【掲載日:平成23年10月21日】
・・・遥遥に 家を思ひ出
負征矢の そよと鳴るまで 嘆きつるかも
(とてものこと 歌と言うに 程遠い
しかし
この 血を引き絞るような 叫びは どうじゃ
これが 歌やも知れぬ)
(おう 思い出したぞ
憶良殿詠いし 大伴君熊凝が歌
京師上り途上の急死 熊凝に代わって
詠うてやったという・・・)
(防人が心 詠うてやるか)
大君の 命畏み 妻別れ 悲しくはあれど 大夫の 心振り起し 取り装ひ 門出をすれば
《国からの 任命受けて 旅に出る 妻との別れ 悲しけど 気を取り直し 腹決めて 支度整え 旅立つに》
垂乳根の 母掻き撫で 若草の 妻は取り付き 平けく 我れは斎はむ 真幸くて 早還り来と 真袖もち 涙を拭ひ むせひつつ 言問ひすれば
《母は頭を 撫で擦り 妻は足元 取りすがり 「無事を祈って 待つよって 恙無早に 帰って」と 涙を袖で 拭きながら 咽び泣きして 言うのんで》
群鳥の 出で立ちかてに 滞ほり 顧見しつつ いや遠に 国を来離れ いや高に 山を越え過ぎ 葦が散る 難波に来居て
《鳥飛ぶ様には 出られんで 後振り返り 足淀む 故郷はだんだん 遠なって 山を仰山 越えてきて 難波にやっと 辿り来た》
夕潮に 船を浮けすゑ 朝凪に 舳向け漕がむと さもらふと 我が居る時に
《船夕潮に 浮かばせて 朝凪漕ごと 舳先向け 潮待ちしてる その時に》
春霞 島廻に立ちて 鶴が音の 悲しく鳴けば 遥遥に 家を思ひ出 負征矢の そよと鳴るまで 嘆きつるかも
《春の霞が 立ち込めて 鶴が悲しゅう 鳴いたんで 遥かな家を 思い出し 背中の征矢が かたかたと 音するほどに 嘆いて仕舞た》
―大伴家持―(巻二十・四三九八)
海原に 霞たなびき 鶴が音の 悲しき宵は 国辺し思ほゆ
《海の上 霞靡いて 鶴の声 響く宵には 故郷思い出す》
―大伴家持―(巻二十・四三九九)
家思ふと 寝を寝ず居れば 鶴が鳴く 葦辺も見えず 春の霞に
《故郷思もて 寝られん夜に 鶴鳴くよ 霞で葦辺 見えやせんけど》
―大伴家持―(巻二十・四四〇〇)
【二月十九日】