 清に照らし いふかりし 国のま秀らを 委曲に 示し賜へば
《男神女神の 加護得たからか いつも雲立ち 雨降る嶺を
ものの見事に 澄み渡らせて 国の隅々 開けて見せる》
歓しみと 紐の緒解きて 家の如 解けてそ遊ぶ
うち靡く 春見ましゆは 夏草の 茂くはあれど 今日の楽しさ
《喜び寛ぎ 打ち解け合うて 春も良えけど 真夏も好えで
なんと楽しい この日の登山は》
―高橋虫麻呂歌集―〔巻九・一七五三〕
今日の日に いかにか及かむ 筑波嶺に 昔の人の 来けむその日も
《これまでに 仰山の人 来た筑波 一番好え日は 今日違うやろか》
―高橋虫麻呂歌集―〔巻九・一七五四〕
その夜の 宴席
虫麻呂の歌が 披露に与った
「やんや やんや
これは これは 千里眼
虫麻呂殿 我らの心
麓に居って見ておられたか
これは ゆかい ゆかい」
旅人の酒は 磊落であった
低頭した虫麻呂は 違うことを思っている
筑波嶺に わが行かりせば 霍公鳥 山彦響め 鳴かましやそれ
《霍公鳥 わし筑波嶺に 行ってたら 鳴いてくれたか 山響くほど》
―高橋虫麻呂歌集―〔巻八・一四九七〕

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