【掲載日:平成21年7月1日】
われはもや 安見児得たり
皆人の 得難にすといふ 安見児得たり


天智天皇は ご機嫌であった
宴席は 笑いに満ち
座を埋める 官人らの
酔いまぎれの 声が 大きい
「そこの采女 大王の お声が掛からないようであれば わしが 面倒見ても よいぞ」
「アハハハ あの采女は ダメじゃ だめ とんと 男に気を懸けぬ」
鎌足は 渋面で 杯を重ねていた
(有力な豪族から 寄せられた 采女
召す召さぬは 大王の専権じゃ
官人ごときが 知ったことではないわ
采女に 手を出せば 首の飛ぶこと
知らぬでもなかろうに)
「思いついたぞ」
天皇の 声が響いた
「この席の采女 一番は どれだと思う」
「思い わしに同じなら 下げ渡しても構わぬが」
一同を 見まわす 天皇
座は 静まり返った
「おう 白けたか 座興じゃ 座興 誰ぞ 申してみよ」
寂として 声なく 重苦しさが 立ち込める
眉根を寄せた鎌足 杯の手が忙しくなる
(大王 戯れが 過ぎますぞ
名乗り挙げては 首が無いと みな承知)
「わしの座興に 付いて来れぬと 申すか」
天皇の 声が 険しくなった
ふらり
鎌足が 立ちあがる
「天皇 ワレは 安見児と ぞんずる」
言うや どっかと胡坐に組み 杯を突き出す
静かに 杯を満たす 安見児


「ウワッハッハッハ・・・」
「鎌足が言うたか ハハハ わしの 負けじゃ」
「遣わす 安見児を 約束じゃ」
「じゃが 罰がある 気持ち 歌に詠め」
われはもや 安見児得たり 皆人の 得難にすといふ 安見児得たり
《わし貰ろた 安見児貰ろた 誰も皆 欲しい思てた 安見児貰ろた》
―藤原鎌足―(巻二・九五)
無骨でならす鎌足の 頬が赤い
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