【掲載日:平成22年8月27日】
ぬばたまの 昨夜は還しつ 今夜さへ
われを還すな 路の長道を
家持 思い直して 紀郎女へ
やんぬるかな 宮中娘子の一件
既に 紀郎女の知るところ
言出しは 誰が言なるか 小山田の 苗代水の 中淀にして
《先に声 掛けて来たんは 誰やろか なんで今更 尻込みすんや》
―紀女郎―〈巻四・七七六〉
吾妹子が 屋戸の籬を 見に行かば けだし門より 返してむかも
《お前ん家 間垣見ようと 行ったなら 門からお前 返すのやろか》
―大伴家持―〈巻四・七七七〉
うつたへに 籬の姿 見まく欲り 行かむと言へや 君を見にこそ
《そうやない 間垣見とうて 行くん違う あんた見とうて 出かけるんやで》
―大伴家持―〈巻四・七七八〉
板葺の 黒木の屋根は 山近し 明日の日取りて 持ちて参り来む
《板葺きの 黒木の屋根を 明日にも 持っていきます 山近いんで》
―大伴家持―〈巻四・七七九〉
黒木取り 草も刈りつつ 仕へめど 勤しき奴と 誉めむともあらず
《黒木取り 草も刈り取り したけども ようやったなと 誉めへんやろな》
―大伴家持―〈巻四・七八〇〉
ぬばたまの 昨夜は還しつ 今夜さへ われを還すな 路の長道を
《真黒な 夜道昨日は 還された 今日は還しな 道中長い》
―大伴家持―〈巻四・七八一〉
建築途上の 紀郎女邸
こと寄せての 家持が詰め寄り
年増女の曲がった臍は 戻らない
紀郎女 気心知れた友「宮中娘子」の許 快哉の歌を贈る 玉藻を土産にして
風高く 辺には吹けども 妹がため 袖さへ濡れて 刈れる玉藻そ
《岸辺には 風吹き波も 高いのに 袖を濡らして 採った藻ぉやで》
―紀女郎―〈巻四・七八二〉
〈尻軽な 浮気男の 相聞の 波風凌ぎ 守った玉藻〈操〉や〉
ややあって 家持の耳に
「紀郎女へ新たな男の妻問い」の風聞
瞿麦は 咲きて散りぬと 人は言へど わが標めし野の 花にあらめやも
《撫子は 咲いて散ったて 聞いたけど わし眼ぇ付けた 花違うやろな》
―大伴家持―〈巻八・一五一〇〉
今更に 何を言っても 負け惜しみ