【掲載日:平成22年8月3日】
夜のほどろ 出でつつ来らく 遍多く
なればわが胸 截ち焼くごとし
他人の噂も 七十五日
家持 窮余の一策
功を奏したかは 分からぬが
決死の妻問い再開に
呆気ないほどの 知らん顔
他人の醜聞に 長々付き合うほど
世の人は 暇でない
やっと 二人は 穏やかな逢瀬を取り戻していた
朝夕に 見む時さへや 吾妹子が 見とも見ぬごと なほ恋しけむ
《朝晩に お前に逢える 時来ても 逢うてない間は 恋してならん》
―大伴家持―〈巻四・七四五〉
生ける世に 吾はいまだ見ず 言絶えて かくおもしろく 縫へる袋は
《わし未だ 見たことないわ こんなにも 器用上手に 縫うた袋は》
―大伴家持―〈巻四・七四六〉
吾妹子が 形見の衣 下に着て 直に逢ふまでは われ脱かめやも
《わたしやと 思てと呉れた 下衣着け 直に逢うまで わし脱がんとく》
―大伴家持―〈巻四・七四七〉
後朝の別れ
至福の一夜あればこその切なさ
夜のほどろ わが出でて来れば 吾妹子が 思へりしくし 面影に見ゆ
《夜明けて 帰る途中で 浮かんだで 思い切ない お前の顔が》
―大伴家持―〈巻四・七五四〉
夜のほどろ 出でつつ来らく 遍多く なればわが胸 截ち焼くごとし
《明方に 帰ってくるん 重なると 胸張り裂けて 焼け焦げる様や》
―大伴家持―〈巻四・七五五〉